異常者の贈り物

「ね、ねえ、空」

「見ない!見えない!無視だよ!」


日直当番で隼人とたけちゃんより先に出たあたしと風は、マンション前で待ちかまえていた一人の男性をスルーして、さっさと学校への道を行く。


「坂下先輩の事があったから、隼人君一緒に行くって言ってたのね」

「う、うん」


隼人は、早くしてって言ってるのに、結局煙草一本吸うから待てだ何だ煩いから、取り敢えず、ぎりぎりになる前にと風と飛び出してきたわけなのだが。


最近たまにマンション前うろちょろし出すようになった坂下先輩は、あの休日の日、レンタルビデオ店で偶然出会ってから、異常行動が本当に目立つようになった。


別にマンション前にいて声をかけてくるとかではないけれど、それがまた気持ち悪いのだった。


「一度、警察に相談しておいた方がいいんじゃない?」

「でも、何かされたわけじゃないし……」


警察に相談も考えたけど、何もされてないのに被害届も出せないし、警察に頼るより、隼人やたけちゃんの方が、何倍も頼りになると思う。


「一人になるの待ってる感じがするわね。絶対に一人になっちゃだめよ?」

「分かってるよ!」


そんなの怖くて無理だ。
あたしは、あの人とまともに会話なんかできないんだから。二人になったら、どうなるか分からない。


何だろう。
あの人の目って、見てると、委縮してしまうというか、声が上手く発せなくなってしまう。


「ねえ、風」

「何?」

「坂下先輩ってさ、あたしが隼人と付き合いだしてから、何か様子変な気がするんだけど」

「うーん、確かにそうかもしれないわ。何だかんだ言って、南先輩って、この学校じゃ、結構力強かったからね」


いや、その点では、隼人の力も十分だと思うんだけど。やっぱり、生徒会長ってだけで、あの男にとっての位置づけは、上になるんだろうか。


そんなことを考えつつ、まだ時間が早いからか、登校している生徒も少なくがらんとした教室の自分の席に鞄を置く。


取り敢えず、今日の授業の用意、と自分のロッカーに置きっぱなしの教科書類を取りに行くため、教室後方に並ぶ自分の出席番号の書かれたロッカーを開けようとして、何か違和感を感じる。

ロッカーから何かはみ出してる……?


「空?」

「ひっ!」


そっとロッカーを開ければ、ばらばらと教室の床に散らばる複数枚の写真に、小さく悲鳴を上げる。


隣にいた風に抱き着くようにしてしがみつけば、教室にいた数名の生徒たちが何事かと近づいてきて。


「伊集院さん、これ…」

「は、早く片付けましょう!こんなの!」


いつもは隼人やたけちゃんの事できゃきゃー騒いであたしたちを目の敵にしているような子たちだけど、流石に青ざめて震えるあたしを見てか、床に散らばった写真を集めてくれた。


「空、大丈夫よ。大丈夫。アンタの番犬がもう来るから」


そう言って宥めてくれる風の言葉も、今は何の安定剤にもならなくて。

一瞬だけ見えてしまった写真の中には、体育の授業前に着替えようとしていたところとか、お昼休みの昼食の時間とか、登下校の時のそれとか。


カメラ目線ではないあたしのそれが、いつ撮られたのか考えただけでぞっとした。


「何の騒ぎだ?」

「おい、空、待ってろって言ったのに何先に行って……!」


二つの足音。
聞きなれた声。

教室に入ってきた二人を目に留めて、風が隼人の名前を呼ぶ。


そうして、駆け寄ってきた隼人に、あたしを引き渡した。


「隼人…っ」

「!……大丈夫だ。お前は見んな」


ぎゅっと抱きしめられて、さっきよりかは幾分か落ち着いてくる。ちらほらと登校してきた生徒たちの視線が集まる中、隼人はただじっとあたしをその腕の中に抱いてくれていた。














***

「おい、山本。空どこ行った」

「さっき風と先に出ちまったぜ」


煙草一本ふかして、準備して部屋から出た俺を出迎えたのは、待っていた筈の空ではなくすでに準備を終えてダイニングで一人準備をしていた山本だった。

春日の姿もない。


「なっ!あのバカ!」

「おい、ちょっと待てって!獄寺!」


煙草一本吸うまで待ってろといったのに。
先に行ったのか、と慌てて荷物手に飛び出そうとした俺の動きを止めた山本が、これ、と差し出したのは、一通の手紙だった。


「何だよ、急いでんだよ!」

「空がいる時に、見せられねぇもんなんだって」

「ああ?」


風にバレねぇように抜き取っとくの大変だったんだぜ、なんていう山本は、どこか強張った表情で手紙を俺に差し出してきて。

その緊迫した空気に、妙な胸騒ぎがして手紙を受け取る。


何か膨らんでいるそれは、どこか生々しい感覚で、一瞬開けるのをためらっちまったが、山本は、それが何であるのか分かっているようだった。


「!……これ、どこにあったんだよ」

「下の郵便受けだ」

「あの二人にはバレてねぇのか?」

「その辺は、大丈夫だぜ」


山本は、朝早くこの周辺を走りに行ってやがる。その帰りに郵便受け確認してこの部屋まで届ける役割もいつの間にか出来上がっていた日常の一つで。


ここ最近、空をストーカーしてるらしいあのクソ野郎の動向も気になって、山本にも何かあれば直ぐに言えと伝えてはいたが。


特有のゴム臭が妙に鼻につく。
握りつぶしてしまいたい其れは、力をこめれば、恐らくこの部屋で飛び散ってしまうだろうと予想させた。


「取り合えず礼は言っとくぜ」

「ああ。けどよ、そいつはちょっと穏やかじゃねぇだろ」

「……アイツが知らなくて済むならそれでいい」

「……とりあえず、そいつは処分しちまおうぜ」


部屋で処分するわけにもいかず、山本がキッチンから持ってきたビニール袋に入れて、マンションから出て処分することにした。


マンションを出れば、無意識に急ぎ足で学校への道のりを行き、道中、俺と山本が会話をすることは一切なかった。


学校へ着き、直ぐさま教室へと向かえば、まだ登校している生徒が少ない中、俺たちの教室前にはわずかな人だかりができていた。


一瞬、山本と視線が交差する。
走って教室まで向かえば、注目の集まる中心に見知った二人を見つける。


「何の騒ぎだ?」

「おい、空、待ってろって言ったのに何先に行って……!」


一言文句言ってやろうと教室に踏み入り開口一番声を張り上げかけた俺は、春日にしがみついている空を見て、ハッとした。

隣にいた山本の目つきが鋭いそれに変わる。


「隼人君、この子お願いしてもいい?」


春日に名前を呼ばれるより先に身体は動いていたが、空を自分の方に抱き寄せて初めて、震えていることに気が付いた。


「隼人…っ」

「!……大丈夫だ。お前は見んな」


ぐっと頭を抱き込み、何も見えないように強く抱きしめてやれば、徐々に震えは小さくなっていく。

ぶつけようのない怒りを必死で抑え込むように、歯がぎりっと音を立てる。


クラスの女子数名と、春日、山本が拾い集めているそれは、空を隠し撮った写真だった。

絶対に許さねぇからな。









......
(……山本)
(何だ?)
(力貸してくれ)
(!…当然だろ)


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