試験勉強しましょう

「ねえ、隼人。数学助けてください」

「あ?」

「数学!もう期末近いし」

「……中間の答案用紙見せてみろ」


リビングで、各々昼食終わり、のんびりとした時間をすごしていれば、ソファーに寝転がって、雑誌を読みふけっていた隼人君の傍にいた空が、前触れなく勉強教えてなどと口走ったので、ああ、もうそんな時期かとカレンダーに目をやった。

もうあと一週間もそこそこに期末試験のシーズンだ。



「えーと、はい」

「……名前書いて、寝てたのかてめぇは!」

「違うもん!」


気だるげに身体を起こした隼人君に、空が答案用紙を差し出すのを見て、そういえば、中間テストってかなり悲惨じゃなかったかしらと、思っていれば、怒声と共に清々しい音が響いた。


スパーンといい音が響くなぁと、ぼんやり空と隼人君のやり取りを眺めていれば、私の向かいに座っていた武が、「なあ」と声をかけてくる。


「なに?」

「俺も勉強助けてほしいんだわ」

「……ちなみに聞くけど、何教科?」

「数学」

「あら、じゃあ、空と一緒に獄寺先生に教わったらいいじゃないの」


わざと喧嘩という名目でいちゃついてる二人に聞こえるように言ってやれば、空の頭を鷲掴みにしていた隼人君がこっちを振り返った。


「野球バカは、こっちの本物の馬鹿とは違ぇから、お前が教えりゃいーだろ」

「ちょっと、隼人!それどういう意味だ!」

「こんな点数取ってるやつがでけぇ態度取ってんじゃねぇ!」


ぎゃいぎゃい騒がしい二人をBGMに目の前で苦笑している武に視線を戻す。

ああ、そうか。確か武って、コツさえつかめば、あっという間に出来ちゃうタイプなのよね。授業さえ真面目に聞いてれば、テスト勉強なんてきっと必要ないだろうに。



「あの二人はとりあえず、放っておいて、公式のおさらいからパパっとやっちゃいましょう」

「じゃあ、持ってくるな!」

「ええ」


一旦部屋に戻った武を見送って、二人に目を向ければ、何がどうなったのか、隼人君の前で正座をしている空。

ああ、説教タイムかしら、と関わらないでおこうと視線を外す。


取り敢えず、何か飲みながらかしら。


「隼人君、何か飲む?」

「あー…」

「あたし、ココア!」

「ブラックでいい」

「はいはい」


隼人君を押しのけて主張する空は、その後、羽交い絞めにされていた。


それを横目にキッチンへ向かおうとすると、家の固定電話が鳴った。ついでだからと電話を取る。


「はい、もしもし?」


しかし電話はしばらく無言のあとすぐに切れてしまった。


全然違う人が出ちゃうとびっくりして思わず切っちゃう時ってあるよねって思いながらキッチンへ向かい、二人の飲み物と、自分のカフェオレと、武のホットミルクを用意していれば、部屋の扉が開いて、武が戻ってきた。


「風、どうかしたのか?電話は?」

「ううん。間違い電話かも?」

「?」

「大丈夫よ」

「そっか。手伝うか?」

「ううん。取り敢えず、武は一度、試験範囲の教科書読み返してて」

「ん?範囲って発表されたか?」


そこからか。
半ば呆れながら溜息一つこぼして、テスト範囲を告げる。それを聞いて納得したのか、素直に教科書に目を通すのを見て、自分の手元の作業に戻った。


取り敢えず、お湯沸かして、隼人君愛用のコーヒーを淹れて、空のココアと、私のカフェオレと順番に各々のカップに注ぎ、最後に火にかけておいた武のホットミルクをカップに注いで出来上がり。


「おう、サンキューな」

「ええ」


私の分と武の分はダイニングテーブルに置いて、残り二つを持っていけば、振り返った隼人君がお盆ごと受け取ってくれた。


「ありがとう!風」

「頑張ってね」

「う、うん」


隼人君からカップを受け取って、これでもかというくらい冷まして飲む空は、きっとこれからこってりしぼられるんだろう。

まあ、私は私でやるわ。
あの二人にまで構っていたら、それこそ試験勉強どころじゃなくなってしまう。


「なあ、風」

「なに?」

「これってよ」


席についてすぐ、ちゃんと言われた通り、教科書を読み直していたらしい武が、一つの例題を指さして教えを乞うてくる。


試験範囲の後半部分。
もう、前半は理解できてしまったのか、特に引っかかる点もなかったのか、指さす問題にさっと目を通す。


私もそんなに数学が得意な方ではないが、明確な答えがある問題というのは、必ずゴールがあるので、謎解きのような感覚で解いていける点では好きな方だった。


「ここはね……」


人に教えるのは得意ではないけれど、武の場合は、根底が伝われば、後は勝手に応用できるタイプだから、空に教えるより全然楽だ。


隼人君、きっととても苦労するんだろうな。








***

「隼人ー」

「あ?」

「わかんない」

「……」


ブチっと何かが切れる音がはっきり聞こえてきて、俯く銀髪の表情を覗き込むことなんてできなかった。


だって、怖いじゃん!
さっきなんて、中間の答案用紙見せただけで、あれなんだよ!


「分かんねぇなら、何が分かんねぇのか言え。どこから分かんねぇのか」


あれ……。
ブチって音がした気がしたけど、隼人から怒鳴り声が降ってくることはなくて、最もな言葉が返ってくるのにぽかん、とする。


「聞いてんのか、コラ」

「う、うん…」

「お前はまず、自分が何分かってねぇのか理解すんのが先だ。公式だけ覚えて当てはめて解こうとするから、応用がきかねぇんだよ」


ごもっともな言葉にぐうの音も出ない。というかそこまで分かってて、どこが分からないのかって聞くのってどうなの。あたしの事、試してんの?


「公式に当てはめてるはずなのに、こっちの問題になると、回答が違っちゃってるの。おんなじ系統の問題なのに、何が違うのか分かんない」

「これは、そもそも問題文ちゃんと読め。お前は、数字と、前後しか見ねぇから、適当に当てはめて解いちまうんだよ」


そう言って、スラスラとノートにペンを走らせる隼人の字は、走り書きなのに何だか見やすくて、あたしなんかよりずっと綺麗で。


説明しながら、ここがこうで、ああでって、一つ一つ懇切丁寧に教えてくれる姿は、とっても頼もしくて。


「隼人」

「何だよ」

「ありがとうっ」

「礼言ってる暇あんなら、さっさと解け」


ぺしっと頭を叩かれて、試験範囲の教科書にある例題を指さされる。そんなに頭叩いたら、今覚えた事ぽろぽろ零れてっちゃうんだから!


なんて文句をたれるわけにもいかず、取り敢えず、やる気を奮い立たせて、教科書に向かった。









***

「武、もうこれで試験範囲分はオーケーね」

「ああ、助かったぜ。風、教え方うまいのな」

「そう?」

「ああ、すげぇ分かりやすかった」


そろそろ夕飯時というタイミングで、一通り終えた武は、満足そうにそんなことを言って笑ってる。

本当に理解したらあっという間だった。


あんまり教えたって気はしないけど、人に説明してると自分も復習できてるから頭に入って、私的にも試験勉強できていいのよね。


いい休日の使い方をした。
取り敢えず、空たちは静かに勉強してるみたいだし。


夕飯の準備をしようと立ち上がれば、同じように立ち上がった隼人君とばちりと視線が絡んだ。

てゆーか、ん?


「春日」

「なに?」

「ドア開けてくれ」

「寝ちゃったの?」

「…まあ、コイツにしてはよくやってたけどな」


隼人君の腕の中で、すやすや眠っている空を優しい目で見下ろす彼は、普段の彼から想像するのが難しい表情をしていて。

たまに、別人じゃないかと疑いたくなってしまう。


「オイ」

「あ、はいはい」


リビングのドアを開け、空の部屋の扉も開けてやれば、小さくお礼を言う声が聞こえたような、聞こえなかったような。


「隼人君、夕飯は……」

「空が起きた時でいい」

「そう。じゃあ、用意しておくから、また声かけてね」

「ああ」


ぱたん、と閉まる扉。
別に私が開けなくたって、きっと抱きかかえたまま器用に開けるんだろうけど。


起こさないように細心の注意払いたかったのかしらね。


「獄寺ほんとに、空の事、好きな」

「武」

「ま、俺には負けるけどな」

「何がよ」


ん?何てとぼけた顔してる武の続く言葉は、さらりと流して、キッチンへと戻れば、その後をついてくる武が、二人きりになったことをいいことに、後ろから抱き付いてくる。


「ちょっと」

「空寝てっし、まだいいんじゃね?」

「面倒なことは先に済ませて後からゆっくりしたらいいじゃない」

「じゃあ、俺も手伝うからさっさと済まそうぜ」

「!……はいはい」


何かもう、この感覚に慣れちゃったけど、武も相当よね。自分で言うのもなんだけど。


まあ、これが今の私たちの日常だ。
期限付きの恋愛だけれど、まだ今は、この幸せに浸っていたいと、そう思ってしまうから、自分も相当ハマってしまっているんだと思う。





.......
(隼人君、ご飯……あら)
(一緒に寝ちまったんだな)
(寝かせておきましょうか)
(おう)


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