焦がれに焦がれ

「なあなあ、匠」


「なんだよ」


「俺さ。たまーに、お前がかわいそうに見えるよ」


「………そうかよ」


隣に視線をやれば、神童は試合後によって流れる汗をぬぐいながら、武と話している風の方を見ていた。風の後ろには、風の腕にしがみつくようにしている伊集院がいる。


聞いたわけじゃねえけど、あっちは兄貴と何かあったらしい。前までは溌剌とした感じだったのに、今じゃかわいそうになるぐらい何かにおびえてるっぽい。そのせいで俺まで風に近寄らせてもらえない。


「だってさー」


「もう何も言うなって」


「でも」


「ほら、外で風に当たりに行こうぜ」


「おう」


神童は1年の時から同じクラスでそれなりに仲がいい。バスケ部のくせに小心者の緊張しいだ。そんなんで試合ができるのかと思っていたら、意外と本番に強いタイプだというよくわからないやつでもある。


容姿は普通。性格も普通。でもこいつはこの前の文化祭で一躍有名になっちまったという変なやつだ。舞台をやった俺たちは、初っ端に主演人物が変わっているっていうアクシデントでテンパる中、こいつはいつものごとく体全体でその緊張を表していた。


顔を真っ青にして、隣にいるだけでこいつ倒れるんじゃねえのかと心配してしまいそうなほど血の気がなく、外に音が聞こえるんじゃねえかと思うほど体を小刻みに震えさせていた。


なのに、伊集院に喝をいれられ、舞台に出たと思ったら、見事な熱演ぶり。さっきまでのあの倒れそうなひ弱なお前はどこいった?ってぐらいの豹変ぶりに、舞台そでにいた俺らは目を点にしたものだ。まさかこの小心者にあんな特技があったとは。あの後実は演劇部から勧誘が来たらしい。


「つーか、お前のその緊張癖、試合にまで出すなよな」


「しょうがないだろ!俺だってどうにかしてえよ」


「見てるこっちに緊張が移るんだよ。しかも当の本人は試合になったら緊張なんて忘れてやがるし。こっちだけ緊張が残っちまってうまく動けねえだろうが」


「知るか。緊張をもらう方が悪い!」


あの舞台のあとからは、こいつのことをみんな神様と呼ぶようになった。あの舞台での神役と、神童のという名前からちょうどいいということらしい。


「あれってお前の兄貴じゃねえの?」


神童に言われて廊下の先を見てみれば、確かに兄貴が歩いてくるところだった。球技大会のおかげで、今週はずっと忙しかったらしい。部活やってる俺と同じくらいに帰ってきてたしな。


「やあ、匠。それと…、神童君、だったかな?試合が終わったところ?どうだった?」


「勝ったにきまってんだろ」


「そうか。俺のところとあたったら面白いんだけどね」


そういいながら、手に持っていた試合表をのぞく兄貴。でも、何ブロックかある中で、そう都合よく同じブロックになるわけでもない。


「兄貴んとことあたるなら、決勝ぐらいまでいかねえと当んねえだろ。ブロックが違うんだし」


「兄弟対決、周りに結構期待されてるんだよ」


「けっ、知るか。第一、兄貴には負けねえかんな」


「はいはい。あ、女子のほうはどう?」


「女子なら次だぜ?今頃始まってんじゃねえの?」


「ふーん、そっか…」


「ああ、じゃあな」


適当に別れを告げて歩き出すと、隣の神童がぼーっと兄貴を見送っていたから、こいつの頭をたたいて正気に戻す。


「匠の兄貴かっこいいよなー。女子が騒ぐのもわかる」


「どこがだよ。そいつらの目、悪いんじゃねえの」


「お前な…。そういえば、生徒会長って伊集院と付き合ってるんだろ?ほかのクラスの奴が、すげえ残念がってた。伊集院ってひそかに人気あるんだよな。こう、ちょっと他と距離を隔ててる感じがいいらしいぜ?」


そういう噂というか、あの二人の評価があるのは知ってる。つうか、よく幼馴染だから真相はとか聞かれる。でも、実際仮面かぶってるだけだから、正直学校でのあいつらは気持ち悪いんだよな。


でも、ああいうのがいい、というよりあの私生活が想像できない感じがいろいろと想像を膨らませるらしく、噂を聞いている限りそれ誰だよっていう感じの有り得ないものが多い。第一、あいつら自活してるからか、めちゃくちゃ所帯じみてるぞ。


「そいつらに、夢見るのも大概にしとけっていっとけよ。そんな奴らじゃねえから」


「そういや幼馴染だっけ?」


「ああ」


「で、お前は春日の方を好きになって、兄貴は伊集院ね。でもそこに美形転校生現る、かあ。なんかドラマみたいな展開だな」


「…さっきから思ってたんだけどさ。俺、お前に風が好きとか言ったか?」


「いや?直接は聞いてねえよ」


「だよな。じゃあなんでそう思うんだよ」


「んなもん、みてりゃわかるよ。お前、よく目で追ってるし。フレンドリーに話す女子なんて春日だけじゃん。ほかの奴らにはそっけねえし?」


「……俺、そんなにわかりやすいか?」


「ああ」


即答された返事に、肩を落とす。俺ってそんなに感情を表に出す方でもねえと思うんだけど。つうか、それで風に気付かれてないっていうことのほうが地味に傷つく。いや、あいつの場合気づいていて無視してる場合もあるか?どっちにしろ見込み無しってこと…、いや考えるのはやめよう。


ようやく外にでると、風が吹いてきて汗を冷やしていく。日陰に入れば、疲れた体を癒すように風が体を撫でていく。


「告白しねえの?」


「もうあいつのことはいいだろ?」


「だって、見てるこっちがじれったいっつーか。山本寄りになってっから、前から知ってた俺としてはお前に頑張ってほしいんだよな」


「寄りってなんだよ。お前の気持ちなんて知らねえよ。俺は俺でやるから、いいんだって。第一、幼馴染っていう関係を崩すのも、な」


「怖いのか?」


「怖くねえ」


「そっかそっか、怖いのか」


「いい加減にしろよ!」


うんうんとうなずいている神童にいい加減にしろと口を開きかけたとき、甲高い声が聞こえてきた。二人で顔を見合わせていると、神童が、俺を指さしてきた。


その視線は今の声は俺なのかと聞いている。俺がンな甲高い声だしたらキモイだろと思って、あきれた視線を向けると、神童も苦笑を返してきた。


少し離れた場所から数人の声が聞こえてきて、もう一度顔を見合わせる。その声があまりにも険悪な雰囲気を持っていたから、好奇心がわいたのだ。


「もしかして…、告白かな!?」


目をらんらんと輝かせて期待に胸を膨らませている神童は覗き見る気まんまんだ。


「いじめかもしれねえよ?」


「こんな球技大会の時に、んな無駄な労力使わねえだろ」


「さあな」


声をたよりに進んでいくと、校舎を曲がったところに、数人の女子が立っていた。


「告白現場じゃなかったな」


「……あれ、いじめか?リンチ?」


「…あいつ」


「知り合いか?つかよく見えるな」


「目はいいんだよ。ほら、前に話しただろ?火事事件の首謀者たちに利用されてた奴」


「ああ、春日に挑戦状持ってきたやつだっけ?」


そこにいるのは確かに、あの女子だった。名前はなんだったか忘れたが、彼女も被害者だと風が言った奴だ。たしかにひ弱そうで、おどおどしてていじめられそうな奴だと思ったが、本当にいじめられていたとは。しかも、こんな球技大会の日にまで。


「助けた方がよくねえ?」


「口だけなら、男の出る幕じゃねえだろ」


「なんでだよ」


「女の喧嘩に男は口出すべきじゃねえらしい」


「また春日か?」


「ああ。小学校の時に風たちが呼び出されたことあって助けに行ったら、黙ってろって俺が怒られた」


「お前ってさ、意外と尻に敷かれるタイプだよな…でもさ、」


面倒な場面に立ち会ったな、と思ってどうしようか考えていると、神童が彼女らの方を見ながらぼそっと声を漏らした。


ここからだと、女子の壁によって何をされているのかわからない。ただ、顔がかろうじて見えるぐらいだ。その表情はどこか生気がないように見える。


「あれ、絶対に暴力もはいってるって」


神童はそういい終わるやいなや、駆け出していた。その後ろ姿を見て、こいつはそういうやつだったと息を吐きだす。根からのいい奴なんだ。ああいうのを見ればほっとけないような奴。


彼女が殴られたのか、俺の視界から彼女の顔が消える。そして、女子たちの蹴るようなしぐさ。俺も急いであいつらの方へ向かった。


神童が割って入ればあがる驚愕の声。そして邪魔されたことへの憤慨。女子たちのキンキン声が聞こえる中、神童は立ちふさがって頑としてそこを動こうとしない。


「言葉だけなら、俺たちだって見逃したって」


後ろから声を掛ければ、驚いたように振り返る女子たち。どうやらもう一人いるとは思ってなかったようだ。その顔触れは一度は見たことあるやつ。おれは兄貴じゃねえから名前なんて覚えてねえが、同じ学年だろうとは予想がついた。


「暴力沙汰は、俺の兄貴が出てくるからやめた方がいいぜ?」


「な、何よ!相模先輩の弟だからって!」


後ろで、神童が彼女の体を起こしてやっている。まだひどいことをされる前だったらしく、体に砂がついているものの無事みたいだ。


「…なんなら今から兄貴呼んでもいいけど?球技大会中に問題起こしたとなったら、それ相応の罰則があるだろ」


「チッ、なによ。あんたちに関係ないでしょう?だいたい、その女が悪いのよ!試合で足引っ張るから」


「球技大会なんだから、得意じゃねえ奴がいるのも当たり前だろ。そういうのはカバーしあってくもんじゃねえのかよ」


「こいつがいなかったら、私たちは勝てたのよ!おかげで恥かいたじゃない!」


「匠、こいつ、女バスだ」


神童の呟きに納得がいった。


「なるほど。バスケ部のプライドってやつ?バスケ部がいるのに一回戦で負けたから、その腹いせってか」


「な、なによ」


「そんなんだから、万年補欠なんだよ」


「なっ!?なんでそんなことっ!」


「勘。負けたことを他人のせいにしてるやつがレギュラーなんかとれるかよ」


「よ、余計なお世話よ!」


「今回は兄貴に言わねえでやるから、さっさとどっか行け」


「生徒会長はやばいって、いこ!」


他のやつらもそれに同意らしく、首を縦にふるなか、俺につっかかってきていた女バスのやつはしぶしぶといった感じで俺を睨みながら去って行った。


「俺、木城のこと保健室に送ってくから先戻っててくれ」


どうやら、いじめられてた女は木城っていうらしい。


「あのっ、相模君も、助けてくれてありがと」


「ああ。あーっと、あれだ。風たちがお前のこと気にしてた。今度顔見せにいってやって」


「風って…?」


「火事の時の被害者」


「!!」


「あの後、あんたのこと大丈夫かってすっげえ心配してたから」


「…気にしてもらえる価値ないのに…」


「あんたも被害者だろ。とにかく、一度顔みせてやって」


「わ、わかりました」


「んじゃ。神童、遅れんなよ」


「わかってるって」


神童たちに別れを告げて戻れば、ちょうど女子の試合が終わったところだったらしい。風が汗を拭きながら、何かに気付いたように出入り口の方へ近づいていくのが見える。俺がいる場所とは違う、向こう側にある入口。人だかりでそこに誰がいるかなんてわからないはずなのに、俺はすぐに武がいるんだってわかった。


風が自分から向かうやつなんてあいつか獄寺とかしかいねえ。


風を真横から見ている状態の俺には、ちょうど壁によって風の話している相手は見えない。でも、その表情は楽しそうで、もう慣れてもよさそうなぐらい感じている胸の痛みに舌打ちする。


「やってらんねえ」


横からかっさらわれるなんてダサくて何もいえない。


「神童、やっぱ、告んのは無理そうだ」


風が学校で表情を出すことなんてめったになかった。なのにあいつが転校してきてからは、よく素に戻ってる。それぐらい、風に影響してるような奴を前に何ができるのか。


少し目を離した隙にどこかへ消えてしまった風に俺は溜息をつくしかなかった。


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!