「武、明日部活は休みよね?」 「そうだぜ」 「じゃあ、ちょうどいいかな」 「何かあるのか?」 「お墓参りに行こうと思って」 武がきょとんとした顔をするのを横目に、頭の中で段取りを整えていった。 電車に揺られること二時間。見渡す限り山や田畑しかない田舎。空気も冷たく、車内との温度差で窓ガラスが曇っている。天気は晴れ渡っているものの、どこをみても真っ白になっている。 「こっちの方に墓があるんだな」 「父方の実家がね。こっちだったから。お盆はこれなかったからね」 ゆっくりと電車が停車した。日帰りのつもりのためリュック一つと軽装ではあるものの、時期が時期だからダウンジャケットを着てブーツを履いて手袋にマフラーまで巻いて完全防備だ。 久しぶりに降り立った駅は、変わらず寂れている。駅舎に人こそいるもののまわりにコンビニ一つない。 あらかじめ手配しておいたタクシーに乗り込む。道路脇には雪が高く積み上げられ壁を作っている。歩道は除雪こそ一応されているものの、雪によって普段より数段高くなっている。そこを慣れた足つきで歩いていく地元民を眺めながら、運転手さんの少し鈍った口調の世間話に付き合った。 ついたのは山間にあるお寺だ。 「こんにちは」 お寺の中を覗くとお坊さんが挨拶をしてくれた。お盆に来れなかったことを詫びたり、近況などを報告する。 お坊さんは武の存在に気づいていながらも何も触れることなくにこやかに送り出してくれた。 季節外れのお墓参りは、足元がわるかった。 雪かきは申し訳程度にされているだけで。この地域では雪かきをしてもすぐに降っては積もっていく。お寺の周りを雪かきするだけでも重労働だろう。それが毎日のように行われる。屋根から雪を下さなければ雪の重みで屋根が潰れることだってある。 こういうとき自然の脅威を感じさせる。 雪の日に来ることなどほとんどないため、目的のお墓へ行くまでに少し道に迷った。普段目印にしているものが雪に隠れてしまうためどのお墓が自分のところなのかわからなかったのだ。 ようやくたどり着いたときには少し息があがり、ダウンの中は汗ばんできていた。 「ここか」 「うん」 お墓には雪が被っていた。それを手でできるかぎりはらい、周りも綺麗にする。 お花を立て、お線香をつけ合唱した。隣で武も合唱してくれた。 ここには父が眠っている。小学校のころに他界した父。写真嫌いだったのか父の写真はほとんど残っていない。代わりに私の幼い頃の写真はしっかりアルバムが作られていた。 そんな父との思い出は少ない。男で一つで私を育てることになった父は仕事に忙しく私は空や相模家に預けられることが多かった。学校から帰ってくると夕方まで両家のどちらかに遊びに行き、夜ご飯は自分で作ることもあった。家事はほとんど私がした。そういう家事能力がない人だったのは覚えている。 それでも、大切に思ってくれていたのだろう。 誕生日には会えなくてもプレゼントを欠かさなかったし、あとから聞くと一度もきたことがない授業参観は空の両親に頼み込んでビデオを録画してもらっていたようだ。 「よし。行こっか」 立ち上がる。 風が強く吹いた。くるまでに上がっていた熱はすっかり冷え切ってしまっている。ブーツに包まれた足先がかじかんできている。 武はここへ来るまで何も聞かなかった。父についても、なぜ突然墓参りに来るのかも。 ただ、私がお墓参りに行くといったとき、俺も行くと言っただけだった。 いつの間にか繋がれた手を引かれ、武の少し後ろを歩く。私よりずっと高い背、広い背中。大きな手。これらがもう少しで無くなってしまうのかと思うと、胸が張り裂けそうな痛みを訴える。 「こっちはさみいな」 「寒さが違うわよね」 突き刺すような冷たさを肌に感じながら歩く。 あと少しでお寺だというときだった、ズルルという音がしたかと思うとお寺の屋根から雪が滑り落ちてきた。私たちは少し離れていたため問題なかったが驚いて立ち止まってしまった。上を見上げると屋根瓦からは大きなつららがいくつもぶら下がっている。そのさらに上からはこんもりとした雪が絶妙なバランスでせり出していた。 今日はここ最近の中では少し暖かく、日差しも出たせいで雪の塊が溶けてきているのだ。 お寺の中からお坊さんが小走りでやってきた。 「お怪我はありませんか?」 「大丈夫っす」 「雪降ろしをしてくれる若い衆が今日はまだ来てなくて……、私はこの通り歳なのでもう上には登れないんですよ」 「なら俺がやりましょうか?」 「ええっ、いやいやお客さんにそんなことはさせられません」 「大丈夫っすよ」 「しかし……」 「大丈夫ですよ。今日はこのあとは特に予定もなく帰るぐらいだったので」 それなら、とお坊さんは頷いてくれた。十分に気をつけるように言い含め、大きなハシゴとスコップを持ってきてくれる。 武ならば万が一足を滑らせて落ちたとしてもおおごとにはならないだろう。 「気をつけてね」 「おう!」 お寺の屋根に登るという珍しい出来事にうきうきしているらしい武はスコップを肩に担ぎ、身軽にのぼっていくとあっというまに屋根の上へ消えていった。 私たちは軒先にいては雪がおちてきて危ないためそうそに中へと引っ込んだ。こんな寒い中外になんていられないし。 「すごく爽やかなお兄さんだ」 「体力は有り余ってるんで、使ってやってください」 「いい方ですねえ」 お坊さんの微笑ましそうな顔に、その言葉に色々な意味合いが込められていることを悟り気恥ずかしくなる。 すぐにどさどさと雪が滑り落ちていく音が聞こえてくる。それを聴きながら私はストーブのそばに腰をおろし、おやつにと出されたみかんを食べる。熱いお茶まで出していただいて至れり尽くせりだった。 結局一時間ほどみっちり雪落としをした武は、この真冬にコートを脱ぎ捨て腕まくりをした状態で戻ってきた。 「見てて寒い」 「そうか?」 「とりあえず、みかん食べて休憩したら?」 武が一息いれている間に、お坊さんからはとても感謝された。 武は屋根から雪を落とすだけではなく落とした雪も端のほうへよけてきたらしい。この一時間足らずでそこまでしたのかと驚く。 そしてよかったらおもちも食べていってくださいと言われ、ストーブの上に金網とおもちを乗せていった。おもちはすぐに膨らみ始め、破裂する前に慌ててひっくり返す。そうしてできあがったおもちをあついあついと指先でつまみながら食べた。 まったりした空気に包まれていると、不意に武が口を開いた。 「そういやさ、この間休みの日に学校に行った時、如月先輩に用だったのか?」 まったりした空気が突然はじけた。驚いて武を見ると、彼はとても真剣な顔をしていた。 「なに話したんだ?墓参りだって、それがあったからだったんだろ?」 「……うん。お父さんに武のことを紹介して起きたかったの」 「風……」 「今はまだなにも話せないけど、時期がきたら全部話すわ」 「危ないこと、してねえよな?」 「それは約束する」 「……わかった。なら待ってっから」 引いてくれた武にお礼を言って、残りのお茶を飲み干した。 すっかり長居してしまったようでお寺を出るころには夕方に差し掛かっていた。電車に乗り、トコトコとローカル線で向かう中いつのまにか空はどんよりと曇り、雪が降り出した。それは乗り換えの駅へ着く頃にはすっかり吹雪に変わっていた。 そして、予約していた新幹線の改札口。そこには大登場する人たちが多くいた。電光掲示板には吹雪で新幹線を動かせないこと、いつ再開されるかわからないことが書かれていた。 「うわー……」 「すげえな。雪って」 「どうする?ここで待つ?」 「雪、今夜は振り続けるって予報出てるぜ」 「とりあえず空に時間遅くなるって電話する」 人混みから少し抜けて空へ電話する。 「雪で電車が動かなくなったわ」 『え、そうなの!?こっちは全然雪なんて降ってないよ』 「とりあえず予定の時間には帰れなくなったから、また動くようになったら連絡するわ」 『えー、それだったらもうそっちに泊まっちゃえばいいじゃん!』 「え」 『明日も別に予定ないんでしょ?』 「そうだけど……」 『今パパに言うね!そこにいるから!ホテル取れたらメッセージ送る!』 反論する暇もなく切られた電話。呆然と電話を見つめている間に空からメッセージが届いた。 それには最寄りのホテルの部屋が取れたことが書かれていた。高校生でも入れるのかとかは今更な話だ。 「どうした?」 「……武。今日はここでお泊まりです」 「は?」 目を丸くする武を見上げ、ここにはいない空のありがたくも迷惑なお節介に頭を抱えた。 |