あたしたちの第二試合がようやく終わった。コートで礼をして汗をぬぐいながら帰ってくる風たちを迎える。 「お疲れ」 「ありがとう」 タオルを風に渡し、二人で体育館からでる。コートではもう次の試合が行われようとしていた。なるべく人がいない場所へと向かい、座れる場所を探す。 あの日から、あたしはほとんど風の後ろをひっついて歩いている。女子と話すのは大分平気になってきたけど、男子となるとどうしても体が震えちゃう。 そのせいで、たけちゃんにも気を使わせちゃって、悪いなって本当に思うけど、体がいうことを聞いてくれないのだ。いまだに、痛む体のあちこちが、あの出来事を何度も思い出させてくる。 夜になれば夢に出てきて、また殴られそうになって飛び起きる。でも、たいてい風も起きてくれて、あたしが寝るまで傍にいてくれるから、風様様だと思う。 あの日からずっと、隼人とはまともに顔を合わせていない。夜ごはんとかは一緒に食べてるけど、顔を合わせたらあの時のことも一緒に思い出しちゃって、普通にしてられないんだもん。 隼人がちょっとさびしそうにしてるのはわかってるんだけど、どうしてもまともに顔はみれない。 そのせいで、風には呆れられた。 いい加減にしないと、獄寺がどんどん沈んで行っててうざいんだけどって。酷い言いようだけど、たぶん風なりに心配してるんだと思う。というか、そう思いたい。いくらなんでも隼人がかわいそうすぎる。 「あとは午前中には1試合だけね」 「次はどこと?」 「今やってる試合の勝ったチームとよ」 「今年は勝てるといいね」 「去年は準決勝で負けちゃったものね」 ほとんどの人が体育館にいるせいだろう。廊下には人気がほとんどなく静かだった。 「何時ごろに試合かな?」 「私たちは午前のラストらしいから、まだ時間はあるわ」 「そっか。じゃあゆっくり休めるね」 「普段から運動なんてしないからさすがに体力が追い付かないわよね」 「あたしは空手やってるし」 「そう言えば空手、どうするの?」 「…悩んでる、けど、やめようかなって思う。あんなことになったし…。正直、やっぱり怖い」 「そう…。私も弓道やめようかな」 「ええ!?なんで?」 「クラス委員もやって、野球部のマネもやってってなるとどうにも弓道のほうで時間が取れないのよね。成績だって落とすわけにはいかないし」 「そっか、そうだよね…」 野球部のマネもやっている風は毎日帰ってくるのが遅い。最近はあたしのこともあって休んでくれたりしてたけど。あたしも、野球部のマネをちょっと手伝ったりしたことはあるけど、結構体力勝負みたいなところがあるみたいだった。野球で使う道具って重そうだもんね。 「まあ、マネは結構楽しいのよ?」 「そういえばさ、風って…あ…っ」 言いかけた言葉をとめたのは、前から歩いてくる人物が誰かわかったからだ。思わず風の腕を引いて後ろに隠れる。風も最初は首をかしげていたけど、前を向いて理解してくれたみたいだ。 「やあ、二人とも、試合はもうないのかい?」 声を聴いただけで鳥肌が立つ。あたしたちの前に立つその人物を、風の後ろから睨みつけた。 「…坂下先輩こそ、球技大会の進行役ですよね」 「まあね。あれ?伊集院さん、怪我してるの?」 あたしの頬のシップに気付いたらしい先輩が覗き込むようにして見てこようとして、とっさに風の後ろに隠れた。 「気にしないでください」 「でも、痛そうだし」 「それより、私たちはちょっと用があるのでこれで失礼します」 風があたしの腕をとって歩き出す。坂下先輩の横を通るときも、かばうようにしてあたしを先に行かせてくれた。それなのに、坂下先輩はいきなりあたしの名前を呼んだ。 「あ、待って空ちゃんっ!」 逃げ切れず、腕をつかまれ背筋がそそりたった。体に震えが走って、短く悲鳴をあげたとき、パシッと叩く音がした。目を開けてみると、坂下先輩の手が不自然な形で止まり、風が右手を挙げて先輩と向かい合っていた。 「無闇にこの子に触らない方が身のためだと思いますよ?獰猛で忠実な番犬がついてますから。それでは失礼します」 捕まれた場所をさする。風に手をつかまれ、そのまま二人で小走りでその場を去った。手が冷たかったせいで、風の体温がやけに高い気がした。 しばらく走ったあと、ようやく足を緩めた瞬間風が声を低くして口を開いた。 「気安く名前で呼ぶなんて気持ち悪い。だいたい、最初は苗字だったくせに何アレ。空、気をつけなさいよ?」 「う、うん…」 「ったく、空は変な人に好かれるわね」 「それは、風も変わらないと思うけど」 「躱し方が下手なのよ。むしろはっきり拒絶しちゃえばいいんじゃない?あの手の人間は、はっきり言わないとわかってもらえないわよ。いっそ立ち治れないぐらいに完膚なきまでに」 「う、うーん…」 「あ、私ちょっとトイレに行ってくるね」 ちょうど、トイレにさしかかったところで風がそういって中へと入って行った。さっきの今で坂下先輩に会うことはないだろうと思って、あたしは表で待つことにする。 はっきり言うにしても、それで逆上されたらって思うと怖いんだよね。でも、確かに変な人に好かれる、かも?男運がないというかなんというか。でもそれはやっぱり風も変わらないと思う。風だって一癖も二癖もある人間に好かれやすいと思うし。 そんなことをつらつらと考えていたからかもしれない。近づいてくる人間に気付かなかったのは。だから、気付いた時には遅かった。 突然目の前に止まった足に顔を上げた瞬間に血の気が引いた。上げようと思った声は、喉が引きつったせいでヒッという短い悲鳴にしかならなかった。 恐怖で固まって動かない体に、手も足も震えてきて逃げることもできない。 「空、やっと、見つけた」 「っ…み、なみ、せんぱっ…」 「話があるんだ。来て」 そう言って腕をつかまれる。あたしは必死で首を横に振るけど、南先輩はそれを無視して無理やり腕を引っ張っていく。その痛さに、あの時の恐怖が浮かんできてさらに抵抗できなくなった。 助けてほしくて振り返るけど、風はまだ出てきていない。 「や…っ」 「もうあんなことはしない。本当に話したいだけなんだ」 酷くおびえるあたしを見てか、南先輩はそんなことを言っていたけど、あたしはおびえていたせいでうまく聞き取ることはできなかった。聞き取っていても変わらなかったと思うけど。 あたしは、ただただ隼人の名前を声にならない声で呼び続けた。 |