「じゃあ、気を取り直して修学旅行だな!」 「私たちいたら、お邪魔じゃ……」 「風、あれ見に行こうぜ!」 「ちょ、ちょっと!」 もうカオスだ。 何か吹っ切ったみたいな匠に手を引かれて、バシバシ刺さる視線を背中に受けて、もう、ハリネズミになるんじゃないかと思うくらいだわ。 「おい、山本、いいの?」 「いいように見えるか?」 「!…み、見えないけど」 笑いながらそんな事言ってたら、神童君が可哀想だわ。木城さんも申し訳なさそうに後ろをついてくるだけだし。何だろう。 これは、私がびしっと言ってやらないといけないやつかしら。 「匠」 「ん?」 「一緒に回れないわ」 「……最後の我儘だろ」 「え?」 繋がれていた手に力がこもる。 影のある横顔と、彼が吐き出した言葉に、一瞬思考が停止した。 あれか。 これは、匠なりのけじめなんだろうか。 「たく――」 「お兄さん!お兄さん!もしかして、修学旅行か何か?」 「え、あ……」 「よかったら案内するわよ」 私の声を遮るように、聞こえてきたいくつもの女性の声。見慣れた光景が、この北海道の地に来ても見ることになるなんて思いもしなかったけど。 人だかりの中心にいる武に視線を注いで、足を止めれば、繋がった手をぐいっと引かれた。 「武ってさ」 「何よ」 「獄寺と違って、誰にでも優しいのかと思ってたけどよ」 なんだろう。 神童君と木城さんが私と匠の方に避難してきて、四人で傍観するようにその光景を見ていれば、匠がぼそっと呟くように言った。 「意外とアイツって、線引きみたいなのしっかりしてるよな」 「何の線引きよ」 「本気で好きな奴と、そうじゃねぇ奴」 それは、隼人君の方が顕著だと思う。 女なんかクソだと常日頃から蹴散らしている彼は、やはり口は悪いが、空に対しては違う。 でも、武は、同じだと思う。 勿論、私の事は大切にしてくれているけど、それは、傍から見て区別のできるものじゃないと思う。 「俺も分かるわー。春日見る目と、その他って感じだろ?」 「おー。意外とアイツって冷たい顔すっからなー」 「何よそれ」 抽象的過ぎる表現に、何言ってんだという視線を向ければ、お前こそ何言ってんだという視線が向けられる。 「春日さんの事見る時、すっごく優しい顔してるよ、山本君」 「え……」 木城さんまでもが、柔らかい笑顔を向けてそんなことを言うもんだから、思わず女性陣に囲まれている武を注視してしまう。 ばちりと合わさった視線。 瞬間、柔らかく笑った彼にどきりとした。 普段から、一緒に生活してて気にしたことはなかったけど、武って、誰にでもあんな感じなわけではないんだろうか。 「ほら、今のあれだって」 「春日の前でしか見れねーよな、山本のあの顔ってさ」 うん、うんと二人で頷いている匠と神童君は、囲まれている武を助ける気はないようで、武もないがしろには出来ないのか、断るのに苦労しているようだった。 これは、チャンスなのではないだろうか。 ちらりと匠に目を向ければ、神童君と話し込んでしまっている。繋がれていた手はいつの間にか外れていた。 「今、抜けて」 「!…木城さん」 「こっちは大丈夫だから、行ってあげて」 「ありがとう」 私の起こそうとした行動が分かったのか、こっそり耳打ちしてくれた彼女に背中を押されて、囲まれている武の所まで、走った。 「あっ!」 「風!?」 「いいから走るの!」 「そういうことな!」 群れに突っ込んで、武の腕をつかむと、虚を突かれた女性陣を切り抜けてその場から走り去った。 後ろから、匠が叫ぶ声も聞こえたけど、ごめんね。それは、スルーで。 *** 「めっちゃ息切れてんな、風」 「しょうがないでしょ!」 大分離れた所まで来たと思う。 漸く落ち着いて、息を整えていれば、ぐぅっと何とも可愛らしい腹の虫が隣から聞こえて来る。 「腹減ったな」 なんてのんきなことを言う武に溜息一つ吐いて、そう言えば、昼時かなんて携帯で時間を確認すると、取り敢えず腹ごしらえしてから見て回ろうということになった。 「北海道っていえば、ラーメンだよな」 「そうね。折角だからそうしましょうか」 丁度飲食店が立ち並ぶストリートに出ていたので、手近なところで、割かし人の賑わいの多い所を選んで店内へと足を運ぶ。 味噌のいい香りが立ち込めていて、武ではないけど、お腹が音を立てていた。 割とすぐに席には案内されて、すぐさま注文を済ませ、他愛もない話に花を咲かせている事には、湯気立ちのぼる味噌ラーメンが目の前に置かれた。 「お、うまそーだな!」 「そうね。いただきます」 二人で手を合わせて箸をつければ、やっぱり本場。自分たちの地元で食べるものより、やっぱり味わい深かった。こんなの食べたら、あっちでインスタントなんて絶対食べられないわね。 「帰ったら暫くラーメンなんて食べれなくなるわね」 「そうか?俺結構、風が作ってくれる即席ラーメンに野菜いっぱい乗ってんのとか好きだぜ?」 「いやいや、インスタントと比べないでよ」 「要は、愛情こもってるかじゃね?」 思わず、口に含んだスープを吹き出しそうになって、慌てて手で口元を覆う。 そのままじっとりとした視線を武に送れば、爽やかスマイルが返ってきた。 「武」 「ん?」 「少し自重して」 「何をだ?」 これは天然キャラだからなせるものなのか。計算でやっているのか、時々本当に分からなくなってしまう。 もう、あれなのかな。 これは、慣れて受け流せっていう私への試練? 何にも分かっていないような武に突っ込むのも諦めて、取り敢えずラーメンを美味しくいただくと、速やかにお店から出た。 周りの視線が痛くてかなわなかったもの。 「やっと二人っきりだしな!土産でも見に行こうぜ!」 「ええ、そうね」 店から出たら出たで、直ぐに手をとられ、そのまま繋がれる。匠に握られていた時と違って、やっぱりこっちのほうがしっくりくると思うのは、私自身の気持ちが関係しているのかしら。 「どうせなら、新鮮な魚とか買って帰りてぇけどな」 「そうね、武がいればさばけるからいいんだけど」 まあ、持って帰るのは不可能だからクーラー便とかで送らなきゃいけなくなるわけだけど、そこまでして買って帰らないといけないかとなると、答えはノーで。 それなら、形に残るようなお土産がいいわよね。修学旅行の想い出になるもの。 「どうせなら、記念に揃いのもんでも買うか?」 「え?」 「俺たちそういうの持ってなかっただろ?」 私の心を見透かしたような武の提案に一瞬思考がストップして呆けた声を出してしまった。 そんな私の反応などお構いなしに、たくさんのお土産がずらりと並ぶお店に順々に顔を出していく。 お揃いのもの。 確かに、何かあればいいんだけど、キーホルダーとかじゃ、なんか子供っぽいしな。 身に着けられるものの方が、特別感があってやっぱり少し憧れてしまう。 「でも、武って、アクセサリーとかはつけないわよね?」 「んー、それは野球やってるからな」 少し困ったように笑う武に、やはりその線はなしか、と勝手に自己完結する。 ペアものって、アクセサリーのイメージが強いけど、スポーツマンも身に着けられるものって、何だろう。 そんなことを考えながら店内を見渡していれば、目に留まったものがひとつ。 「ねえ、武」 「ん?」 「これなら、どう?」 「ああ、いいんじゃね?」 私が見つけたのは、願掛けなどでよくスポーツ選手などが身に着けるもので見られるミサンガだった。 「あ、でも意味あるのね」 「黒と水色の組み合わせにしようぜ!」 「どうして?」 武の色って、爽やかな青とか水色ってイメージだけど、どうして黒も選ぶんだろう。 「意志を強く持って、ずっと笑顔でいてぇーだろ?」 「ああ、そういうことね」 黒が示す意志と、水色が示す笑顔。 それをかけ合わせることで、二人の未来の目標にする。何か武らしくて、そんな風に考えてくれてることが嬉しくもあった。 「じゃあ、つける位置は、利き足首にしましょう」 「利き手じゃなくていいのか?」 「だって、武はもう私の傍にいてくれてるもの」 利き手は、恋愛。 利き足首は、勝負や友情。 だったら、勝負ごとに打ち勝つように、と利き足首の方がいいと思うのだ。その私の意図をくみ取ってくれたのか、二本手にした武がそのままレジへと向かう。 直ぐに会計を済ませて帰ってきたかと思えば、ひょいっと抱き上げられて、え、と思った時には、そのまま外に連れ出され、店先にいくつか並んでいたベンチにおろされた。 「ちょっと!何で急に抱き上げるのよ」 「いや、早くつけてぇなって思って」 私の足許に屈んで、右足を持ち上げたかと思えば、今しがた買ってきたミサンガを器用に括りつけてくれた。 というか。 「武、何で私の利き足知ってるの?」 「ん?そんなの見てりゃ分かるだろ?」 そんなものだろうか。 首を傾げつつ、武が自分の利き足首に揃いのミサンガを結ぶの見て、何だかくすぐったい気持ちになる。 「お、イイ感じじゃね?」 「そうね」 「これからもよろしくな」 「ええ、こちらこそ」 二人して、何だか照れくさくなって笑いあう。 このミサンガに願をかけるならば、やっぱり――。 「無事に向こうに帰れますように」 「ん?今なんか言ったか?」 「何でもないわ。そろそろ集合時間になるし、行きましょう」 「そうだな」 叶うならば、もう一つ。 ずっと武の傍にいられますように、なんて。 贅沢な望みなのかしら。 |