「空、どうしたの?」 部屋に戻る前に泣き出してしまった空は、さっきからずっとだんまりのまま。あまりのんびりしている時間もないのだけど。 このまま放っておくことも出来ないのよね。 隼人くんとの喧嘩なんて日常茶飯事なのに、どこか今日は様子が変だ。空の事だから、たぶん、私と武の様子でも勘ぐって、隼人君と衝突したんだろうけど。 隼人君も、言い方があれなのよね。もう少し優しくしてやればいいのに。面倒な忠犬だわ。吠えるところを間違っていることに、気が付きなさいよね。 「ねえ、風」 「なあに?」 「風は、たけちゃんのことすき?」 ようやく口を開いたかと思えば、何を言いだすのか。一瞬、昨晩の武の顔がよぎり、ハッとする。何を思い出してるのよ、私は。 「ええ、そうね」 平静を装って頷けば、ゆらゆら揺れる空の瞳に影がさす。 「あたし、南先輩の事で、怖くなって、泣きついた先が隼人だった……」 「え?」 「南先輩の事がなかったら、あたしきっと、隼人とは付き合ってないよね」 ちょっと待って。 急にどうしたというのだ。ようやく空の傷も癒え、心身ともに元の明るいこの子に戻ったと思っていたのに。 「どうしてそう思うの?」 「ほら、吊り橋効果ってよく言うじゃん!南先輩への恐怖心とか、痛いのとか全部、逃げ道作る為に――」 「空」 思わず、空の言葉を遮っていた。 それを口にしたら、傷つくのはきっと、彼女自身だと思ったから。 「風っ!あたし、いつものことなのに、いつもみたいに隼人に言い返されただけなのにっ」 「うん」 「何か、胸が苦しいっ。今までは、別に隼人にどう思われててもよかったの…っ。だって、隼人は帰るから!いつかはいなくなっちゃう人だから…っ」 ストレートな表現程、鋭利に突き刺さるものはない。しがみついてくる空を抱きしめながら、自分にもかえってくる言葉だと、静かに目を閉じた。 「今は、不安なの…っ。隼人に分かってもらえない事とか、面倒くさそうな顔されたりとか…。前までは、ただムカついてただけだったのに」 「うん」 「あたしは、南先輩の事なくても、隼人の事、きっと好きになってたと思うの…っ」 自分の気持ちが、とってつけたものだと、そう言われるのが怖いのだろうか。そんなはずないのに。空は、確かに南先輩の事、好きだったかもしれないけど、でも、空が背伸びせずに、対等に向き合っていけるのは、これから先、彼しかいないのだろうと思う。 喧嘩っ早くて、口が悪くて、どうしようもない奴だけど、空のこと本気で想って、考えてくれてるってのは、一緒に住んでたら、嫌でも分かっちゃうのよね。 武が、抑えられずに昨日吐露した想いも、隼人君が、空に言えずに一歩下がって堪えてる熱も分かってるつもりだったけど。 やっぱりぶつけられて、平静ではいられなかった自分と同じように、まだまだ癒え切らない傷を負う空もまた、受け止めきれないものもあるんだろう。 母親と向き合えたあの時、武が傍にいなかったらきっと乗り越えられなかった。 空が、南先輩の呪縛から解放された時と同じように。 私と空には、もう大きすぎる存在になりつつある二人なのだ。 「ねえ、空。私昨日の夜、武と少しいろいろあってね」 「……!」 「我慢するのも、させるのもよくないなって思ったわ」 「え…?」 「我慢しないほうがいいわよ」 「それって、どういう……」 ピンポーン と部屋の呼び鈴を鳴らす音がして、首を傾げる空から一旦離れると、呼び鈴を鳴らしただろう武の元へと向かって、先に行っていてほしい旨を伝える。 勘のいい武の事だから、何かを察してくれたのか、直ぐに隼人君を連れて集合場所へと先におりてくれた。 「風」 「ん?」 「たけちゃんとのこと、あたしは、何も聞かないほうがいいんだね」 「!…ええ、そうね。これは、私の問題。抱えきれなくなったら、私もちゃんと空に相談するわ」 そう、これは、私の問題。 私が、空の問題を今までみたいに、全部解決に導いてやれない様にね。 武って意外と獰猛なオオカミみたいし。 まだ、隼人君の方が、無茶振りしなそうだから、空が私と同じ悩みを持つのは、もう少し先かもしれないけど、今は、この子の不安が早く消えてくれるといいと、それだけを願うわ。 ...... (さっ、準備して早くおりましょう) (うん!) (ちゃんと仲直りするのよ?) (う、うん?) (修学旅行中にね) |