前途多難な道のり
お父さんから水族館のチケットを貰った際に、こっ酷く言っといたから、多分変な噂は収まってくれると思う。
ただし、クラスメート達の紹介してー"という声は引っ切り無しで、今まで関わりのなかった子達にまで言い寄られるようになってしまった。
ま、夏休みはいったから一応は安心なんだけどさ。今日の水族館も女の子多いだろうから、何かと面倒なんだろうな…。
「空、獄寺起こして、朝食食べたら出るよー?」
「はーい…隼人、起きろっ」
バフンッ―
あたしは、ドア越しに聞こえた風の声に布団の中から出て、近くにあったクッションを床で寝ている隼人めがけて投げる。ちょっと痛かったかな。
「―…ってぇ」
「ご飯だって」
「あ?朝から喧嘩売ってんのか!」
「…ちょっと、当たっちゃった…みたいな?」
「疑問符つけてんじゃねぇよ!このアホ女!」
バフッ―
「ったぁ!!」
「け、」
お返しとでもいうかのように飛んできたそれは見事顔面直撃。あたしの力に比べて増したそれにジーンと痛くなる鼻。最低っ。
「隼人のバカちん!」
「…お前の起こし方が悪いんだよ!」
「だって、…近づいたら、またダイナマイト出てくると思ったから…」
実際はそこまで考えてはいなかったけれど、そうなるのが怖いと本能的に感じて体が動かなかったのかもしれない。トラウマってやつだ。
「…もう出さねぇよ」
「え…?」
反射的に聞き返したものの、あたしの耳にはちゃんと隼人のその言葉は届いていた。ただ信じられなかっただけ。
どんな意味が含まれているのかは読み取れなかったけど、きっと隼人なりに今の自分の状況と、一緒に過ごしたこの短い期間の中で、あたし達が敵ではないことは理解してくれたみたい。
「…何だよ」
ムスッとした顔を向ける彼が何だか可愛くて、悪いことしたなと思いながら、身を乗り出して笑顔を向ける。
「何でもない、ご飯いこ!水族館にも行かなきゃだしね!」
「別に俺は行きたかねぇんだよ」
「もう、ツンツンしないで、素直になりなさい」
「何どさくさに紛れて頭撫でてんだてめぇは!!」
何だかあれこれ悩んでたのがバカみたい。いいじゃん。女の子に囲まれて鬼ごっこ状態になったって。
それだけ、彼らの魅力が周りに伝わってるってことなんだから。隣で一緒に逃げ回れることに優越感感じちゃえば、さ。
隼人の頭を撫でれば、逆上して怒鳴り出す彼から逃れるように、リビングに飛び出した。うん、今日の心は快晴の青空です。





***

「こら待ちやがれ!」
「ダイナマイト出さないって言ったじゃん!」
何なのあんた達は…。やっと部屋から出てきたかと思ったら朝食を用意したリビングで走り回って、埃たつってのよ。
「山本、先食べちゃおうか」
「ん?止めなくていいのか?」
「いいよ、もう…」
止めたらこっちまでとばっちりきてご飯どころじゃなくなる。私は朝食は抜きたくないんだから。
手伝ってくれていた山本に一声かけて、食卓に着くと、冷めないうちに、と自分で作った朝食を口に運ぶ。
「あー風ずるいー!隼人、一時休戦にしようよ!っわ!」
「誰がするか!てめぇが逃げっからだろーが!」
「だって、お腹すいたんだもん!!」
「答えになってねぇんだよ!」
ギャイギャイと騒ぎが大きくなる二人に、目の前に座ってる山本は笑ってるし、空が避ける度に何か飛んでくるし…。
「風、止めた方がいいんじゃね?」
「…面倒くさっ―!」
「っと、危なかったなー」
カッチーン―…。
もう頭にきたっ。獄寺が投げた何かが私に当たる前に、山本によって止められた。でも止められなかったら確実に顔面直撃してるし、ご飯だってひっくり返ってる。
バンっと机を叩いて立ち上がると、ビクッと肩を震わして、明後日の方を向く二人に大声を張り上げる。
「今すぐ座りなさい!」
「は、はい!」
「!」
我ながら感心した。あの獄寺も空と一緒に大人しく席に着くほどの迫力だったのか、と。
「流石風だなぁ」
「笑ってんじゃねぇ、」
「ごめん、風…」
「謝るなら最初からしちゃダメ」
隣に腰を下ろしてシュンとなる空の頭をポンっと軽く撫でると、ニコッと笑いかける。
それに安心したのか、ホッとした顔をして笑ってくれた空に、憎めない子だな、なんて思いながら、四人での朝食を開始した。
何だか、この光景が日常的になりつつある事を内心微笑ましく思いながら、退屈しなくていいや、と心の片隅で思っていたのはまた別の話。





***

「えーと…」
「ここ真っ直ぐでしょ?」
「バカに地図持たしてもダメだろ」
「あれじゃねぇの?」
全く噛み合ってないその会話に突っ込む人なんていなくて、あたしは自分が手にしている地図と睨めっこしていた。てゆーか、これ分かんないって。
「貸せバカ」
「あ…」
そんなあたしに痺れを切らしたのか、後ろにいた隼人が、あたしの手にあったそれを取り上げた。何なのよ、もう。
「逆じゃねぇか、」
「空」
「あは、ははは」
隼人は、あたしが見ていた地図をひっくり返して、来た道を戻るように歩き始めた。
何か、あたしってば真逆を歩いてきてたみたいです。分かってはいたんだけど、ここまで典型的な方向音痴だとこの先苦労するな…。
でもね、ついてきた皆も皆だと思うよ?
「ドンマイだな」
「うっ」
たけちゃんにポンっと背中を叩かれて、少し罪悪感を感じながら、隼人について水族館までの道を急いだ。

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