掴みかけた幻影と忠告

「自由時間だが、時間はきっちり守るように、班行動だからな!」

「んな野暮なこと言うなよ、先生」

「そうだ!そうだ!」


何が野暮なのかしら。


そんなことを考えながら、これからの自由行動どうしようかと思案していれば、視界の端に空の手を引いて、こっそりこの場を後にする隼人君の姿がうつる


ちらり、と武を見上げれば、気づいていたのか、二人を目で追った後に、私に視線を落とした。


「俺らも二人で抜け出すか」

「そうね


その方がいいだろう。


せっかく仲直りした二人に水を差すこともない。一生に一度の修学旅行。


武と過ごせる貴重な二人きりだけの時間を、私も楽しむことにしよう。


まあ、問題は、こっそり抜けたように見える空たちでさえ、こそこそと様子を伺っていたやっかみのひどい女性陣から非難されているのを見ると、私たち、無事にここから抜けられるかしら。


「武」

「匠……」

「よっ」

「神童くんと、あなたは……」

「ご無沙汰してます」


皆が班行動でばらけだし、ざわざわ騒がしくなった周囲の人垣をかき分けてこちらにやってきたのは、匠と神童くん、そして、彼女は、いつだったかの火事騒動の時の少女だった。


少し気まずそうに頭を下げる彼女が、元気そうでほっとする。
抜け出すタイミングは、もう失ってしまったけれど。


「カモフラージュが必要かと思ってきてやったぞ」

「ついでに、綾ちゃんも春日に話しかけたそうだったし、伊集院がいないときの方がいいと思ってさ」

「とりあえず、移動しようぜ」

「そうね」


カモフラージュって。


まあ、団体行動していれば、二人で抜け出すより幾分かこの場を離れやすい。
ひと目は気になるけど、今はこの場から離れた方が、彼女とも話しやすそうだった。


武の一言で、私たち五人は集団から抜け出て、どこへ行くでもなく、取り敢えず落ち着いて話せる場所まで移動した。


「そういえば、私が誘拐(仮)されたときに武に知らせてくれたのって木城さんたちなんでしょう?武に聞いたわ。あの時はありがとう」

「ううん。大丈夫だったって聞いたけど……」

「ちょっとやり方が強引だったけど、一応身内の犯行だったの。あの時警察じゃなくて武に知らせてくれて助かったわ」


あの時の憤りを思えばいっそ警察沙汰になったらあの人ももっと反省したんじゃないかとか思わないわけではないけれど。


苦笑しながら言うと木城さんはやはり俯いてしまった。


「本当に、あの時も神童くんがいたから山本くんに電話できただけで……。あの火事の時も……。ちゃんと謝りたかったの。ずっと」

「あなたは主犯の子たちにお使いを頼まれただけでしょう」


 しかし彼女は首を横に振る。


「違う。私、何かが起こるかもしれないって知ってた」

「え?」

「……相模先輩のことも、もしかしたら関わってるのかもしれない。お兄ちゃんが変になったって言ってたし……」

「お兄さんって木城先輩?」

「うん」

「どういうこと?」

「ごめんなさい。これ以上は言えない……。だからこれはただの自己満足なんだけど、気をつけて欲しい。春日さんも、特に伊集院さん」

「また、何かがあるってこと?お願い。何か知ってるなら教えて欲しい」

「わからない。でも、たぶんまだ何かあると思う。でも、あの人は本当は優しい人なの。なんでこんなことするのかわからないけど」

「あの人って誰?教えて。また何かがあるの?火事に南先輩?あとは…、球技大会のゴールが落ちてきたのも?他にも?私と空が狙われてるの?どうして?」

「ほ、本当に私はわからないのっ」

「ヒートアップしてんなあ。せっかくの修学旅行に喧嘩はやめとこーぜ」


思わず詰め寄った私を見かねたらしい神童くんが木城さんをかばうように私たちの間に立った。


「神童くんも知ってるの?」

「し、神童くんは関係ない!本当だよ!」

「なんのはなし?」


きょとんと目を瞬かせる彼は本当に何も知らないらしい。


「……木城さんがその人を止められないの?」

「ごめんなさい」


神童くんの後ろでしゅんとうなだれる木城さん。そのさらに後ろではどこからか戻ってきたらしい武と匠が駆け寄ってくる姿が見え、これ以上この話は続けない方がいいだろうと判断した。


「……そう。責めるようなこと言ってごめんなさい。火事の時のことは本当に気に病まないでほしい」

「うん……」

「話してくれてありがとう」


本当はもっと聞きたいことがあった。彼女が特に空と言ったところ。それはまた南先輩と何かがあるということだろうか。それともまた火事のように命に関わるようなこと?


「風。どうした?」

「あ……」


気がつくと目の前に武がいた。心配そうに私の顔を覗き込む彼に、目を瞬かせる。考え込みすぎていたらしい。


「ここ、シワ寄ってたぜ」


眉間を指差す武に苦笑する。悩みすぎても仕方がない。わからないものはわからないのだ。もし空に何かあるとしても今は番犬がいる。一度した失敗を二度繰り返す男ではないだろう。今度こそ空の盾になってくれるはずだ。


「あとで、聞いてくれる?」

「!ああ。当たり前だろ」


心配そうにこちらを伺う木城さんに微笑みを向ける。


「大丈夫よ。今は武達がいるから」

「……うん!」


何かが起こっている。私たちの知らないところでそれは着実に進んでいるのかもしれない。それがなんなのかはわからないけれど、何事もなければいい。


ただ今の平穏がこのままずっと続けばいいのに。




.....
(話終わったかー?)
(ええ、終わったわよ)
(よっし、じゃあ、修学旅行へゴーだな!)
(俺は風と二人で回りてぇんだけどな)
(そうはさせねぇぜ)


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あきゅろす。
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