「風。バッティング行かね?」 そんな武の一言で休日の予定が決まった。 やってきたバッティングセンターは休日なだけあって人が多かった。大概は男性客だが、ちらほらと女性の姿もあって安心する。武は常連なのか、受付のおじさんと親しげに話していた。 「お!そっちは兄ちゃんのコレかい?」 「まあな!かわいいだろ?」 「いいねえ、若いってのは俺もあと10年若かったら口説くんだが」 威勢のいいおじさんの冗談に乾いた笑いをこぼす。小指を立てる仕草はまさにおじさんだ。ちなみにおじさんの見た目年齢は50代だ。10年わかくても40歳そこそこだと考えると高校生の私が相手だと犯罪になってしまう。 武はにこやかにおじさんに手を振ると迷わず一番早いブースへ入っていった。 私は興味深く周囲をみていく。狭い場所ながら速度違いのブースがいくつか設置されている。待合室には昔のゲーム機が何台か置かれている。 「まず肩慣らしな!」 「……肩慣らしで一番早いところなのね」 さっさとブースに入っていった武が豪速球を簡単に飛ばしていく。打ち分けすらしているようだ。周りからはどよめきが起こっている。中には常連なのか武を知っている人までいるようだ。全休打ち終えたあとはランダムにくるように設定して打ち出した。 私には見ただけでは球種などはわからないが、速度もランダムになっているらしい。たまにすごく遅い球がきている。 それらも全て打ち返した武がようやく出てくると拍手喝采だった。 すっかりスターのように取り囲まれてしまっている武を眺める。果たしてコレはデートだと言えるのだろうかと首をかしげるが、武らしいとも言える。 「わり!打ち方教えろとか言われてた」 武から教われる人は同じ言語感覚を持つ人か、よっぽどの読解力がある人だ。そうじゃないとあの擬音だらけの説明は理解ができないだろう。 「もう抜けてきたの?」 「風がいるのに他のやつのほうにはいかねえだろ?」 「待ってるのに」 「俺が嫌だ」 そんな会話をしているが、周りからさっきからチラチラと見られている。誰もがにやけているから気恥ずかしくなるが、武はまったく気にしていにいあたりさすがだ。 「風も打ってみるだろ?」 「打てないわよ」 「一番遅いとこなら大丈夫だって」 引っ張られるがままに反対側の端へ向かう。一番遅い球で85q。バッドがどれがいいのかすらわからないが、一番軽いものを選んだ。長さも少し短いからおそらく子供用だ。 それを持って見よう見まねで構えてみる。普段部活で部員が打っている姿や素振りをよくみるからなんとなく構えはわかるものの、バッターボックスに立った時に違和感があった。 電子版のピッチャーがふりかぶりボールが飛んでくる。その球はさっきまで武が売っていたものよりは数段遅く、目で追うことはできた。でも、降ったバッドはかすりもしなかった。 「風!こう!ブン!!だぜ。ブン!!」 「ええ??」 後ろからアドバイスが飛んでくる。それと同時に前からボールが飛んでくる。遠心力でバットが持っていかれながらも、今度はかすった。ボールが上へと跳ねる。 「くいっ、としてブン!!な!」 「わからないって!」 相変わらず擬音での説明に苦笑する。 なんどか降っているとやっと一球だけあたり前へ飛んだ。それだけでバッドから伝わる振動に強い。こんなことをよく武達は毎日やっているな、と思っている間に電子版のピッチャーは動かなくなった。 「打ったな!」 「一球だけね」 「初めてならそんなもんだぜ?俺も最初は全然打てなかったしな」 「そうなの?野球っていつから始めてたの?」 そんな会話をしながらそのあとも武は何度かバッティングを楽しみ、私も一番遅いところをもう一度だけ体験した。 少しだけ休憩しようということになって、公園の入り口にあったキッチンカーでカフェオレを買って公園のベンチに座った。 秋も終わりに近いというのに暖かな日差しが降り注ぐ。広場は落ち葉で埋め尽くされ、子供や家族連れが目立っている。 しばらくのんびりと話していると、とことこと歩いてくる犬がいた。首輪とリードはつけているものの、リードを引いているはずの主人は見当たらない。その犬は武にかけよると尻尾を降ってじゃれ始めた。 「ハハッ、かわいーのな。どっからきたんだ?」 わしわしと犬の頭を撫でる武。次第に犬はお腹を見せはじめ、乞われるがままにお腹も撫で回し始める。 「武って犬の扱いが上手いのね」 「まーな。俺の匣も秋田犬だしな!」 「匣?」 「ん?知らねえか?見てろよ?」 武は犬のお腹から手を離すと犬はもっと撫でてというように切なげな鳴き声を出した。よっぽど気持ちよかったんだな、と思っていると、武はポケットから手のひらサイズの小さな立方体ものもを取り出した。一箇所にだけ穴が空いた水色のそれ。今度はボンゴレリングを取り出すと指にはめた。そうかと思うとリングに水色の炎が灯った。 「これが覚悟の炎な。で、これを入れると」 指輪を匣の穴に入れると匣がパカリと空いて中から犬が飛び出してきた。何かをその犬は最初は武に向かってじゃれついたがすぐにそばに他の犬がいることに気づくとそちらと遊び始めた。 「………容量、どうなってるのよ……」 「俺も詳しくは知らねえけどな!俺の相棒だぜ。次郎ってんだ」 「へえ……」 太郎もいるのだろうかとか明後日な方向へ思考が飛ぶ。リボーンのレオン、ディーノのエンツィオみたいなものだろうか。 「こいつ刀にもかわるんだぜ!」 この瞬間には私は理解しようとすることをやめた。 次郎は武と話す私にきづくと私のほうにもやってきた。そっと撫でてあげると嬉しそうに尻尾をふる。不思議な匣から出てきて刀に変わるとは思えないほどかわいい。 「次郎、俺の彼女の風な」 「えっと、よろしくね、次郎」 ワン 尻尾をフリフリする次郎はやっぱりかわいい。そのままじゃれついてきて顔を舐められそうになった。 「おっと。そこは次郎でもダメだぜ。俺だけの場所だからな」 「……ワンちゃん相手に何いってるのよ」 「当たり前だろ。風にキスしていいのは俺だけだからな」 武が匣をかざすと次郎は匣の中へ戻っていく。手品みたいだ。 「あ、あれ飼い主じゃねえか?」 武が指差した方をみると誰かの名前を呼びながら走っている女性がいた。その女性に気づくと、ずっとそばにいた犬が反応し駆け寄っていく。 「見つかったみてえだな」 「そうね。じゃあそろそろ帰るわよ。買い物してかなきゃ」 「今日は何にするんだ?」 「リクエストはある?」 「そうだな、肉、かな」 「アバウトね。肉か……。何がいいかしら」 (ただいまー) (おかえり!風お腹すいた!) (今日はミンチが安かったからハンバーグよ。手伝ってね) (えー!?あ、あたしやることが……) (逃げたらご飯抜きだから) (ひどい!) |