救世主と似た者同士


「……空?」


トイレから出てくると、空が忽然と消えていた。空もトイレに入ったのかと、中へ行ってみるけど扉が閉まっている個室はない。今のあの子の状態から考えて一人でどこかに行くというのは考えにくかった。


焦りでうまく働かなくなっていく頭で、直感が南先輩を弾き出していた。


「風?」


「たけ、し」


私はよっぽどひどい顔をしていたのかもしれない。武が私の様子に気づくと険しい顔をしてどうしたのか聞いてきた。


「空が、いなくなった…」


「空?」


「どうしよう、トイレに行ってる間に…。きっと南先輩よ。離れるべきじゃなかったっ」


「落ち着けって。な?まだそうと決まったわけじゃねえだろ?」


「でもっ!」


「大丈夫だって。とりあえず探しにいこうぜ?それに、匠の兄貴だって、学校でどうこうしたりしねえって」


「……そう、よね」


武の言葉に、渦巻く不安を無理やり押し殺す。とにかく今は探し出すのが先だ。


「あ、獄寺と一緒かもしれねえぜ?」


「獄寺か…。うん、電話してみるわ」


携帯電話で獄寺君に電話を掛ける。でも、呼び出し音だなるだけで一向に出る気配がない。何度かけなおしても結果は変わらなかった。


「役立たず」


思わず漏れた言葉は思いのほか情けない声をしていた。武が苦笑しながら頭を撫でてくれる。それだけで、少しだけ落ち着けた気がした。


とにかく一度体育館に戻ってみることにする。


体育館では女子の試合がもうすぐ終わるところだった。もう一つのコートでは3年生の男子がバスケの試合をしている。南先輩の姿を探してみるけれど、大勢の生徒が集まる体育館で見つけられるわけもなかった。


「どうしよう、また、何かされてたら…」


「大丈夫だって」


「だって、わからないじゃない!もう、あんな空………」


獄寺に抱えられ、帰ってきた空を思い出す。鋭い空気の中、明らかに殴られたとわかる肢体に息をのんだ。そして、部屋の中から聞こえる叫ぶような泣き声に、自分が守れなかったことを痛感した。守れないどころじゃない。何もできなかった。


今回もまた、私が手の届かないところで空が泣いているかもしれないと思うと、どうしようもない焦燥感が生まれる。


「風。空なら大丈夫だ。獄寺がいるだろ?」


自信満々にそう言われれば、なんだか本当に大丈夫な気がしてくる。根拠なんて何もないけれど、確かに今、私たちには武と獄寺がいるんだから。


再び探そうと体育館を出ようとしたとき、なんとはなしに目についたのは外側通路だった。体育館の2階からのみ出られる非常階段につながるこの通路はちょうど体育館裏に面している。南先輩なら人目につかない場所を選ぶだろう、ということから、なんとなくそこに足が向いた。


ベランダから外に出て、下を見れば誰もいない。取り越し苦労だったか、と思った時視界の隅で何かが動いた気がした。


「武!見つけた!」


武を呼び、指をさす。そこには南先輩に両肩をつかまれている空がいた。話し声は遠く聞こえなかったが、詰め寄られているのは見てわかる。


なんでこんな時に、獄寺はいないんだ。


今ここにいない獄寺に八つ当たりしそうになるが、しょうがないだろう。だって、彼は守ると言ったのだ。だったら本当にストーカーにでもなんでもなって、四六時中一緒にいればいい。肝心な時に傍にいないなら、あんな誓いなんて意味がない。


「武、ここから行ける?」


「ああ」


「空を、」


助けて、と続くはずだった言葉は目の端に入ってきたものに止められた。


体育館裏を煙草を吸いながらぶらぶら歩くその姿は不良そのものだが、今まさに思い描いていた人物でもあった。


「獄寺!」


「あ?…テメエらんなとこで何してんだよ」


「あんたこそどこ行ってたのよ!守るって言ったでしょ!?」


「あ?何の話…」


「空が危ない!」


空の方を指さし、獄寺に怒鳴りつける。今頼れるのは悔しいけれど獄寺しかいなかった。だって、私が行ったところで、南先輩から空を守れるわけではない。それがなんて悔しいんだろう、と思った。


大切なものがまた傷ついていく。守れる人が、私の目の前からかっさらっていくのだ。そして、いつかきっと本当に私の目の前からいなくなるのだろう。幸せに顔をほころばせながら。


「風、大丈夫だっただろ?」


「…、そうね」


唇をかみしめる。


「空!!」


必死な顔をして、今まで吸っていた煙草をその辺に吐き捨て走り出した獄寺は、空に一直線に向かった。


その時、空が南先輩を突き飛ばした。


そして、獄寺が空を抱きしめる。その様がまるでスローモーションのように見える。


「……ヒーローの登場ね」


「ハハ、だな」


「…遅すぎるわ。忠犬なら、忠犬らしく主人の危険くらい察知しなさいよ」


「それをさせんのは、ツナだけだろ」


笑う武に、肩の力が抜けた気がした。


二人が寄り添うようにして南先輩に背を向ける。獄寺が肩を支えて歩く空はとても小さく見えた。きっと泣いているのだろうと容易に想像がつく。そして、南先輩に何を言われたのかも簡単に想像できて胸糞が悪くなる。


「あんな獄寺、見たことないのな」


まるで周りのものすべてから守るように空を支える獄寺は、本当に空のことが好きなのだと見ていてわかる。第3者から見てあれだけわかりやすいのに、本人には気づかれていないんだから、いいんだか悪いんだか。


二人の姿が見えなくなってからもその場にいてそんなことを考えていると、下から今はあまり聞きたくない声がかかった。


「…覗きなんて悪趣味だね、春日さん」


「たまたま、ですよ。南先輩。それに会話はほとんど聞こえていません」


「よく言うよ。本当に…」


下から睨みあげてくる南先輩に、口元に笑みを浮かべてみせる。苦虫をかみつぶしたような顔をして背けた先輩に、思ったよりダメージを受けているようだと悟った。まあ、それもそうか。おそらく離別したのだろう。南先輩は隠そうとしているが泣きそうな顔をしている。この人はこの人で、本当に何年も空を好きだったのだ。


ただ、伝える方法を間違ってしまっただけで。


「君の、望むとおりになったんじゃない?これで」


「…さあ。及第点、じゃないですか?」


「…相変わらず厳しいな」


「今更どう繕ったって、あの子を泣かしたことに変わりはありません。虫が良すぎるんですよ。忠告したはずです。あの子を泣かせるなら容赦しないと」


「なら、俺を裁くかい?」


諦めたように空笑いする南先輩は、少し自暴自棄になっているようだった。武へと視線を移すと、彼は黙ったまま事の成り行きを見守っているらしい。


「そうしようと思ってたんですけどね。先輩のさまざまな女性関係の証拠を集めて、校内でばらそうかなとか。でも、空が自ら断ち切ったようなので、それはなしにしました」


「泣かした俺を、許すの?君らしくないね」


「許す?誰を?」


鼻で笑い嘲笑を浮かべる。許せるわけがない。今回のことは、いくら責めても責めたりない。恐怖は脳裏へと焼きつくものだから。それは心の傷となり、怪我を直すより難しい。その行動に至った経緯がどんなものであれ、空がなんと言おうと許せないと思っている。


「私、これでも執念深いんです。今は空が何も望んでいないし、空自信がけじめをつけたようなので動かないだけですよ。それに、あの子の心の傷を彼が癒すでしょうし」


意図して名前を言わなかった彼。それが誰かなど容易に想像がついたのだろう。苦虫をかみつぶしたような顔がさらにゆがんだ。追い打ちをかけるように嫌味を投下する私は、やっぱりひねくれているんだろう。


「…どうして君みたいなのがあの子の傍にいるのかな」


私は、武にもう戻ろうと言って踵を返した。


「君も、俺と同じなんだろう?だから、あの子の傍が居心地がいい」


「……だから、私はあなたが嫌いなんですよ」


「…俺は、うらやましいよ。空の傍にいられる君が」


その言葉を最後まできかず、私はその場を後にした。






(山本君もライバルがいて大変でしょ?)
(!ハハッ、俺は大丈夫っすよ。ほかに譲る気ないんで)
(へえ、言ってくれるね…。匠をよろしくね)

(たーけーしー?早く!)
(おう!今いく!)


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