ヒビの入った言葉

思ったとおり、スーツ姿がびしっと決まってる南先輩のクラスの出し物は、説明するまでもなく、ホスト倶楽部です。まあ、男性でも気軽に入れるよう、女子生徒も店員さんになってお仕事してるみたいだけど。


教室の使用の仕方がこれまた面白いんだよね。個々に仕切りで区切られた空間は、外部から遮断されてるんだよ。ちなみにあたしは、その仕切り空間が一番広い場所に案内された。


その処遇は先輩がNo.1で、その彼女だからということらしい。俗にいうVIP席というやつだ。


ふかふかのソファーは、腰掛けると深く沈んで、とっても坐り心地がいい。流石、三年の出し物は違うよね。費用とかバカにならないと思うんだけど。


「空の分は、俺の奢りだから。何でも好きなの頼んでいいよ」


「コレとかって本物のお酒じゃないですよね?」


「まさか。…全部ジュースだから大丈夫」


隣に腰掛けた先輩から渡されたメニューにあった、気になった項目を指差して恐る恐る尋ねたあたしを見て苦笑した先輩は、全部のメニューを解説してくれた。


これがオレンジジュースだよ、とか。優しいんだよね、ホント。それにホスト似合ってるし。


「ん?決めた?」


「え、あ。じゃあ、オレンジで」


「クスッ、はい、かしこまりました。オレンジ一つ入りましたー」


やばッ。先輩がいつもと違う雰囲気あるから、見惚れちゃってた。今の先輩の反応からして、絶対気付かれてるよー。


そう思えば思うほど、無性に恥ずかしくなってきたあたしは、多分赤くなってるだろう顔を隠すために俯いた。


「俺に見惚れちゃった?」


「うっ……」


「可愛い反応してくれちゃって。他の男の前で見せちゃダメだからね」


「もうっ!からかわないで下さいっ」


先輩のペースにのまれるなー!あたし!横から肩を抱いてくる先輩から、忍び笑いが聞こえてきて、あたしは慌てて先輩から少し距離をとった。

からかわれの対象にされちゃう!


「ったく、見せ付けてくれちゃって」


「ホイ、オレンジね」


「あ、ありがとうございますっ」


先輩がごめんごめん、と笑ってあたしの頭を撫でたそこに、注文したオレンジを持って来てくれた、男子生徒二人は、あたしの斜め前(ソファーがL字形だからね)に腰を下ろした。一人は南先輩を呼びに来た人だった。


何かタイミング的に恥ずかしいんですが。オレンジ飲んで気を紛らわせよう!


「お前ら、さっさと仕事戻れば?邪魔だからさ」


「まあ、堅いこと言うなって」

「そーそー。南ちゃんの新しい彼女ちゃんと話してみたかったんだよねー」


新しい彼女ちゃん、て何かちょっと複雑だなあ。南先輩の元カノと比べられたりするのかな?


「気をつけなよー。南ちゃん女癖悪いから」


「え、えっとー…」


「綺麗な女の子ばっかりかと思ってたけど、君みたいな可愛い子もいたんだねー」


「おい、お前喋りす──」


ガシャン───
あたしが聞いていて、あまりいい気のしない話を長々と語る男の先輩(南先輩を呼びに来た人じゃない方)に、どう反応していいか分からず、困っていたその時だった。


横から止めに入ったもう一人の先輩の言葉が遮られて、すぐ隣から聞こえてきたガラスの割れる音に驚いて、あたしは手にしていたオレンジのグラスを手放し、割ってしまった。


グラスが割れた後、シンと静まり返った教室は、ピンと糸が張り詰めたように緊張した空気が流れて。


「空は、俺の彼女だって言わなかったかな?──お喋りも度が過ぎると考えモンだね」


「!──、ごめん。わ、悪かったよ!」


「次はない。──よく覚えとくんだね」


初めて先輩がこんなに怒ったとこ見たかもしれない。シンとなった教室に響く威圧的な低音ボイスを間近で耳にしたあたしは、恐怖から身動き一つ出来なかった。


そう、さっきのガラスが割れた音っていうのは、南先輩が横にあった仕切りのガラスを拳で割った音。そんなに強固な造りではないみたいだけど、割るには相当な力が必要だと思う。


「か、片付けるぞ!」

「あ、ああ」


腰を抜かして謝っていた元凶の先輩は、慌てて立ち上がると、隣にいたもう一人の先輩に声をかけて、南先輩が割ったガラスの後片付けを始めた。


その間も誰一人として、一切口を開かないから、ガラスを片付ける音だけが教室に響いていた。

って、ガラス。ガラス割ったの南先輩だよね!?


「南先輩!手がっ」


「ああ、いーよこれくらい」


「ダメですよ!さっき折角、手当したのに、また傷作ってどうするんですか!」


「!──、ごめん」


「「!─(南が謝ったー!?」」


南先輩が謝った事に、ポカンとほうけてる人が何人かいたけど、この際気にしない方向で。とにかく今は、さっきより酷い状態になってしまった南先輩の手の治療が優先!


「コレ救急箱だから。使って」


「あ、ありがとうございます!」


話を聞いていたのか、どこからともなく現れた女の先輩が、わざわざ救急箱を持って来てくれた。それにお礼を言って受け取ると、先輩の手をとり、さっき手当した時に巻いた包帯を外した。


「もう、ガラス割るなんて危ないことしちゃダメですよ」


「…うん」


何か皆さんの視線と沈黙が痛いな、とか、極力気にしないようにしながら手当を進めた。


「先輩が痛いとあたしも痛いんですからね!」


「うん、ありがとう。空」


せっせと処置を済ませたあたしは、南先輩の手をギュッと握って、最後にそう言って先輩に笑いかけた。それに返ってきた先輩の笑顔は、温かくて。さっきまでの恐怖は微塵も感じられなかった。




(あの子、肝が据わってるわね)
(オープニングセレモニーで、歌ってたコでしょ?)
(ああ。何かスゲー…)

──
(あ、そろそろ風達と合流しなきゃ)
(そうだね。俺はもう大丈夫だから行っておいで)
(はい、じゃあまた!)
(あ、今日学校泊まるよね?)
(あー、はい!皆で泊まると思います!)
(そう。じゃあまた後で)


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あきゅろす。
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