ドンッ、と背中を壁に押し付けられて、驚いて上を見上げる。そこには、目が据わっている先輩がいた。その瞳は、どこかさびしそうで、それでも、あたしはまだ恐怖から立ち直っていなくて動けなかった。部屋の暗さに慣れてきた目は、今の現状を伝えてくれた。 先輩は、握っていた拳をあたしの顔の横の壁に叩きつけた。吃驚して、目をつぶる。耳元でなる渇いた音にあたしは、腰が抜けてしまったようで、ずるずるとその場に座り込んだ。怖い、怖い。なんで?先輩? 「ねえ、なんで、獄寺君なんかに助けを求めるの?」 「せ、先輩?」 「俺が、ここにいるのに…。空は、あんな奴に?」 うわ言のような言葉。あたしは、意味がよくわからなかったのと、さっきの恐怖がまだ尾を引いていて、何も答えられなかった。ただ、先輩の目が怖くて、逸らした。 「っ!…そんな、空には、お仕置きが必要だよね?」 「せ、」 「別に、いいよね?俺達、付き合ってるんだから」 先輩、と呼ぼうとした声は喉に張り付いて出てこなかった。いつもの優しい頬笑みではない、どこか狂気じみた笑みを浮かべた先輩は、そういうと同時に、あたしの肩を押さえつけて首元に顔を埋めた。あたしは、何をされているのか、先輩が言った言葉の意味とかが、混乱している頭では理解しきれなくて、戸惑ってしまう。 でも、ただ、ただ怖くて。知っているはずの先輩が、知らない人に見えた。だから、必死に両手で先輩を押して抵抗する。でも、やっぱり男女の力の差というものには敵わなくって、その両手を先輩の片手でまとめあげられてしまう。そして、もう、だめだ、と思って、両目をきつく瞑った瞬間…――― 「キャーーーーっ!」 上の階から、劈(つんざ)くような悲鳴が聞こえた。その悲鳴に、二人して固まって、保健室の天井を見つめる。 「ゆ、ゆりな??」 今の声ゆりなだよね?順番があたしの前だったから、まだ回っているはずではあるんだけど、たけちゃんとも一緒だし…。何かあったのかな?もしかして、本当に幽霊とか? 「……ハア。運がよかったね」 先輩が離れていったのを見て、あたしは、ゆっくりと息を吐き出した。はーっ、助かった―!! 「空。でも、次、助けを求めるなら俺にしなよ。俺は空の『彼氏』なんだしさ」 そういうと、先輩は、落ちている提灯を拾って、提灯の中に手を突っ込んだ。そして、そのなかのろうそく型ライトの火の部分をひねって灯りをつける。 「ほら、肝試ししなきゃいけないんだから、探すよ。空」 さっきのことなんて、まるで夢だったかのように普通になっている先輩を見て、あたしはほっと息をついた。そして、言われたとおり、立ち上がろうと足に力をいれてみるんだけど…、立てない。力が入らない。 「せ、先輩〜っ!こここ、腰が、ぬけました…」 情けない声をあげる。もう半泣きだ。というか本気で泣きたい。 「…まったく、しょうがないなあ。じゃあ、おんぶしていってあげるよ」 「え!い、いいです!いいです!…あたし、重いし、それに…――」 「大丈夫だって。それとも、お姫様抱っこのほうがいい?」 「っ!!お、おんぶでお願いします…」 顔に集まってくる熱を悟られないように俯いて、蚊の鳴くような声で答えた。お姫様だっこなんて、そんなの恥ずかしすぎて死ぬ!絶対に死ぬ!そう思ったあたしは、素直に先輩の背中におんぶさせてもらった。 「あ、でも、紙探さなきゃ…」 「大丈夫だよ。俺があまりを持ってるから」 そう言って、先輩はあたしをおんぶしながら器用にポケットから3か所の紙を取り出して見せた。それがあるなら、ここに来なくてよかったのに…とか思ったけど、さすがにそれは言えなかった。そうして、あたしは先輩におんぶされながら、ゴールのほうへと向かった。 でも、さすがに、こんなかたちで皆の前に行くのは恥ずかしくて、先輩に抗議してゴール寸前でおろしてもらって、二人で、何事もなかったかのようにゴールした。だって、おんぶしてもらってるところなんて見られたら、隼人になんてからかわれるか! *** 無事に(?)肝試しも終わり、この、企画のメインであるお泊り会へと突入することになった。 泊まる場所は、校内の部室となっているらしくって、男子は下の階。女子は上の階の部室となった。生徒会の人たちは、職員室に泊まることになっているらしい。 「あたしと風は同じ部屋ー!」 「俺と獄寺が同じ部屋なのな!」 「ケッ、お前とかよ…」 なんだかんだいいつつも、あたしたちはそれぞれに別れていった。 部屋に行ったあたしたちは、しばらく談笑していたけど、そのうちに隼人たちがこっちに来るというメールをもらって、二人でそれを待った。 しばらくしてきた二人を招き入れる。本当は、男子が来ちゃダメなんだけど、どうせいつも家じゃ同じ部屋で寝てるんだし、ね。 「風、夜、トイレ行きたくなったら起こしていい?」 「…トイレぐらい一人で行きなさいよ」 「だってえ…」 「まあ、いいけど」 「風!」 しぶしぶといった感じだけど了承してくれた風に思わず抱きつくと、それを支えそこなったのか、二人で一緒に倒れてしまった。二人とも座っていたからあまり衝撃はなかったんだけど…。 「よー、風と…」 「あ?なにやって……」 「あ、」 「あ、いらっしゃい」 上から順にたけちゃん、隼人、あたし、風。未だに、風の上に倒れこんでいるあたしは、起き上がろうとしたところで、タイミングよく(悪く?)隼人たちが入ってきて、そしてこの光景を見て立ち止まった。 風の頭上にドアがあるという状態で、その状態のまま、少し喉をのけぞらせて風はたけちゃんの方を見ると、いつものテンションで言葉を発した。というか、もうちょっと慌てたりしようよ!なんか、あたしが恥ずかしいじゃん! 「…なにやってんだ?」 「空にそんな趣味が…」 「ない!ないから!」 慌てて風の上からどいて、変なことを言い出す隼人にむかって叫ぶ。風はあたしがどいたのを確認してから、ゆっくりと起き上がって、頭をさすった。 「何があったんだ?」 「…抱きつかれて、倒れた?」 「「………」」 間違ってない…。間違ってないけどっ! 「風!その言い方、誤解を招くから!」 顔を真っ赤にして叫ぶと、風はニンマリと口元を歪めた。わざと!?わざとなの!? 「だって、真実じゃ無い?」 「う…っ!で、でも、もっと言い方ってものが…というか、楽しんでるでしょ!?」 あたしが、そういえば、風は一通り笑って、あたしの頭をなでた。そんなんに、絆(ほだ)されないんだからね! 「はあ、面白かった。空はからかうと楽しいのよ」 「嬉しくないよ…」 「ハハハ!仲いいよなあ、お前ら」 「まあね!二人で優勝するぐらいだもんねー?」 「そうね」 風に同意を求めたら、珍しく、素直にうなずいてくれた。やっぱ、テンション高いのかな? 「あれは、すごかったよな!」 「あたしまだ食べれるよ!」 「てめえは、食い過ぎだろ!」 「そんなことないもん!隼人も食べてみればいいよ。意外と食べれるよ」 「誰が食うか!あんなでかいもの!」 えー、とか言いながら、笑って、そのあともしばらくは今日の文化祭の話しだった。 |