つくったお粥を持って部屋に行けば、もう寝そうになっている山本がいた。それでも、必死になって目を開けようとしているのはなぜか…。寝ないと治らないのに。 「熱は?」 「…38度」 「お粥、作ったんだけどたべれそう?」 「…食う」 ゆっくりとした動作で起き上がった山本の顔はつらそうで、それでも、自分で起き上がり、茶碗を持って食べ始めた。 山本は、マンガの中で天然だと思っていたけど、人一倍周りのことを気にかけているのかもしれない。 だからこそ、今回熱を出してしまったんだ。…きっと。 「ねえ、山本?」 「ん?」 「つらい?」 ここにいるのがつらい? 私は会えてうれしかったんだけどな。でも、君は帰りたいよね? 「んな、心配すんなって。平気だ」 「そうじゃなくて…。ううん。なんでもない」 なんで、獄寺の方が警戒心解くの早いかな。やっぱ空のおかげ?さっすが空。昔から動物に懐かれやすかったもんね← 食べ終わり、ちゃんとごちそうさまを言ってくれた。 「ありがとな」 「いえいえ」 沈黙が流れた。か、かなり気まずい; 壁一枚隔てた空の部屋からは獄寺のどなり声が聞こえてきた。どんだけ大声出してんの?空の体に障る…。 獄寺は大分こっちになれた。山本はどうすれば、慣れてくれるかな。マフィアだから仕方ないのかな?って、まだ高校生なのにマフィアも何もないでしょ。 「ねえ、山本。私たちに遠慮しなくていいんだよ?頼りないだろうし、いきなり自分がマンガの中の登場人物だって言われて信用もできないだろうけどさ」 かなうはずのない出会い。それでも出会ってしまったのなら、それを祝福するしかないと思わない? 「でも、嫌なことは嫌って言ってほしいし、好き嫌いとか…、あー、家族、みたいな?」 やばい、だんだん何言ってるかわからなくなってきた;意味不明だよ私! 「とにかく!遠慮しなくていいし、もっと頼っていいんだよ。わがまま言っていいんだよ。一応今はここが家、なんだしさ?」 「風…」 「ね?」 「…ありがとな。」 ゆっくりと横たわった山本が静かに微笑んだ。それに私も笑みを返す。 「まあ、ゆっくりと私たちにも慣れてってよ。そしたら、本音も言えるだろうしさ」 横たわった山本の頭をなでる。幼子を寝かせるように頭を撫でていると、不意にその手をつかまれた。 「じゃあ、さ。ひとつ、わがまま言ってもいいか?」 「ひとつでも、ふたつでもどうぞ?」 「…名前で、呼んでくんね?」 「名前?」 「家族、みたいな感じなんだろ?」 なんか、自分で言ってて結構恥ずかしくなってくるな。これ。 「あー、うん」 「家族なのに、苗字なんておかしいだろ。な?」 「じゃあ、…武?…それともたけちゃん?」 「たけちゃんは勘弁」 「フフ、じゃあ武」 言われたとおりに名前で呼んでみる。今までずっと山本って呼んでたから急に武って呼ぶと、なんというか…気恥ずかしい。 でも、名前で呼べば弱々しいながらも、いつものさわやかな笑みが返ってきて、私も自然に笑顔になった。 「風の手、冷たいな」 「ん。水を触ってたからね」 山も…、武は押さえていた私の手をそのまま額に持っていってあてた。ゆっくりと目を閉じてそう呟くから、私はどうすればいいか迷いながらもそのままの状態で会話する。 熱がまだ高く、額は熱い。私の手に熱が移ってくるのがわかる。心なしか顔も熱くなってる気がするけど…。うん。気のせい、気のせい。 「…気持ちいい」 「寝た方がいいよ」 「…もうしばらく、このままにしててくれねえか?」 「ん。いいよ」 額に当てた手は、しっかりと武の手によって押えられたまま、武は体の力を抜いた。 しばらくすれば、静かに寝息をたてはじめ、私の手を押さえていた手がゆっくりと落ちた。 私は手を額から離して、武の布団を少し上に引き上げると、少し身動きをした。焦った。起きちゃったかと思った。 ゆっくり、ゆっくり私たちにも慣れてくれればいいね。元の世界に帰れば嫌でもマフィアという過酷な生活が待っているんだろうから。 今は、ゆっくりおやすみ―…。 起こさないように部屋を出てみると、ベランダに獄寺の姿が。どうやら、煙草を吸ってるみたいだ。 私も、ベランダに出てみる。獄寺は横目でこちらを一瞥しただけで何も言ってくることはなかった。ってことは、別に邪魔じゃないんだよね。 「どう?空の様子は」 「ぐっすり寝てやがる」 「たまご粥作れって言われた?」 そう聞けば、眼を丸くしてこちらを見てきた。ってことは、言われたんだな。 「作ったんだ?」 少し不機嫌そうに眉をひそめ、煙草を吸い込む彼。なんとなく、看病している姿が想像出来て面白い。めんどくさそうにしてても、結構面倒みがいいんだ。 まあ、ツナへの忠誠心は半端じゃないしね。 「喜んでたでしょ?」 「ケ、知るかよ。んなこと。というか、あいつがたまご粥を好きって知ってたならお前がつくりゃあよかっただろーが」 「んー、計算?」 「は?」 「私が作ってもよかったけど、山も…とがどんなの好きかわからなかったし、獄寺なら作ってくれるかなあって」 間違ってなかったでしょ?と笑えば、ますます不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、そっぽを向いてしまった。それには苦笑しかできない。 しかも、また山本と呼んでしまった。武、武、武…。うー、まだ慣れない。 煙草の匂いが鼻をかすめる。 「ま、獄寺もこっちに慣れてきたみたいだし?あとは、や…武も少しは素を出してくれればいいのにね。張り合いがないでしょ?」 「…てめえに心配される筋合いはねえよ」 「素直じゃないなあ」 「てめえに言われたくねえんだよ」 「ハハッ、朝ごはんまだだったね。今作るよ」 ベランダからキッチンへと戻る。まったく、獄寺は鋭いんだか鈍いんだか。 開け放ったままのベランダの扉からは、爽やかな風とともに、煙草の匂いも入ってきた。 看病して、私たちが風邪をひいてしまったりしたら笑えないね。空と武が看病…なんか、それも危ない気がする。というか、逆にお腹壊しちゃいそう。 「あ、獄寺」 「あ?」 「これ、私のケー番。何かあったら連絡しなよ。携帯、持ってるんでしょ?まあ、使えるのかは知らないけど…。この前、武が部屋で電波は立ってるって言ってたし。一応、ね?」 「…ああ」 私の携帯番号が書いてある紙を獄寺に差し出すと、それを怪訝そうに眉をしかめながらも受け取ってくれた。 出会ってから約1週間。もともと彼らを知っていた私たち。何も私たちのことを知らない彼ら。 どこまで、歩み寄ることができる?いつまで一緒にいられる?この、夢のような毎日が。 朝食を作りながらも、風邪で寝込んでいる2人を想い、ベランダで一人煙草を吸っている獄寺を想い、この夏休みをどうやって過ごそうかと、どんな風になるのだろうかと思いを馳せる。 暑い、アツい、夏はまだ始まったばかり――― |