「風!風!ちょっと!」 夕飯を作っている最中。珍しくキッチンに顔を出した空はなぜかしゃがみこんだまま私に手招きしてくる。 「どうしたの?空」 いぶかしがりながらも聞いてみれば、声が大きかったらしくあわてた様子で人差し指を口に当て静かにするように言われた。一度コンロの火を止めて、空と同じようにしゃがむと、ようやく空の顔がリンゴのように真っ赤になっていることがわかった。 「あ、あのね」 視線を泳がせながら内緒話をするように小声で話しかけてくる空の言葉を聞き逃さないように必死に耳を傾ける。 「は、隼人と付き合うことに、なった」 思わず空を見返した。空はその一言を言うだけでも精一杯だったのか恥ずかしさに耐えられないというように顔を手のひらで覆っている。 ここは、驚くべきところだろうかと一瞬迷ったが、知っていたものは知っていたし、第一教室でのやり取りとか、帰り道の二人の様子をみて気づかないほど鈍感ではない。 「…今更」 そして結果、苦笑するにとどめた。 「し、知ってた!?」 「当たり前じゃない。というより教室であれだけの騒ぎ起こしておいて、そのあとも二人して親密な空気醸し出しておいて、振ったって言われたほうがびっくりするわよ」 「そ、そんなに親密な空気だしてた!?」 驚愕する空は、大きな目に恥ずかしさで涙目になっている。こんな姿を見せられては隼人君も理性を抑えるのに大変だろうと思わず空の頭を撫でる。これだけ素直に表情に出る子のほうがやっぱり男子としては見ていて可愛げがあるのだろうなと頭の隅で思った。 ついでに、自分には決してできないことだなとも。 「で、教室をでたあとのことでも聞かせてくれるの?」 「い、いや、それは…」 「まあ、いいけどね。とりあえず、おめでとう」 「う、うん…」 「隼人君の長い片思いもようやく実ったのね」 「ええ!?か、片思いって…いつから」 「いつからって…、さあ、忘れたけど。私が確信したのはずいぶん前よ」 「ほ、本気で?」 「本気で」 嘘だと顔を真っ赤にしたまま否定する空に再度苦笑する。実際、隼人君は結構最初のほうから空にひかれていた部分はあるだろう。これだけ彼に言い返す女の子というのもあまりいないだろうし。ただ自覚したのはおそらく南先輩のことがあってからだろう。 「さ、ここにいるなら手伝ってくれるのよね?」 「げっ!」 「じゃあ、空には…」 「あ、あたし宿題しなきゃ!!」 脱兎のごとくキッチンから出ていく空はそのまま部屋に引っ込んでしまった。その様子を隼人君が首をかしげ私のほうを見てくる。私はというとその慌てようがかわいくておかしくて肩を震わせながら笑いをこらえていた。 「お前、空に何言ったんだよ」 「くくっ、な、なんでもないわ…っ」 「笑いこらえながら言われても説得力ねえよ」 「ふふっ、ああ、そうだ。隼人君にも言わなきゃね」 「あ?」 「脱片思い、オメデトウ」 「なっ!!」 「いや、長かったわね。南先輩からいつ奪還するのかってやきもきしたわ」 「奪還って、お前な」 呆れた顔を私に向ける隼人君。片思いが長かった分なのか、空よりも隼人君のほうが余裕があるらしい。からかいがいのない奴だ。 「つうか、お前本当に南の野郎が嫌いだな」 「そうね」 「なんかあったのかよ。原因とか…」 「…これといって原因があるわけじゃないけど…」 あの柔和な笑みを思い浮かべる。確かにこれといって原因があるわけでもない。何かされたわけでも、というよりあまり接触はしてこなかった。 「強いて言うなら、同族嫌悪よ」 そう、その言葉につきるだろう。ようは子供の独占欲に似たところがあったのだと思う。そして、それはあちらも同じ。 「ほら、磁石で同じ極は反発するじゃない。それと一緒よ。天敵なの。生まれながらの」 「なんだそりゃ」 「私もあの人も同じものを持っていなくてそれを渇望していて、そしてそれをたまたま空が持っていた。二人ともそれがほしくて独占したくて、でも独占するためにはあの人が邪魔で、そういうことよ」 「お前……、レズだったのか」 憮然と言い放つ隼人君に、私のほうがあきれ返る。 「そんなわけないでしょ。恋愛対象というより家族愛よ」 「そ、そうか…」 「何、目をそらしてんのよ。まあ、私がもし男だったら空に落ちてたかもね」 「…てめえだけは敵に回したくねえよ」 「私も隼人君相手だったら勝てる自信あるわ」 「ああ!?てめえ!やんのかこら!」 「お前ら面白い会話してんのなー」 握りこぶしをつくって詰め寄ってくる隼人君に笑っていると、いつから聞いていたのか武がすぐそばにいた。 「ほら、隼人君、空を呼んできて」 「チッ。ぜってえてめえには渡さねえからな!」 捨て台詞のように私のほうを指さし部屋へと入っていく隼人君だが、渡すも何も私はレズではないのに。 「ったく、いつまでそのネタ引っ張るのよ」 「なあ、風」 「ん?」 「風が渇望してるものってなんだ?」 そんなところから聞いていたのかと武のほうをみると思いのほか真剣な顔をした武がそこにいた。真実を探るように私の目を覗き込む武。 「…そうね。私が持ってなくて空が持ってるものよ」 「風…――――――」 「風、今日の夜ご飯何?」 「今日はお祝いだから豪華にしたわよ」 武が何か口を開きかけたが、空の言葉に遮られそれより先が出てくることはなかった。 「ほら、武も突っ立ってないでお皿運んで」 「あ、ああ」 戸惑いながらもうなずいた武に皿を押し付け、私はほかのものを盛り付けていく。 仲よさそうに言い合う空たちを見て、少しよぎった不安を見ないことにした。 |