甘すぎる笑顔

劇が終わった後も、風はどこかボーっとしていて、あれってやっぱり俺のせい、か?


そう思いつつも、風に近づいていけば、正面から近づいていくのにその視線には俺を映していなくて、苦笑しかでなかった。思い切って声をかけてみる。


「風」


でも、反応はなくて本当に上の空って感じだな。だから顔を覗き込んでみれば、風はみるみる目を見開いていって、数秒遅れて後ろにのけぞった。


「た、武っ!」


「大丈夫か?顔、赤いぜ?」


「だ、そっ!」


「なんのことだ?」


「なっ!」


信じられない、というように目を見開いて俺を見る風にその場で笑いそうになりながらも、とぼけ続ける。でも、風は何か反論しようとして口をパクパクと開け閉めしていたけど、結局何も出てこなかったのか、耳を赤くして顔を伏せてしまった。


「だいいち、なんで…。しかも、私、あれ、はじめて?」


そんな言葉がぶつぶつと聞こえてきて、そういやあ、風って人工呼吸したこと知らなかったっけか?


「ん?初めてじゃないぜ?」


「え!?」


「前に海に溺れた時、人工呼吸だけどしてるからな」


「は…!?」


風の反応が面白くて笑っていると、風はうなだれると思いっきり溜息を吐いた。そして、また何かぶつぶつと言っていたけど、聞きとる前に獄寺に話しかけられて聞きとれなかった。


「てめえら何してんだよ」


「なんでもねーよ?な、風」


「……それより、空いねえのか?」


「桐島さんなら知ってるんじゃない?」


ちょうど横を通り過ぎようとした桐島を呼びとめるように、風はそういった。桐島って、あいつだよな?前に匠の兄貴と一緒にいた奴。風はもう、いつもの学校モードになっていた。消化させるの速すぎじゃねえか?もうちょっと…、こう、なあ?ぜってえ、考えるのやめただろ…。


「フン、知らないわよ。あんな子」


「ふーん?…電話してみるわね」


そっぽを向いたまま通り過ぎて行ってしまった桐島を見送ってから、風は携帯を開いて空に電話をかけた。


「あ、もしもし、空?今どこ…、へ?大丈夫よ?ああ、あれ…」


風はチラッと俺の顔を見て、すぐに視線をそらした。


「なんでもないって。うん。で、どこにいるの?」


風は相槌を打ちながらも、苦笑しながら獄寺に視線を向けた。でも、獄寺は気付いてねえみたいだな。獄寺を見るってことは、空、匠の兄貴といるってことか?


「じゃあ、そっちで回るの?―――、あ、そっか。じゃあ、それくらいにその辺で合流する?うん…。大丈夫よ。頑張ってばれないように連れていくわ。単純だから、大丈夫でしょ。――うん。わかった。じゃあ、後でね」


「空、なんだって言ってたんだ?」


「暫く、こっちはこっちでまわってって」


「あ?なんでだよ」


「手伝いで捕まったらしいわ。ほら、行くわよ?」


あれ?いま、先輩といるんだよな空って。てことは、捕まったってのは嘘か?


そんな疑問をよそに、風は問答無用とでも言いたげに先を歩いていくから、俺と獄寺はそのあとを追いかけた。





***

「春日さんから?」


「はい。向こうは任せて大丈夫みたいです」


「そっか。じゃあ俺達も行こう」


「はい!」


まさかあの忙しい生徒会長の南先輩と一緒に文化祭を回れるなんて、夢にも思わなかった。ある意味ゆりなに感謝しなきゃだよね!


風には悪いけど、隼人とたけちゃんの二人は暫く任せて、あたしは南先輩の少ない自由時間を一緒に楽しんできます!


「空、置いてくよ」


「あ!待ってください!」


あたしは、手にしていた開いたままの携帯を閉じると、既に先を行く南先輩の後を追い掛けた。


先輩はあたしが追い付くまで、振り返ったまま止まっていてくれて。あたしが追い付けば、笑って頭を撫でてくれた。


「じゃ、いこっか」


もう一度かけられたその言葉に大きく頷いたあたしは、先輩が差し出してくれた手をとって、盛り上がり始めた文化祭へと戻った。


風と待ち合わせたのは、三年の校舎だったよね。先輩のさっきまでの様子からして、隼人たちとはちあわせるのは出来れば避けたいし。


どこか店の中に入れる方が──、


「南ー!やっと見つけた!お前いねェと店に人はいんねーよ!」


あたしがそんなことを考えながらキョロキョロしていた時だった。後ろから南先輩を呼ぶ声が聞こえてきて、振り返ったあたし達の前には、息を切らしたスーツに身を包んだ男の人がいた。


その人が、南先輩のクラスの人なんだっていうのは二人の会話を聞いてれば、分かったんだけど。先輩、クラスの出し物に戻らなきゃなんないのかな。


「……知らないよ。俺、今デート中。邪魔だから消えて」


あたしが不安そうな顔をしていることに気がついたのか、ポンポンと頭を撫でてくれた先輩は、その優しさに反して、クラスの人に向ける言葉がとても冷たかった。

でもデート中って言ってくれたのは、嬉しかったかも…。


「!─あー、じゃあ彼女ちゃんも一緒でいーじゃん。な?南のスーツ姿見たくない?」


「!─見たい!」


そんなこんなで浮かれていたあたしは、クラスの人の言葉にまんまとつられてしまい、隣で南先輩が溜息をついているのが聞こえた。


「よーし。じゃ、いこっか」


「はい!」


「ちょっと、人の彼女をモノでつらないでよ。空も簡単にのせられてどうするの」


あたしの頭を撫でて笑いかけてくれたその人に大きく頷いて、さあ行こうというところで、先輩に後ろから寝首を掴まれ止められた。けど、聞いちゃったからには譲れない!


「先輩、絶対スーツ似合うもん!あたし見たい!」


「……わ、分かった」


「!─(すっげー、この彼女ちゃん。南ベタ惚れじゃん」


あたしが、南先輩のスーツ姿見たいもん。と、先輩を見上げて必死に懇願すれば、うっと言葉に詰まった先輩は何とか承諾してくれた。やったね!


そうして、南先輩の少ない自由時間は、先輩のクラスの出し物で一緒に過ごす事になった。







(何で俺だけ白なの?)
(堅いこと言うなって)
(先輩カッコイイ!)
(!──ありがとう)

((南の自然な笑顔って何か新鮮過ぎて怖い)


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