メデューサ相手の決勝戦

あの後、あたしは一生分の涙を流したんじゃないかと思うほど泣いた。途中からどうしてこんなに泣いているのかわからないぐらい泣いて、自分でも止め方がわからなくなっていた。


そんなときに風が走ってきてくれて、あたしは隼人から風に抱き着いた。その時に突き飛ばしちゃったらしいけど、そんなの覚えていないし無意識だった。風に抱き着いたら、しっかり抱きしめ返してくれて、頭を撫でてくれた。そして、頑張ったねってお疲れ様って言ってくれて、ようやく涙が止まった。


そんなあたしに、隼人も何も言えなくなってしまったらしく、頭を掻きながら舌打ちをしていた。たけちゃんに何やらからかわれていたけど、あたしは何も言っていないのに、何もかも知っているらしい風に心配をかけたお詫びをしていたから聞こえなかった。


そのあとは、あたしは隼人を連れだって保健室に行き、泣きまくって腫れぼったい目を冷やしに行った。その間に何試合かあったらしく、一応勝ち進んだと風から報告は受けた。


他の種目に関しては、バレーは男子準決勝敗退、女子決勝進出、バスケは男女ともに決勝進出。ソフトボールは、準々決勝で敗退したらしい。


これなら総合優勝も狙えるんじゃないかってクラスのみんなは浮足立ってる。でも、決勝の相手っていうのが3年生らしく、去年も優勝したところらしい。隼人たちは、負ける気など微塵もなさそうだったが、その自身がどこから来るのか知りたいと思う。


「隼人たち大丈夫かな…」


「大丈夫よ。だって、あの二人普段いがみ合ってるけど、協力したら強いでしょう」


「違う、あたしが心配してるのは隼人だけ!相手に喧嘩売ったりしないかな…」


「あー…。否定はしないけど」


「否定してよ…」


「無理。だって簡単に想像できちゃうもの」


「だよね…」


がくっと肩を落とせば、風がなだめるようにあたしの肩を撫でた。隼人ならファール取り巻くって退場も在りえそうだ。逆に今までそうならなかったことがすごいと思う。一度見た試合だと、ギリギリまでファールしてたし、途中相手にキレそうになって匠くんとかに止められていたのだ。心配にならない方がおかしい。


「まあ、大丈夫よ。武も匠もいることだし」


「殴って退場になったりしなきゃいいけど…っ」


「そこまで獄寺もバカじゃないわよ。短気だけどね」


最後の不吉な一言に、涙目になって風を睨みつけると、苦笑が返ってきた。だって心配なんだもん。


「昨日まで近づくこともできなかったのに、この変わりようにはびっくり」


「そ、それは言わないで…。思い出しただけで…。と、とりあえず気にしないことにしたの!」


「そう。まあ何でもいいわ。ほら、もうすぐこっちも試合が始まるから」


「うん…」


「何かあったら、こっちにだって騒ぎが聞こえるわよ」


「そう、だね…」


風の言葉にひとまず自分を納得させる。目の前のコートでは3位決定戦がオールコートで行われている。3位決定戦からタイムなどが本格的になってくる。


だから体力でも差がでてくるのだ。あたしは絶対にフルで出続けるなんて無理だと思う。


ブザーが鳴り、片方のチームは喜びに飛び上がり、片方はお互いの肩をたたき慰め合っている。両チームがユニホームを脱ぎ、一礼した。体育館に響く両者のありがとうございました。という声に周りがまばらに拍手が贈られる。


「ほら本部に行くわよ」


風に言われ、まだ不安を残しながらもあたしたちは選手登録をするために本部へと向かった。試合をする前に、ちゃんと選手がいるかどうか確認するためだ。ちなみに、この時点で選手が揃わずに5分を過ぎると不戦勝で相手チームの勝ちとなってしまう。


といっても、あたしは補欠だし。滅多なことがないかぎり決勝戦の今、出されることはないだろう。と思いたい。


「風、頑張ってね!」


「もちろん」


「応援してる!」


「はいはい」


意気込むあたしを風がなだめるとかいう、逆なパターン。でも、風はとても楽しそうだからいいや。


集まった選手にゼッケンが渡される。汗独特の匂いを含んだそれを鼻に近づけないようにしながら、着る。相手を見れば、3年だった。


あと5分で開始するということを伝えられ、あたしたちは一度コート脇へと引っ込む。


「やっと決勝戦!相手は3年だけど、球技大会に歳は関係ない!気張っていくよ!」


実質チームリーダーを務める子が声を張り上げる。中学の時はバスケ部だったというその子は、怪我をしてバスケができなくなったという子だ。本格的なバスケで戦うことはできなくなったらしく、今は男子バスケットボール部のマネージャーをしている。


「伊集院さんも一応出れるようにしておいてね」


「う、うん」


作戦会議をし始める風たちの傍に立ったまま、3年チームの方を見る。あちらも作戦会議をしているらしい。体育館はもうすぐ始まる決勝戦に続々と人が集まってきていた。コートでは余興のためか、審判の男子がシュートを打ったりしている。


それらをぼーっと見ていると、ふいに3年の人達がこちらを指さしているのが見えた。しばらくすると、その視線がついっとそらされる。そして、彼女たちは色めきだった。その視線の先を見るとなるほど、と納得しちゃっていいのか、隼人とたけちゃんがいた。


体育館の入り口から中をのぞき、あたりを見回している。彼女たちは隼人かたけちゃんのファンらしい。なんとなく嫌な予感がして、作戦に耳を傾けている風を見た。


隼人のファンは、隼人自身が寄せ付けないためそんなに表立つことはない。でも、たけちゃんは違う。たけちゃんは寄ってきた子たちを笑顔で迎えてしまうため、勘違いする子が多いのだ。そして、それはめぐり巡って嫉妬へと変わっていく。


「…風」


「どうしたの?」


「あの3年の人たち、隼人かたけちゃんのファンらしい…」


風にだけ聞こえるように声を潜めて告げれば、あからさまに風の顔が引きつった。


それもそうだろう。風もあたしも身を以て女の嫉妬深さというか、その怖さを知っているのだから。同じ女でありながら恐怖を感じる嫉妬心に、あたしはあんな風にはなりたくないと本気で思う。


「……獄寺のファンってことを祈るわ」


「………うん」


それはそれで微妙な気分だと思いながら、今はとりあえず安全第一なためうなずいた。


さすがに試合で何かしてくることもないだろうと思いつつ、気を付けるように言っておく。


相手チームから隼人たちの方へ視線を移すと、たけちゃんとばっちり目があった。そして、満面の笑みで手を振られ、ついでにたけちゃんが隼人へと声をかけている。たぶん見つけたことの報告だろう。


大きく手を振ってくるたけちゃんに苦笑いを浮かべつつ、そっと相手チームへと目を向ければ、ものすごい形相でこちらを睨んでいた。


「ひっ!」


「?伊集院さん?」


「…あ、アハハ…、なんでもないよ…」


たけちゃんのファンである可能性が高まっったことに比例して風の命の危機も高まった気がする。そんな比例の関係なんていらない、と苦笑すらできずにいると、隣であたしと同じようにたけちゃんの方を見て敵チームを見た風は頭をうなだれさせていた。うん、気持ちはすっごいわかる。


「…空、死んだらよろしく」


「え!?風、気をしっかり!」


「無理。絶対に無理。殺されるわよ、あれ」


「だ、大丈夫だよ!きっと!」


「……はあ、腹をくくるしかないか」


もはやあきらめの境地らしい風に同情するしかできない。自分の保身のために代わりたくはない。でも、風にもけがとかはしてほしくないため複雑だ。


そして、無情にも試合開始の合図がなされ、選手である風たちはコートの中へと入っていくのだった。その背中にドナドナが聞こえたのは幻聴だろうか


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あきゅろす。
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