修学旅行二日目の朝は、生憎のお天気で、初日よりは、空気が冷たく凍っているような感じだった。布団から出れば、ぶるりと震える身体を抱きしめて、珍しくまだ布団から顔を出していない相部屋の相方に目を向ける。 夜遅かったのかな。 「風」 「ん……」 「朝食の時間だよっ」 朝食時間は、7時から8時の間に済まさなくてはいけない。たぶんきっと、隼人たちがこっちまで迎えにくるんでなかろうか、なんて思いつつ、眠たそうに眼をこする風を起こす。 「ごめん。今、起きたから」 「昨日、遅かったの?」 「あー、まあ、少しね」 何を思い出したのか、言葉を濁す風は、そのまま洗面に向かった。あっ!しまった!かぶるんだから、先に済ませてから起こしたらよかった! などと思っても後の祭りで、結局は風とばたばたしながら準備する羽目になり、予想通りというか、二人が迎えに来る頃には、なんとか準備万端で、制服に着替え終わっていた。 *** 「ねえ、隼人」 「何だよ」 「何か変だよ」 朝食をとり、一旦自分たちの部屋へと戻ることになった帰り道。少しだけ前を行く風とたけちゃんの後ろをのんびり歩いていたあたしと隼人は、二人に聞こえないくらいの小さな声で話していた。 「あ?」 「風とたけちゃん。なんか、変!」 そう言って、どこかぎこちない二人の背中を指させば、隼人が、あーとか間延びした声を発して、あれは、ほっとけ、と一言。 何だ、それ。 絶対何か知ってる! 「隼人、何か知ってるでしょ!」 「まだ、ガキのお前にはわからねぇよ」 鼻で笑い飛ばすようにそんな意地悪を言う隼人が、スッとタバコをくわえて、喫煙所に向かおうとするのを、服のすそをぐいっと引っ張って止める。 「んだよっ」 「私子供じゃない!!」 「そうゆう、むきになるとこが、ガキだっつってんだよ!」 「じゃあ、怒鳴り返す隼人だってガキだ!」 「ああ?!朝っぱらから、喧嘩ふっかけてくんじゃねぇよ!」 「隼人のせいだもん!!」 何よ、何よ!どうして教えてくれないの?!あたし結構本気で心配してるのに!隼人に相談したかったから、聞いたのに。そんな、馬鹿にして鼻で笑い飛ばすなんて! 「おいおい、どうしたお前ら」 「何もめてるのよ」 声が大きくなったせいか、心配した二人が足を止めて、こちらを振り返り、そのままこちらまで戻ってきたかと思えば、宥めに入る。 でも、そんなの今聞こえない!ていうかいえない!二人のことなのに、二人に言ったら意味ないじゃん! 「けっ、知らね。こいつが、ただキレて突っかかってきてるだけだ」 「隼人が話聞いてくれないからだよ!」 「だから、それは、当人同士のもんだいだっつてんだろ!お前は、首突っ込みすぎなんだよ」 「だからって、ガキ扱いされて、隼人に逆上されるのおかしいもん!」 キッとにらみつければ、心底面倒くさそうにため息をつかれる。何なの。 「どうしたのよ、空」 沸点が振り切れる前に、そっと肩に置かれた手が、急激に上がった熱を下げてくれた。 「獄寺も落ち着けって」 「うるせっ!」 あたしの前では、睨み合っていた隼人もたけちゃんに宥めてもらっていた。 ああ、どうして、こんなすぐに喧嘩になっちゃうんだろう。 あたしが子供だから?風みたいに大人になれなくて、何でも思ったこと口にしちゃうから? だから、隼人は、面倒だと思うの? 「!……武、先に部屋に戻るわ」 「お、おお。わかったぜ。集合時間前に迎えに行くな」 「ええ。ほら、空、戻りましょう」 風にそっと、背をおされる。それに促されるように足を踏み出せば、ぽろり、と何かが伝うのを感じた。 ああ、何で、視界がぼやけてんだろ。 それにこんなときに、何で先輩の顔なんてよぎるの? あそこから助けてくれたのは、隼人なのに。 やっぱり、あたし、隼人とは、友達のままいたほうがよかったのかな。隼人は、あたしのこと、対等に見てくれてないのかな。 勢いで、付き合っちゃったみたいな感じになって、今に至るけど、隼人のことはもちろん好きだけど。一緒にいて安心するけど。それって、恋人としてなのかな。 部屋に戻るまでの時間が何だかすごく長く感じて、いらないことばかり考えるどうしようもない頭を殴ってやりたい気分だった。 *** 「で、何があったんだよ、獄寺」 「お前らのせいだよ。こっちにとばっちりだぜ、面倒くせぇな!」 いらいらとした様子で、タバコをくわえて火をつけると、眉間のシワが三割マシだな。とゆーか、俺ら?俺なんかしたか? 「何かしたか?」 「お前が、昨日春日に余計な事すっからだろーが!」 あー、まあ、俺は気にしねぇようにしてたんだけどな。風がちょっと不自然だったか。でも、こればっかりは、俺も二の足踏んじまうのなー。 「ああ、わりっ。そりゃ、とばっちりだな」 「ったく、堪えきれねぇくれぇなら、はなっから手なんか出すんじゃねぇよ」 そんな事、無理だってことくらい、お前なら分かるだろ、獄寺。やっと、俺だけの風になってくれたんだぜ。もう、我慢せずに、言いたいこと言って、したいことしていい仲になったってのに。 俺たちの関係は、時限爆弾つきだ。 いつ爆発するかも分かんねぇそれを抱えながら一緒に過ごしてくのにさ、我慢とか、そんなことしてたら、絶対後悔しちまうだろ。 「!……俺たちには、時間がねぇだろ?」 「……んなことは、分かんねぇよ」 本当はお前だってわかってるから、空に無闇に近づかねぇんだろ。歯止めがきかなくなって、何もかも投げ出しちまいたくなんねぇように。 獄寺は、たぶん、俺とは違って、割り切れるタイプなんだろう。一番に大事なもの、曲げられねぇもんを、貫き通す奴だから。 けど、俺は、今を大事にしたい。 例え戻っても、ここでの後悔を引きずって生きていきたくはねぇから。 「なあ、獄寺」 「あ?」 「後悔だけはさ、すんなよな」 「……うるせぇ。てめぇには、言われたくねぇ、野球バカ」 煙草をもみ消して、ようやく喫煙所から離れてくれた獄寺と二人部屋に戻る。 取り敢えず、風と一回ちゃんと話さねぇとな。空にも心配かけちまって、獄寺にとばっちりになっちまってっし。 ........ (お、風むかえにきたぜ) (あーえっと、武、隼人君と先に行ってて) (!じゃあ、先いってるな!) |