張り詰めた水に触れる※注

空からの誘導によりやってきたホテルは、一般的な高校生が泊まるには明らかに豪華すぎた。


フロントでは高校生であることを止められることなくとてつもなく丁寧な接客を受け通された部屋。


ダブルベッドが存在を主張する広い部屋に取り残された私たちはお互いに気まずすぎて顔を合わせることすらできなかった。


「と、とりあえず夕飯どうする?」

「そ、そうだな!飯な!」

「ルームサービスもあるみたいだけど」


テーブルの上に置かれたメニュー表に目を走らせる。値段を見ると気が遠くなるが、空からはすでに「お金は全部パパが払ってくれるから気にしないで!」と言われている。


「メニュー見てもいまいちわかんねえな」

「そうね」


メニュー表にはカタカナの羅列。その下にはどんな料理かという説明が書かれているが、縁遠いものであることに間違いはない。とりあえずということで適当に頼んではみたが、ルームサービスが来るまで時間がかかることを思うと、二人の間に気まずい沈黙が落ちた。


なんとか会話をつないだり沈黙になったりしながらルームサービスが来てからはなんとか調子を取り戻していた。


「先風呂入ってこいよ」

「いいの?じゃあお先に」

「なんだったら一緒に入るか?」

「はいはい」


軽口を叩く武をあしらいお風呂場へ行く。風呂桶が猫足なのを見つけテンションがあがった私はしっかりお風呂を満喫した。


出てくるころには緊張していたことなんて忘れていたが、今日は着替えがない。部屋に備え付けのバスローブを着るしかなく、着てみるもそわそわとして落ち着かなくなった。


高級ホテル仕様で肌触り最高のバスローブだが、これで武の前に出るのは勇気がいる、が、いつまでもこうしてはいられない。


何度か深い深呼吸を繰り返したあと、意を決して外へと出た。


「お、あがった……」


さっと顔を逸らされた。


「お、俺も入ってくる!風は先、寝てろよ!」


武が珍しいほど真っ赤になっていた。足早に私の横を通り過ぎお風呂場へ消えていく武を見送り、ゆっくりと息を吐き出した。


「寝てろ、って言われても」


あそこで?と向けたダブルベッド。


「あー……、覚悟を決めるべき?」


最近は何かと選択を迫られることが多いが、これは最たるものだ。決して嫌なわけじゃないけれど、勇気が出ないというかなんというか。


「……流れに任せるか」


大人しくベッドに入る。そわそわして一向に眠気が訪れる気配もなく、そのうち武が戻ってきたのがわかった。そっと足音すら立てずに近づく気配にうっすらと目を開けるとバスローブをゆるく纏った武がいた。


「ん?わり、起こしちまったか?」

「んーん、寝てなかった」

「そっか」

「猫足のバスタブ、かわいかったわ」

「ははっ、うちもあんなんにするか?」

「無理でしょ」

「空ならできそうだけどな」

「確かに。空というか空のお父さんがね」


ふっと沈黙が落ちた。今日何度目ともなる沈黙に視線を巡らせる。


「……悪い、今日ダメだな。俺、あっちで寝るから」

「え?」

「今一緒にいたら我慢できる気しねえわ」


武はそう言って苦笑した。それで離れて行こうとする武に慌てて体を起こした。


「武っ」

「ん?」

「……っ、こ、こっちで寝なよ」

「……意味、わかって言ってんのか?」


とても顔を見れるわけもなく、心臓は早鐘を打つ。それでもなんとかわずかに頷けば武が大きく深呼吸をした。


「撤回すんなら今だけだぜ?」

「撤回、しない」


言った瞬間、武の手が伸びてきて強制的に顔を上げさせられた。そのまま目を瞑るという意識が働く前にキスをされる。それはあの修学旅行の夜のように荒々しく、生々しいものだった。


代わりにとでもいうように武の手はとても優しく私の頭を撫で、体をなだめるように優しく撫でていく。


いつの間にか押し倒され、背中がベッドについたと思った時にはバスローブの前ははだけ、無防備な姿を晒すことになった。


「あっ」


武の大きな手が素肌に直接触れていく。


武の余裕のない顔に、胸が締め付けられる。


「綺麗だ」

「ん……っ」


口を開くとすかさず武のそれで塞がれ答えることもできない。


なんどもキスをされ、しまいには身体中触れていない場所はないんじゃないかと思うほど撫で回され、武が私の間に入ってくるころにはすでに行きも絶え絶えになっていた。


「いいか?」

「う、んっ」

「風……」


めりめりと体が避けるような感覚に、痛みにうめき声をあげる。


「わり、もう、ちょっと……っ」


見上げた武も余裕はなく、顔を歪め大粒の汗をこめかみに光らせている。そっと伸ばした指先でその汗を拭えば、ふっと息をついた武がわずかに口角を上げた。


「やっと、だな」


その武の顔があまりにも色っぽくと体が反応したのがわかった。武が掠れた声を出し、わずかに崩れ落ちそうになる。


「余裕、ねえな。俺」

「ん、」

「動いていいか?」


動き出した武についていくので精一杯だった。


何度も名前を呼ばれ、何度もキスをされ、翻弄されっぱなしだった。


それでも、痛みを上回る幸福感に自然と涙が溢れてくる。


「痛い、か?」

「ううん、幸せだな、って」

「俺も、幸せだ」


上り詰める感覚に息をすることすら忘れ、意図せず跳ねる身体を武が掻き抱いた。




二人大きなベッドの上で身を寄せ合って横になっている。すっかり慣れてしまった体温に、この人をクリスマスには手放さなければならないんだと思うと、心が張り裂けそうな痛みをもたらす。


「大丈夫か?」

「うん、いちおう?」

「がっついちまったよな」

「途中から私が初めてだって忘れてたでしょ?」

「余裕ねえよ。俺だって初めてだからな」

「えっ!?嘘」

「付き合ったのも風が初めてだぜ?」


手慣れてるから絶対に経験があるんだと思ってたとはとても言えない。


「変なこと考えてね?」

「いや、別に……」

「風?」

「そ、そういえばゴム持ってたんだね」


言った瞬間に、話題を間違えたと焦る。


最終に取り出していたのを見て、持ってるんだと思ったのは確かなんだけれど何も言う必要はなかった。


「まあ、男だからな。つってももらったんだけどよ」

「もらった…?」

「おう。神様からな」


この場合の神様は本当に天上にいる人ではなく、我が教室にて神様と呼ばれている神童だ。


「男子でそういうのやりとりするの?」

「男なら備えておくもんだろって渡されたけど、もらっておいて良かったな!」

「……男って……」


男子のあけすけな事情に目を遠くしながら、しかしこんな事態に備えて持っておいてくれたことには感謝すべきなのだろうかと複雑な心境になった。


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