「隼人くーん」 「いてっ」 「起きた?」 「…ンだよ」 お休みだからか、昨日の夜遅かったのか、風たちが出かけたというのに全然起きてこない隼人を起こすために、彼に馬乗りになって、にこりと笑えば、腕で顔を覆って気だるげな声をもらす。 「ちょっと付き合ってほしいとこあるの」 「あー……じゃあ、ちゃんと起こせよ」 「だから、起こしてるじゃん」 ねえ、ねえと隼人の上に乗ったまま肩を揺すれば、その手を取られて、ぐるんと視界が反転した。 あれ? 「襲われてぇのか」 「襲ってるの隼人じゃん!」 「まだ何もしてねぇよ」 「もうしてる!十分してるもん!」 フイッと顔を逸らせば、くくっと喉を鳴らすように笑う隼人が、ちゅ、と髪に口づけを落としてくる。 かぁ〜と赤くなっていく顔を見られたくなくてばたばた暴れれば、そのまま起き上がって布団に座り込んだ隼人の膝の上に乗っけられる。 正面から抱っこされる形で、隼人はといえば、その体制のまま携帯に手を伸ばし、時間を確認すると、見下ろす形になっているあたしを見上げて悪戯な顔を見せる。 「早く起こせよ」 「っ!?」 何を言ってるんだこの男! いつもどうやって俺が起こしてやってんだよ、なんて意地悪い顔で笑う隼人を一発ぶん殴りたい衝動にかられつつ、ぐっと拳を握る。 「ほら、早くしろよ」 ぶんぶんと首を横に振れば、腰に回っていた腕に力がこもる。絶対離してくれる気がしない隼人を前に、視線がうろうろと彷徨う。 「空」 「目、瞑ってよっ!」 「仕方ねぇな」 フッと瞼が落ちて、隼人の視界が遮られたことを確認して、そっと彼に顔を寄せる。 ちゅ、と触れるだけの口づけをと、唇に触れた瞬間、後頭部に回った手が逃げるのを許さず、そのまま深く生々しいそれをお見舞いされた。 「何だよ、まだ足りねぇのか」 「馬鹿隼人!!」 ばちん、と隼人の手を振り払って逃げ出したあたしは、部屋を飛び出して、洗面所にかけこんだ。 後ろから隼人の笑い声を聞いて、熱くなった顔を冷やすように、さっと顔を洗い流す。 朝からスキンシップが激しすぎだ。というか修学旅行終わったあたりから?隼人変!! *** 「何でそんな離れてんだよ」 「だって…」 「こんなひと目あるとこでするわけねぇだろ」 「そ、そういうことじゃないもん!」 朝の事がフラッシュバックして、途端にまた赤くなるあたしを見て、また笑う隼人は、前をずかずか歩いていたあたしの手を引っ張ると、そのまま繋いでぐっと距離を縮めた。 「で、どこ向かってんだこれ」 「見たい映画があるから借りに行こうと思って」 「恋愛映画なんざ、見ねぇぞ」 「誰も恋愛なんて言ってないし」 何て言い合いをしているうちに目的の場所に到着。外でぶらぶらデートもいいけど、やっぱりたまには、お家でまったりデートもいいんじゃないかと思って。 今日はたまたま風と、たけちゃんは外出中だしね。 「ね、隼人これなんて……あれ?」 店内に入ってすぐ、手を離した隼人は、ずっと後ろについてきていたはずなのに、いつの間にか姿を消していて、何となく彼の性格上、お目当てのコーナーはと、SF系の棚の方へ顔を出せば、楽しそうに選んでいたので、取り敢えず、自分の見たい作品をピックアップすることにした。 ついでだし、一本くらい恋愛映画混ざってたっていいよね。何も今日見なきゃってわけじゃないんだし、ちょっと冒険アクション系の恋愛なら文句ないでしょ。 そんな風に考えつつ、一つのパッケージを手にしてDVDを抜きだせば、すぐ後ろに人の気配がした。 隼人かな、と思って振り返れば、目の前にはドアップの男性の顔。 あまりに近すぎる距離に、小さく悲鳴を上げて、持っていたDVDを手放してしまった。 そんなあたしの前に落ちたそれを、ゆったりした動作で拾い上げたその人は、それを差し出してにこりと笑う。 「こんなところで、奇遇だね、空ちゃん」 「っ!?」 え、何で! 何でこんなところにこの人がいるの? さっきは近すぎる距離に誰だかわからなかったその人は、学校で出くわしたならマッハのスピードで逃げ去りたい、あたしにとってのワーストワンの男だった。 坂下悠馬。 南先輩と同級生で、何故かあたしに執拗に構ってくる気持ちの悪い男だ。 「これ、僕も見たかったんだよ」 「え」 「ねえ、これから時間ある?一緒に僕の家で見ようよ」 何を言ってるんだ。 ていうか、何、触らないでほしい。 握られた手から悪寒が走る。 ここまで生理的に受け付けない人間がいるのかと思うくらい、あたしにとって天敵な部類の人。 「今日は、お家に山本君も春日さんもいないんでしょう?見た所獄寺君の姿もないし」 「え……」 何でそこまで知ってるの。 気持ち悪いを通り越して、恐怖すら抱くその言葉に、ずるずる後ずされば、ぐいっと腰に腕が回った。 でもそれは不思議と嫌な感覚ではなくて、常日頃から感じる温もりで。 「あ、はや、と……」 「オイ、誰の女にちょっかかけてんだ、テメェ」 あたしの手を掴む坂下先輩の手を振り払ってくれた隼人は、ドスのきいた声で、ガンを飛ばしていらっしゃる。いつもある温もりが傍にいるだけで、スーッと恐怖が引いていくのを感じた。 「誰って、空ちゃんは、お前の所有物ではないだろ」 急にがらりと変わった空気。 普段はこんな感じではないはずなのに、と不気味に思っていれば、隼人に向いていた視線があたし注がれる。 「ねえ、空ちゃん、さっき言ったよね?一緒に僕の家で映画見よう」 頭のねじがおかしいのか。 これだけ隼人にガン飛ばされているのに、何も感じないのだろうか。 あたしを抱く隼人の手に力が入る。 「さっきから訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ。とっとと失せろ」 「そんなに言うならお前が何処かへ行けよ。ああ、その手を離して、僕に空ちゃん渡してからだけどね」 「何言ってんだテメェ」 会話が絡み合わない。 隼人も怒るというより、気味悪がっているような印象を受けた。 対応に困っていれば、周りが好奇の目でこちらに注目していることに気がついて、ハッと我に返ったあたしは、隼人の手を引いて、身を翻した。 「あたしは、隼人と約束あるので!そういうことで失礼します!先輩!」 「おいっ!」 「あっ」 結局、一刻も早くそこから飛び出したかったあたしは、何も借りないままにお店をダッシュで飛び出した。 ねっとりとした視線と、気持ちの悪い話し方が、ずっと残ってるみたいでとにかく気持ち悪かった。 *** 「空、アイツ誰だよ」 「学校の先輩……。隼人もたぶん、会った事あると思うけど、何かあの人、会うたびに馴れ馴れしくなっていって」 ぶるぶる震えている自分の身体を抱きしめるようにして玄関でうずくまれば、隼人が抱き起して、そのままリビングまで連れて行ってくれた。 そっとソファーにおろされるのをいやいやと首を横に振ってしがみつけば、溜息一つ吐いた隼人が、そのままあたしを抱えてソファーに腰を下ろす。 「で、アイツ、ストーカーか」 「い、今までこんな外とかで遭遇したことなかったし、そこまでする人じゃないと思うけど……」 でも、あの人知ってた。 今日、風とたけちゃんが家にいない事。何で、そんな事知っていたんだろう。 「お前、学校でも暫く一人になるんじゃねぇぞ」 「え……?」 「俺も気を付ける」 「う、うん……」 隼人がそこまで言うのって、何か逆に怖いんだけど、顔が真剣そのものだから、取り敢えず言う事聞いておこう。 本当に偶然だったのかもしれないけど、何か南先輩と別れてから、ちょっと異常行動が目立つような気もするし。 「胸糞悪ぃから、映画でも見ようぜ」 「え?だって、さっき借りる暇なくて」 「俺は借りた」 「いつの間に!」 ちゃっかりしてるな、なんて思いながら、隼人の借りてきたDVDたちを眺めていれば、どれも題名に未確認生物を示すような名前が入っていた。 え、ツチノコ探索とかあるんだけど。 「どれ見るの?」 「ん」 手渡されたそれもやっぱり何か中身が想像できないような映画だったけど、とりあえずセットして、隼人の隣にちょこんと腰を下ろす。 「な、なに?」 「何でそっち座んだよ」 「え?」 何だか少し不機嫌な隼人は、どうやらあたしが膝の上に来ると思っていたようで、隣に座ったことが気にくわなかったらしい。 「重くない?」 「お前の重さは慣れた」 「なっ!」 「いいから大人しくしてろ」 「うっ」 後ろからぎゅっと抱きしめられながら見るDVDは、中身なんて全然頭に入ってこなかったのは、言うまでもなく。 ...... (ただいまー) (あ、風たち帰ってきたよ) (チッ、早ぇーんだよ) |