移動中のバスの中は

風と準備して、集合時間ぎりぎりに滑り込んだあたしたちは、今日の修学旅行地へとバスで向かっていた。


風に言われて隼人と一緒に座ってはみたものの、いつもならある安心できる空間がそこにはなくて、喉に何か詰まったみたいに、声は出せないし、呼吸が苦しいと感じるほど、胸がしめつけられたような心持だった。

ただ一言、

ごめんって、そう言えたらいいのに。


どうして、何も言えないんだろう。


隼人は、隼人で、窓の外に視線を投げてそっぽを向いてるし。


「ちょ、ふざけんなって!」

「あっやべっ!」


前座席から聞こえてきた男子生徒のふざけた声に顔を上げる、え、と思った時には、何かが飛んできていて、その向こう側で、顔を青ざめさせる二人のクラスメイトが見えた。


ぱしっ。


「あ……」

「オイ、さっきからうるせぇんだよ、タコ」

「わ、悪い!獄寺!」

「静かにしてっからさ!ごめんな、伊集院も」


眼前に飛んできたのは、何だったのか。
くしゃりと潰してしまった隼人は、それを、前方の彼らに投げ返していた。

でも、今のは――。


「は、隼人……」

「……」

「あ、ありがとう…っ!」

「あーもう、面倒くせぇな」


ぐいっと引っ張られた身体。
そのまま体制を崩して、隼人の腕の中に引っ張り込まれた。


え、と思って顔を上げれば、苛立った顔はそのままに、視線は窓の外に投げられたまま。

でも、あたしの身体を抱きしめる腕は、とても優しかった。


「らしくねぇ面してんじゃねぇよ」

「!……うんっ」


ぎゅっと隼人に掴まって、いつもよりずっとこく染みついている煙草の匂いに埋もれる。

煙草は嫌いだけど、隼人から香る煙草の匂いは好きだなんて、あたしも結構、重症だ。




***

「なんか、うまくいったみてぇだな」

「そうね」


こっそりと様子を伺っていた私たちの斜め後ろで、どうやら、元通りになったような二人にほっと安堵の息をつく。


いつも元気な空が、あんなに情緒不安定になるのも珍しいけど、それよりも、私なんかの言葉よりもずっと、隼人君のとる言動ひとつで、ああもあっさり解決しちゃうと、何だか面白くないわね。


「なあ、風」

「何?」

「あの夜の事、怒ってるか?」

「!……怒っては、いないわ」


こっちもこっちで、ちゃんと前に進まなきゃね。空にいらない心配なんてかけたくないもの。


武のいきなりの話題転換に動揺しつつも、ただ本心を口にすれば、少し困ったように笑う武が、そっか、とただ一言そう言って。


「獄寺によ」

「え?」

「中途半端な事すんなって、まあ、そんなようなこと言われてさ」

「?」


中途半端って何だろう。
それに、獄寺が武にそういう助言するのって、凄く珍しいと思うのは、私だけかしら。


「お前の嫌がることは、俺はしたくねぇし、するつもりもねぇんだけどさ」

「武?」

「やっぱり我慢はよくないと思うのな」

「へ?」

「だから、覚悟しといてくれよな、風」


キラッキラで爽やかな笑顔が眩しい。
何を覚悟しておけというのか、この男は。

スッと握られた手に力が入る。温かい温もりにほっとする反面、獰猛な猛獣にノックアウトされたような気分だ。


ああ、違うわね。
捕食される小動物の気分?

何にせよ、武が吹っ切れた顔してるなら、それでいいかしら。


握られた手をそっと握り返す。


「私は、一筋縄じゃいかないわよ」

「!おう、望むところだな」


修学旅行2日目。
明日はもう、わが家への帰路につく。

今日は、最後に楽しい想い出を作れるといいわね。


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あきゅろす。
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