堪忍袋の緒に触れる

「よ、空」


「あ…、たけちゃん。そっちはどうだった?」


突然声をかけられ、肩がはねた。思わず顔がこわばったけどあわてて取り繕う。まだ、やっぱり少しだけ怖さのようなものは残ってしまっているけれどいつまでもこうしていられないのだから、握った手に力を込めた。


「ああ、勝ったぜ!一点差だけどな」


「ハッ!てめえがあの時足引っ張ってなけりゃ、あの野郎に大差つけて勝てたんだ」


「ハハッ、わりいって」


「?たけちゃんがミスするなんて珍しいね」


「あー、いやー、さ……」


頭をかきながら言いよどむたけちゃんに首を傾げる。


コートでは試合開始のブザーが鳴り響き、審判によってボールが高く投げられた。ジャンプボールを取ったのは3年生だった。パスやドリブルによっていっきに相手側のゴールのほうへ走っていく風たちを見ながら、たけちゃんの声を聞き逃さないように隣の声に集中する。


「風がいたような気がしたんだよな・・・。俺の知らねえヤツと話してるみてえでさ、そっちに気がとられて試合中って忘れてて」



話を聞いてみれば、たけちゃんの失敗はなんともたけちゃんらしいというか、風愛されちゃってますねって感じな内容に照れることすら忘れて苦笑した。そのおかげで、今は目の敵にされちゃって大変なのだから、素直にうらやましがることすらできない。


「ケッ、くだらねえ。それでシュート決められてるんじゃねえよ!」


「だから、悪かったって。でも獄寺だってきっと空みてえなヤツが誰かと話してたら同じことになってたって」


「俺はこいつを間違えたりしねえよ」


「ハハハッ、さすが獄寺なのなー」


「ったりめえだろ」


顔に熱が集まった気がした。いま、さらっと。本当にさらっと恥ずかしいこと言ってくれちゃったんだけど、絶対に自覚してないよね。隼人。


思わず顔をうつむける。だって恥ずかしすぎるって。顔に集まってきた熱を手で仰いで冷まそうとするけど、さっき隼人ともいろいろあったせいで、中々熱は収まりそうになかった。守る、とか今思い出しても恥ずかしい台詞だと思う。あの時は感情やらいろいろと高ぶっていたものがあったから、すごく、嬉しかったのだが、平常心に戻って思い返してみるとなんとも恥ずかしい。枕に顔をうずめて転げまわりたいくらい恥ずかしい。


「あーもう!ほら、二人共ちゃんと試合見る!」


まだこの話題が続きそうだった二人を強制的にコートのほうに集中させる。だって、隼人ってば何言い出すかわからないし。


今は4−6のワンゴール差でこちらが勝っている。決勝戦なだけあって、ボールがあっちいったりこっちいったりして、目で追うのも大変だった。風についているディフェンスの人が相手チームの中で一番背が高い人だっていうのには驚いた。風はどちらかと言えば背は低い方だ。見ていても身長差が激しくて、言っちゃえば相手はたけちゃんぐらいある。


風がいくらジャンプしても、相手はその上からボールを奪っちゃうから風はとても悔しそうだ。そのおかげで、シュートをいれるのも大変そう。


「身長差あるやつに高さで勝負しても意味ねえよバカが」


「ん?届かねえならその上までジャンプすればよくねえか?」


「それができねえから言ってんだろうが!だからテメエはいつまでも野球馬鹿なんだ!」


「ハハッ、でも確かにあれはキツそうだな」


「相手の人たけちゃんぐらいあるんじゃないかな?」


「風って小さいよなー」


「それ言ったら怒られるよ?」


「そうなのか?」


そのとき、ちょうど風にボールが渡り、うまく二人のディフェンスから切り抜けられた風がそのままシュートを決めた。湧き上がる歓声と相手の悔しそうな顔。風が肩で息をしつつ、ディフェンスへと戻る途中、マークについた人と何かを話していた。


風は最初驚いたような顔をしていたけど、それも一瞬のうちですぐに真顔に戻った。風も何か一言行ったあと、二人はすれ違いすぐにコーナーからボールを出した3年生によって試合は再開させられる。


隣のたけちゃんをちらっと見てみれば、先ほど名でも和やかさなど微塵も感じさせない表情で風たちを見ていた。しかしそれは一瞬で、すぐに女子の試合って面白いのなと笑った。


試合の流れは依然として風たちの方にあり、点差は徐々に開いていった。


そんなときだった。ちょっと目を離したすきに、体育館内にざわめきが起こり、タイムを知らせるブザーが鳴った。あわててコート内に視線を戻すと、倒れた風が起き上がるところだった。


チームメートが駆け寄るのが見えるが、起き上がろうとして再び床へと戻る風がいた。痛みに顔をゆがめ、自分の足首をさすっている。


横に並んで観戦していたはずのたけちゃんがいつのまにかコートの中へと足を踏み入れていた。ちらっと見えた表情は、いつもにこやかな彼からは想像もできないほどの無表情だった。


「風」


「…武」


「足は?」


「平気よ。少し捻っただけ」


肩をすくめて見せる風の顔を見ることもせずにたけちゃんは風の足首に触れる。まるで触診するように数か所触っては風に痛いかどうかを確かめていた。


「こんな公衆の面前で手を出すほど馬鹿だとは思わなかったぜ」


隣の隼人の言葉で犯人が誰かがすぐにわかった。その犯人へと視線をやると、コート脇で、固まっていてにやにやと笑っている。


じっと睨んでいると、一人がこちらに気付いたらしく目があった。そして、あっちはなんとクチパクでざまあみろと言ったのだ。


それを見た瞬間頭の中の何かが切れた音がした。


「ちょっと!」


「バッ!空!」


「何!?止めないでよ!」


とっさに飛び出していこうとしたあたしだが、隼人の方が反射神経が早かったらしく、腕をつかまれた。振り払おうと、振り回すけど、隼人に抑え込まれた。


「バカじゃねえのか!?今ここで言ったら、お前も何されっかわかったもんじゃねえだろ!」


「そんなの関係ない!」


「ちったあ頭冷やせ!」


「だって!あいつら!」


悔しくなって、ぐっと手を握りこむ。このやり場のない怒りをどうすればいいかわからず、隼人を睨みつけた。その時、後ろで突如悲鳴があがった。その悲鳴の正体は、たけちゃんが風を抱き上げたことによるものだった。


「風!大丈夫!?あいつらにやられたんでしょ!?」


「空落ち着いて。大丈夫だから」


「保健室連れてくな」


なんで、いつも風がこんな目に合うんだろう。なんて、本当はわかってる。風は自分が目立ってたけちゃんとなるべく一緒にいることであたしにその矛先が向かないようにしてくれてるんだ。でも、そんなの全然うれしくない。うれしくないんだよ。


「ってことだから、空」


「え?」


「私が返ってくるまでよろしくね」


「ええ!?」


無理やり手を取られ、ハイタッチを交わされる。合わさった手を伝い風を見れば、口角を上げている風がいた。


「こういう時こそ、最終兵器の出番でしょ?」


からかうように紡がれた言葉に、目を見開いた。


「はあ!?ちょ、待って!あたしが出なきゃいけないの!?」


「当り前じゃない。私、今から保健室。空は選手。しかも、補欠は空しかいない。ね?」


「無理無理無理無理!無理だって!」


「頑張って。私が戻ってくるまでだから」


「え、嘘。本気!?」


「ちょー、まじ」


「ちょっと!こんな時だけくだけた言葉つかわないでよ!」


「ハハッ、大丈夫大丈夫。なんとかなるわよ」


「ならないってば!」


「ゴール下にいて、ボールが来たらシュート入れればいいだけよ」


「いうのは簡単だけど!」


「空。絶対に怪我はしないで」


「………風…」


「ってことで、ほら。タイムが終わるわ」


「って、風ーっ!」


あたしの呼び声むなしく、たけちゃんに抱かれ去っていく風。そして虚しくもタイムの終了をしらせるブザー。あたしを憐れむように見ていた隼人が、そっと背中を押してくれた。


こんなときだけそんな優しさを披露してくれちゃって、あとで絶対にアイスおごってもらおう。一番高い奴だ。絶対に。


それに、久しぶりにキレそうだ。怖いけど、それ以上に頭に血が上っている気がする。あんな卑怯な奴らに絶対に負けたくない。


そう心に決めて、あたしはコートへと踏み込んだ。


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あきゅろす。
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