ヒーロー現る
「風ー、遅いぞッ!」
「誰かさんが迷惑かけた上に、そのぬいぐるみ貰っちゃってるから、保護者として頭下げにいってたら遅くなったの」
「……隼人のせーだよ!」
「勝手なことばっか言ってんな」
やっと合流できたたけちゃんと風と一緒に最前列でイルカショーを堪能する。来る早々、溜息つく風に、隣で吸っちゃだめなのに煙草吸ってる隼人に責任転嫁すれば、そっちからも叱られる。
「獄寺、ここ禁煙だぜ」
「け、知るか」
あたしが風に叱られている中、端っこでは、たけちゃんに隼人が叱られてました。本人は全く聞いてないけどね。
「あ、ねぇ空」
「んー?」
「ここさ、私達のマンション近くまでの直通のバスあるんだって。帰りはそれで帰ろう」
「え、そんな便利な交通手段があったの?!」
「うん、見落としてたねー」
行きは、バスの乗り継ぎ+歩きで、あたしの方向音痴がプラスされたから凄く時間がかかったんだよね…。一本で帰れるならそんな楽なことはないさ。
イルカショーをぼんやり眺めながら、頭の隅でそんな事を考えていた。
[はーい、皆さんお待ちかねのイルカとふれあいタイムです!何方かふれあいたいという方、手を挙げてくださーい!]
「あ、いーな、イルカ触れるんだってー」
「注目集まるじゃない、行くなら一人で行ってよ?」
さり気なく参加してみたい発言をしたあたしにすかさず突っ込みを入れた風は、どうやら全面拒否みたい。あーあ、こんな機会滅多にないのに!
「よし、隼人、手挙げて!」
「は?──な、何すんだよっ!」
何だかんだ言ってる隼人はこの際無視で、無理矢理彼の手を挙げさせながら遊んでいたあたし達に、イルカのお姉さんの声が届いた。
[最前列のお若いカップルの方ー!どーぞこちらへ!]
「へ?」
「誰がカップルだ!」
カップルと勘違いされながらも指名を受けたのは、どうやらあたしと隼人みたいだ。ちょっと乗り気だったっていうのは本当だけど、まさか本当に指名されると思わなかった。
「よかったじゃない、“カップル”さん」
「はは、楽しんでこいよ、二人共」
「はあ?!冗談じゃねぇ!何で俺があんなガキのやるようなこ──」
「仕方ないねー!つきあってよ隼人」
「ふ、ふざけんな!」
風は絶対人事だと思って楽しんで手振ってるし、たけちゃんはたけちゃんで何か笑い耐えてるみたいで。そんな二人に怒っている隼人の言葉を遮って、腕を引く。
「早くー!」
「ひっぱんな!滑るだろーが!」
結局隼人を無理矢理引っ張ってきたあたしは、滑ると言われながら、イルカプールの前を少し小走りでお姉さん達の待つところに向かっていた。
「じゃあ挨拶からね、」
お姉さんがあたし達が側に来たのを確認すると、そっと見本を見せてくれたんだけど、あたしはイルカの近くまで寄った為、ツルツル滑るそこで、足を滑らせた。
グイッ────
「だから言っただろーが」
「あ、ありがと…」
そんなあたしを見越していたのか、後ろにいた隼人がすかさずフォローしてくれて、プールに落っこちる前に、引き留められた。うん、何かこういう男らしい、さり気ない優しさって乙女としてときめかずにはいられなかった。真っ赤かも。
「アホ、何ボケッとしてんだよ」
また滑って落ちてもしらねぇぞ、って隼人があたしの頭を叩いた所為で、立て直した状態が崩れ、今度こそプールに落ちた。え、いやマジこれ…。
バシャーン──────
「なっ!誰もマジで落ちろなんて言ってねー!」
「大変!」
俺が冗談半分、忠告のために言った言葉が現実になった。いや、確実に俺が頭叩いたから落ちたよな;
─「ごめん、あたし……一回…溺れてからこう…水に囲まれるのは苦手なんだー…」
そんな俺の頭に過ぎったのは、アイツが水族館を巡回していた時に苦笑しながら言っていた言葉。
「チッ──」
「ちょっと君!」
柄にもなく、それが引っかかって、中々浮上してこないアイツを心配してる考えを振り払うために、プールに飛び込んだ。




***

「ねぇ、あれヤバくない?」
「空泳げねーの?」
「いや人並みには泳げるけど……」
確か空って小さいときに溺れたトラウマがあったはず。それなのにあんな深いイルカプールに落ちたら、パニクって……。
「山本、私たちも行こう!」
「お、おう」
獄寺お願い、空をちゃんと引っ張り上げてきて!





***

やだ、溺れちゃう…。もう、プールなら大丈夫だと思ったのになー。くそー、あたしのトキメキ返せ隼人のバカー。
息苦しくて、必死にもがくけど伸ばした手は水をきるだけ。まるであの溺れた時みたいな状況に、あたしの意識は遠ざかっていく。
パシッ─────
そんな時だった。まるでマンガのヒロインがあたしで、ヒーローの男の子があたしの手首を掴んで引き上げてくれた、何とも乙女チックな展開。
バシャッ────
「はあっ!」
「はっ、…おい、空!」
「はれ?…隼人……」
「ったく、マジで落ちんなよアホ」
そう、そんな展開であたしを引き上げてくれたのは、どうやら隼人のようで、彼はあたしの身体を支えたまま安堵の溜息をもらした。
あれ、そういえば、今隼人───
「隼人初めてあたしの名前呼んだー」
「は?───よ、呼んでねーよっ!何勘違いしてんだバカ女!」
きっと勢いだったんだと思う。でも、それでもあたしの名前を初めて呼んでくれた、その事実が何より嬉しかった。…照れちゃって隠すんだから、可愛いったらないよね!
「もう、無駄に心配したわよー」
「あ、風、に、たけたゃん」
「よ、早くあがんねーと風邪引くぞ」
「あ、うんっ」
隼人はあたしをプールの端まで手をつかせてくれてから、自分は先に上がった。あたしも上がろうと、手をついたらプールの中にいて今まで存在を忘れていたイルカさんから思わぬサプライズ。
ちゅ────
「わっ」
「あはは、よかったじゃない空」
頬に、ちゅって軽い挨拶のキスを貰って、それに吃驚しながらも、イルカの頭を撫でて、風の手を借りプールから上がる。ハンパなくびしょびしょだ。
「大丈夫?何ともなかった?」
「あ、平気です。ショーぶち壊したみたいですみませんっ」
直ぐに駆け寄ってきてくれたお姉さんにタオルを貰うと(隼人も貰ってた)軽く頭を下げて謝罪した。
「いいのよ!思わぬサプライズで観客も盛り上がってたみたいだし」
チラッと観客席に目配りをしたお姉さんにつられてそちらに視線を向けると、お兄ちゃんカッコいいーだとか、お姉ちゃんよかったねーだとか、ヒューヒューだとか…まあその他諸々の歓声が上がっていた。
何だかそんな状況が笑えて、お姉さんにお礼をしてから頭を下げて四人でプールを後にした。
「隼人、助けてくれてありがとっ」
「!─べ、別にそんなつもりねーよ」
その道すがら、助けてくれた隼人にお礼を言うのを忘れずに──。




***

「にしてもイルカショーは笑いモンだったな」
「こっちは笑い事じゃなかったんだよ、このバカ女……」
帰りのバスの中、一番後ろの席を陣取った俺たちは、真ん中に風と空を挟んで両側に座っていた。つっても俺と獄寺にそれぞれ寄っかかって二人共寝ちまったけどな。
正直、あのイルカプールに空が落ちて、獄寺までも飛び込むとは思わなかった。ま、落としたの獄寺だし当然かもしんねーけど。
「まあ、大事故になんなくてよかったけどよ」
「……おい山本」
「ん?」
そう言った俺に、急に真剣な声色になった獄寺は、珍しく俺の名前を口にした。
「あんま気使ってっとそのうちぶっ倒れんぞ」
「!──…いや、俺にしたら結構普通にしてるつもりなんだけどな」
獄寺はそっぽを向いたままそう言ったけど、その言葉には確かに俺を心配してくれてるってのがちゃんと伝わってきた。以外と心配性だよな、獄寺って。
─「ま、息抜きになればいいね」
そのとき俺の頭に過ぎったのは、風のあの時の言葉。なんか俺、気使ってるようで周りに使わしてるみてぇだな。
隣で眠る風の頭にそっと手を伸ばし、一撫ですると、多分誰にも聞こえていないだろう小さな声で呟いた。
「サンキューな……」
俺にとったら最高の息抜きだったぜ、多分、獄寺にとっても───。







(終点だよー!君たち起きなさい)
(んー……って、え、ここどこ)
(いつの間にか皆寝ちまってたな)
(いやいやそんな暢気な事言ってる場合じゃないってたけちゃん!)
(お前等煩ーって…どこだここ…)

乗り過ごしした模様(笑)

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