夕日が差し込み、黄金色に染まる教室。隙間だけあけた窓から入ってくる風が首筋を撫でていく。夕方にもなれば昼間の残暑など跡形もなくなり肌寒くなってきている。 下校時刻もあと少しと迫っている今、校舎内に残っているものなどほとんどいなかった。実際、この教室内にも一人以外誰も残っていない。 その一人は、夕焼けに染まる教室をまるでそこに見えない敵でもいるかのように鋭くにらみつけている。誰かがこの場面を見れば、思わず竦み上るであろうその視線を受けるのは、今は教室にある机しかいない。 「…そうですか」 なんの感情も含まない声だった。淡々と紡いだその声音に、電話越しの相手は苦笑した。 内心焦っていた。 焦るというより後悔に近いかもしれない。今日の出来事を何度も脳内に描いてはどこを修正すれば自分の思い通りに事が進んだのかを何度もシュミレーションする。 思わず舌打ちしたくなるが、今電話している相手にそれを聞かれては、そのそばにいるであろう側近に何を言われるかわかったもんじゃない。 「…いえ…。大丈夫です」 声音から苛立ちを感じ取られたのか、気遣わしげな言葉を投げかけられるが、それを受け入れるつもりは毛頭なかった。 そんな彼女を見抜いたのか電話の向こうの相手が苦笑したことがわかった。 現在の状況、これらの行動などを簡単に報告していく。この定期連絡も今回が最後になるだろうことはよくわかっていた。 「とにかく、もう少しです」 目にかかる髪をかきあげる。ずいぶんと伸びてしまった髪。この任務が終われば切ってしまおうかと毛先を眺める。 「ええ。………わかってます。では」 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。考えなければいけないことが山ほどあるが、ここが大詰めなのはわかっている。そして、失敗するわけにはいかないことも。最後の駒をどう動かすか、どうするべきか。 フィナーレは、大番狂わせが予想されるだろう。 「如月?何やってんだこんなところで」 後ろから聞こえてきた声に、思わず口角を上げた。 「…坂下君。…ちょっと、ね…」 教室の入り口で首をかしげてこちらを見る彼。 頭の中に入っている彼の情報を引き出す。といってもここ最近よくかかわっている男でもある。坂下雄馬。高校3年生で生徒会書記を務めるこの男は、南をライバル視している。その理由は簡単。彼がつい先日まで付き合っていた空を好いているからだ。 といってもその意中の相手からはまったく相手にされずさらに言えば嫌われている始末。そしてここ最近少し動きが過剰になってきている男。 こんな動かしやすい駒を使わない手はないだろう。 「?」 首をかしげる彼にゆっくりと近づく。夕日に照らされ、彼の白い肌が橙色に染まった。 「でも、ちょうどよかったわ」 最後に動かす駒が決まった。ストーリーが頭の中で組み立っていく。あがりそうな口角を抑え、彼へと向き直る。利用するのは彼の心。とても大切な、そしてずっともてあましている心。 「坂下君に、話があるの―――」 この選択が吉と出るか凶と出るか。 うまく動いてくれよと念じつつ、驚愕に目を見開く彼を前に波音はゆるりと口端をゆがめるのだった。 |