今更にして今世紀最大の

騒がしい教室内を、頬杖をついたまま眺める。それぞれ席から立ち上がり友達の元に言っては口々に語りあっているのはもうすぐある修学旅行についてだ。


昼休み明けのこの時間、先生がまだ教室に訪れていないこともあり、まだ休み時間が続いているかのような教室内。


「ねえ、隼人」


「ああ?」


ふてぶてしく座っている隼人に声をかければ、にらみつけるようにしてあたしのほうを向いた。相変わらず目つきが悪い。そんなんだから本当は純情ボーイなのに怖がられちゃうんだ。


「修学旅行さ、あたしと隼人と風にたけちゃんでしょ?あと2人を班にいれなきゃいけないんだけど、誰がいいと思う?」


周りの話題にのっかって隼人に話を振ってみる。もちろんまともな答えが返ってくるとは思っていない。


風のほうを見ると、たけちゃんが何やら風に話しかけている。そこに匠君もやってきて結局風は口を開くことはなく匠君とたけちゃんのやりとりを眺めている。おそらく野球のことだろう。たけちゃんがバッドを振る真似をした。


「んなの、相模でもさそっとけばいいだろ」


「どろぬまー」


「あ?」


何言ってんだこいつという目で見られた。あたしも思わず隼人を見返す。


もしかし、気づいてないとか?隼人は人の感情の機微にどちらかというと疎い。敵意なら敏感なのに、それが恋愛ごとなら余計に疎い、というより興味がないんだろう。だったら知らなくてもしょうがないかもしれない。


「何がだよ」


「何って、匠君だよ」


「相模?」


「匠君、風のことどう見ても好きでしょ」


「………あいつが?」


「本当に気づいてなかったの!?」


「ケッ、興味ねえんだよ」


「あれだけアピールしてるんだから、クラス中のみんなが知ってることだって」


「知るか」


「だからね、最近たけちゃんと風いい雰囲気でしょ?そこに匠君入れたら、大変なことになるんじゃないかなって思うんだけど」


「んなの、空が気にすることじゃねえだろうが。ほっとけ」


「隼人つめたい」


「うっせえ」


そっぽを向いてしまった隼人に、ちょっとだけ不機嫌になりつつもう一度風のほうを見ると目があった。首をかしげる風に手を振ってみると、目を細めて笑い返してくれた。


「ねえ、ねえ!」


突然、間近で聞こえた女の子の声に驚いて顔を向けると隼人に話しかけている女子3人組。クラスの中でもちょっと派手なグループにあたる3人だ。不機嫌な表情でその女子を見る隼人。それでもひるまない彼女たちを勇気あるなと見つめる。


「獄寺君ってもう修学旅行誰と回るか決めた?よかったら私たちと回らない?」


「あ?誰だてめえら」


超絶不機嫌な隼人は苛立ちまぎれに煙草を取り出そうとしてあたしの視線に気づき舌打ちをした。うん、えらい。


「誰って、ひどーい!同じクラスでしょ?いつも伊集院さんたちといるから、たまには違う人と回らない?」


ちらっとあたしのほうをみて笑みを浮かべる彼女たちに思わず顔が引きつる。


「うぜえ。消えろ」


「別にいいじゃない、ねえ?伊集院さんと付き合ってるわけじゃないんでしょう?」


恋する女はあれぐらいじゃひるまないらしく、なおも隼人の前で妖艶な笑みを浮かべている。本当に高校生かとあきれ返っていると隼人から信じられない言葉が出た。


「付き合ってる」


「は?」


驚きに声を上げたのは彼女たち3人じゃなくてあたしだ。


「え、誰と誰が付き合ってるって?」


「あ?俺とお前が」


「お前って…」


「空しかいねえだろうが」


「いやいやいや!待って、いつから!?何それ!」


思わず立ち上がって隼人に詰め寄れば、びっくりした顔をされた。びっくりしたのはこっちだし!


「前言っただろうが」


「言ってない!聞いてない!そもそも了承してない!」


「あ?いやなのかよ」


拗ねたように顔をそむける隼人にもはや何をいっていいかわからなくなってきたころ、ようやくクラス中が静まり返り注目をあつめていることに気づいた。


というより、ここが教室内だってこと忘れてた。


「ご、獄寺君、伊集院さんが、す、好きなの?」


すっかり頭から抜け落ちていた女子3人が、顔をひきつらせながら隼人に問いかける。その言葉になぜかあたしが恥ずかしくなってきて顔に熱が集まるのがわかった。


「てめえらに関係ねえだろ」


「……呆れた。もう勝手にしてって感じ…」


不機嫌面で答える隼人だったけど、その耳は真っ赤になっている。それにさらに熱が増してきた気がした。しかも、なぜかあたしのほうをまっすぐに見てくる。いつもならそんなことないのに、熱のこもった隼人の翡翠色の瞳に目をそらせなくなる。


そんなあたしたちを見てか、彼女たちが盛大にため息をついたのがわかった。


「ついでに言っとくぞ。こいつに手出したら、てめえら全員果たす!」


すごむ隼人にクラス内の数人が短い悲鳴をあげる。けれどそれとは別に、歓声があがるのもすぐだった。はやし立てるように口笛やら歓声をあげるクラスの男子に、あたしはどうしていいかわからず周りをみまわす。


もうとにかく逃げ出したくて仕方なかった。恥ずかしすぎて死にそうだ。


「ちょ、隼人!?」


「なんか文句あんのかよ」


「あるに決まってるし!こ、こんな公衆の面前で何言っちゃってくれてるわけ!?」


「虫よけになんだからいいじゃねえか」


「よくないに決まってるじゃない」


漫画ならスパーンという効果音がなっただろう。突然隼人の頭に振ってきた白い何かに隼人が盛大に声を上げた。


「いってえ!!」


「うるさい。バカじゃないの。あほじゃないの。頭腐ってんじゃないの」


3拍子。息をつがずに言い切ったのは、手に何かプリントの束を丸めたものを持って仁王立ちしている風だった。その隣にはたけちゃんも腹を抱え、爆笑しながら立っている。


「ああ!?ケンカ売ってんのかてめえ!」


「吠えないで。こっちは修学旅行の班の決め方とかで悩んでるってのに、何公開告白してんのよ。される側の気持ちも考えなさいよ。今にも沸騰しそうなほど赤面してるじゃない」


あたしのほうを指さして隼人につめよる風。指摘されさらに赤くなるのがわかった。しかも風の顔を見れば明らかにこの状況をおもしろがっているらしく口角があがってる。これはからかう気まんまんだってことだ。


「ちょ、風!ひどい!どうにかしてよ!」


「無理よ。ここまで騒いでたら明日には学校中に知れ渡ってるわ。恨むならこんなところで勢いで言った隼人君を恨みなさいよ」


「そ、そういう問題じゃっ!だって、まだ問題片付いたばっかりなのにっ!…先輩のこととか…」


「先輩のことは、ほっとけばいいのよ。あんな奴」


吐き捨てる風に苦笑する。本当に風は先輩のことが嫌いらしい。わかっていたけど、ここまで嫌悪感をあらわにする風もまた珍しい。あまり人に対して好き嫌いはしないほう、というより、苦手な人はいても当たり障りなく接することが多い。


だからこそ、本当に、そばによるのも話題さえも嫌なくらい嫌いなのだと思う。


「つうか、邪魔すんじゃねえよ」


「隼人君は黙ってて。ふつう、空がシャイだってわかっててこんなところで告白する?」


「だから、俺はもうしたつもりだったんだよ!」


「それこそ問題外よ。いいから二人で話し合ってきなさい。あんたらがいたんじゃ今日の話し合いが進まないじゃない」


「ちょ、風!?」


「空も恥ずかしいのはわかるけどはっきりさせてきなさいよ。どうせ家に帰れば寝るときは同じ部屋よ?今曖昧にしても意味ないわよ」


「わ、わかってるけど…」


「先輩のことはこの際おいておいて、今自分の気持ちにだけ素直になってみたらいいんじゃない?」


「……でも…」


「あとのことは、隼人君がどうとでもするわよ。むしろしてくれないと困るわ」


後ろでふてくされているらしい隼人に視線をうつした風は、たけちゃんにからかわれて真っ赤になりながらどなっている隼人を見て肩を落とす。


「風は、どう思う?」


「…私は、隼人君は無い」


断言する風に言葉を失う。このタイミングで全否定って…。


「でも、ずっと見てれば隼人君がちゃんと空を好きなんだなってことぐらいわかるわ」


「えっ!?」


「気づいてないのなんて空ぐらいよ」


「えええっ!?本当に!?知ってたの!?」


「隼人君は顔にも態度にも出やすいもの。ほら、さっさと話し合ってきなさい。放課後までに片付かなかったら、家にいれないわよ」


「なんで!」


「気まずい空たちに挟まれるなんて嫌だもの。ついでに、相性はいいと思うわよ。空の今までのタイプとは違うけどね」


その言葉に今度こそ、恥ずかしくて爆発するんじゃないかと思った。


真っ赤になって固まる私を置いて、風は2、3言隼人に何かいったかと思うと、隼人まで赤くなりながらあたしのほうにやってきた。


「行くぞ」


一言あたしだけに聞こえるようにそういうと、手を取られ、そのまま引っ張っていかれる。教室を出たとたん廊下にまで聞こえるほどにはやし立てる声が大きくなり、恥ずかしさで顔をあげられなくなった。


握られている手が大きくて、そういえばこの数か月何かあるたびにこの大きな手が支えてくれていたなと思い出す。撫でてくれるときとか、こうやって引っ張ってくれるときとか、とても安心するのも確かだ。


先輩のことを好きだった時とはまた違う風にドキドキしているのを感じる。


相性は確かにいいと思う。言い合いするのも楽しいし、何より隼人といるのは落ち着く。


そっと顔をあげてみる。あたしの前を歩く隼人は、後ろからではどんな表情をしているかわからないけど、その耳は赤く染まっている。


それを認めた瞬間あたしにも熱が移ったように耳があつくなるのを感じた。









(ヒューっ!ついに獄寺が伊集院とくっつくぞ!)


(ったく、騒ぎすぎよ)
(ハハッ、まあ、みんな知ってたからなー)
(わかりやすいものね)
(だな!)
(さて、どうやっておさめようかしら)
(なあ、俺たちも付き合うか?)
(武までバカ言ってないで、さっさとこの場を収めるわよ)


(……おい匠)
(いうな。神童)
(だって、匠)
(頼むから言うなって。神童)
(ばっさり切ったなー、今の)
(なんか、ライバルながら不憫になってきた…)


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あきゅろす。
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