始まりは序章である

空と喧嘩をした次の日の放課後。結局まだ、仲直りも何もせずに気まずい雰囲気が流れている。それなのに、空気を読まずに先生に頼まれてた用事もやっと終わり、帰るために鞄の中に荷物を詰めているとき、置き勉していた教科書が机から床に落ちてしまった。


「あ…」


私は拾おうとしたけど、その手はそれをつかむ前にその教科書の姿を見て一瞬ためらってしまう。だって、もう、これは教科書としての役割を果たさないでしょ…。


カッターかはさみか、何かの刃物でずたずたに切り裂かれた教科書。そして、ページを開いていくと、そこにはたぶん油性のマジックで殴り書きされている暴言の数々。あげていったらきりがない。もう、ここまでされると怒りを通り越して苦笑しか出てこない。


悪いことは重なるっていうけれど、今の状態でこれは結構堪えるな…。


鞄の中の財布などには手をつけられていないみたいで、今度からは全部後ろのロッカーに入れようと決心する。さすがに、金とか携帯とか、そういうものを盗られて自分だけで解決しようとは思わないしね。にしても、これって、あの火事のときの子らとは違う人よね。


財布の中を確認すれば、意外と入っているお金。これなら教科書ぐらい買える、かな。とりあえず他のものも何かされているものがないか確認しておく。それの他にあと2冊同じような状態のものが出てきた。


「ご丁寧に、字体まで変えてくれちゃって…;」


本当に呆れた。でも、ノートが無事だっただけまだましか。さすがにノートも書き写さなくちゃいけなくなるんだったら、やる気をなくす。


「まだ、購買あいてるわよね…。買いに行くか…」


もうほとんどいない校舎を一人歩いていく。外では部活動を終えた生徒たちがまばらに歩いていた。購買はぎりぎりあいていて、おばちゃんに頼んで教科書をもらう。もちろん中は見せないようにして、処分は頼んだ。家で捨てて、もし武とかに見つかったら、いろいろと問い詰められるだろうし。


「あれ?風ちゃんじゃないかい?」


「おじさん!」


振り向いたら、空のお父さんがいた。


「ああ、教科書。どうしたんだ?」


「あー、えっと、ですね?…空と喧嘩したはずみで…アハハ…」


空ごめん!いや、実際に喧嘩したけどね…。


「そうか、それはすまなかったな。では私が払おう」


「そんな!いいですよ。それぐらい、自分で払います」


「いや、払わしてくれ」


「…じゃあ、お願いします」


実際に私的にもそれは助かる。でも、心苦しい。そのまま、おじさんに教科書を買ってもらい、別れを告げた。新しい教科書は、何もかきこまれていなくて、今度は絶対にこういうことがないように、ロッカーに入れて、ちゃんと鍵をかけておこうと心に決めた。





***

次の日の昼休み。放送がかかった。


≪2年4組春日風さん。いますぐ、理事長室に来てください。繰り返します…≫


「おいおい、風なんかしたのか?」


「…してないと思うけど…。というか、理事長室ならおじさんからね」


「大丈夫か?」


「うん、先に食べてて」


武にそれだけいうと、私は立ち上がって理事長室に向かった。呼び出されるなんて、会長をやっているから結構あるけど理事長室なんてめったに行かない。


「失礼します」


「ああ、風ちゃん。悪いね。お昼休みに」


「いえ…」


とりあえず、入って事務机の向こうに座っているおじさんに近づく。事務机には、写真立てと、何かの書類、それに飲みかけの珈琲に、3冊のぼろぼろの教科書が広げられている。その教科書にはマジックで「いいきになるな!」「死ね!」などの文字がでかでかと書かれていた。


そう、これは、昨日購買のおばちゃんに頼んで処分してもらったはずの自分の教科書だった。


それから、目を離しておじさんを見れば、机に両肘をつき、手を組んでそこに顎をあてるようにしながら、こちらを見上げてくる。その表情は、いつも空に見せている親バカでおちゃらけた表情じゃない。真剣な、理事長としての、目。


「……風ちゃん」


「はい」


「いじめられているね?」


いまさら言い逃れをしようとは思わないものの、少し眉をしかめる。


「…このこと、空には?」


「まだ言ってない。もし早とちりなら大変なことになると思ってね。まず確かめようと君を呼んだ」


おじさんはきっと、あの教科書を買ってもらったときに、不審におもったか何かで教科書を確かめたんだろう…。そのまま、そっとしておいてくれればいいのに。


「だったら、このことは誰にも…、空にも言わないでください」


「なぜ…」


「子供の問題に大人がかかわればややこしくなりますよ」


「答えにはなってないね」


いつものようにふざけた態度をとってくれればいいのに。私は、おじさんのこのなんでも見透かしているような目が苦手だ。


「…ハア、先生方が動けば火に油を注ぐようなものです。その火の粉があの子にも行きますよ」


なんて、そんなの言い訳に過ぎないけど。本当は、自分のせいで誰かが傷つくのが嫌。所詮は偽善者。自分のため。


「…自分のためにも」


「苛められる理由は?」


「ただの嫉妬です。女の嫉妬は怖いんです」


冗談交じりでそういえば、ふっとそこの空気が緩んだ。


「しかし、ことが大きくなってきたら、」


「わかってますよ。手に負えなくなったらちゃんと相談します」


「……」


「お願いします」


「……じゃあ、また教科書が必要になったらいいなさい。これだけは譲れない」


「はい!」


私は、おじさんに頭を下げてから部屋を出た。


とりあえず、いじめに関してはエスカレートしてから考えるとして、まずは空のことが先決、か…。


さすがに、居候のくせに、は堪えるわね。そのあとは、確かにむっとしてそっけない態度とっちゃたんだけど…。切れてる相手に怒っても何も解決なんてしないって分かってるのに…。


さて、どうやって解決していこうかしら…。


窓の外を見れば、まるで今の心情を表わしているかのように、どんよりと曇っていた。


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