「南様が怪我をして、今保健室に一人で向かわれたわ。坂下先輩曰く、保健室は無人だそうよ」 一体誰が彼の傷の手当をするのかしら、と続けたゆりなに、あたしは直ぐさまその場を飛び出し、保健室に向かって走った。 先輩が怪我した…?保健室行かなきゃならないほどの大きい怪我だったの? 不安と焦りが入り混じった気持ちを何とか押さえ込んで、あたしは南先輩のいる保健室をただひたすらに走って目指した。 体育館を飛び出して階段を駆け降りて、突き当たりを左に曲がった角にある一室。そこが保健室。 ガラ───ッ あたしは走っていた勢いのまま、ドアを開けて保健室に飛び込んだ。 「!──、」 「み、南先ぱっ…、怪我っ!」 しかも息が切れて上手く言葉にならなくて、南先輩は驚いたようにあたしを見て固まってしまった。 「ゆりなに聞いてっ…先輩、怪我したってっ!」 それもお構いなしに先輩に近寄って、怪我してる手をそっととる。血が滲んで凄く痛そう。 「…何ともないよ、空。─心配してくれてありがとう」 「!わっ先ぱ─っ」 慌てるあたしを見て、初めは驚いたように目を見開いていた先輩だったけど、それは直ぐに優しい表情に変わった。頬に怪我をしていない方の手を添えられて、お礼を言われたかっと思ったら、あたしの上体は大きく先輩の方に傾いた。 「久し振りに見たな、空の慌て振り」 「だ、だって…っ先輩が怪我するなんて、珍しいからっ。…保健室行くほど酷いんだって思ってっ」 先輩はあたしの反応を愉しんでいるみたいに、クスッと笑ってるけど、あたしは先輩が思っている以上に、不安で心配だったんだ。 その意を込めて、あたしを抱きしめている先輩の胸に顔を埋め、ギュッと彼のシャツを握った。今回ばかりは、抱きしめられていても、どきどきや緊張より安心感の方が何倍も勝った。 「─ごめん、心配かけちゃったね。でも俺は本当に何ともないから。──泣かないで、空」 「…はいっ。じゃあ、後はあたしが手当しますから!そこ座ってください」 いつまでもメソメソしてるなんてあたしらしくない!それに先輩に心配かけるためにここに来たんじゃないんだから。 「じゃあ、お願いしようかな」 柔らかく微笑んだ先輩は、あたしの言った通り、近くにあった椅子に腰掛けてくれた。あたしが今、先輩にしてあげられるのは怪我の手当だもんね。 *** 「はい、終わりました!」 「ありがとう。結構手慣れてるみたいだね」 「空手始めてからよく怪我してましたし…、慣れちゃいました」 手当を終えて感心する先輩に笑顔を向けながら、こんな軽く言ってもいいことじゃないな、と心の中では思っていたりした。まあ事実なんだけどさ。 「お転婆で頑張りすぎるのもいいけど、空は女の子なんだから、もっと自分を大切にね」 「ど、努力しますっ」 「それに君は、…俺の大事な彼女なんだから」 「!っは、はいっ」 不意打ちだあ!そんな大事な彼女なんだからとか、ちょっと気障っぽい台詞だけど、先輩が言うと様になってて。ってそうじゃなくて、あたしには刺激が強すぎるー。 「クスッ、何でここで赤くなるかなあ」 「だ、だって…」 真っ赤になって俯くあたしの横で、可笑しそうに忍び笑いをもらす先輩は、優しくあたしの身体を横から抱きしめてくれた。頭に回った腕は、抱えるようにそっと回されていて、さっきとは違うドキドキがやってきた。 それにこの体制─。さっき、舞台裏で泣いていたあたしを落ち着かせてくれた隼人と同じだったから。今になって、隼人が抱きしめてくれた事に心臓が騒ぎ出したのかも…。な、何か恥ずかしいなあ、アレ! 「そういえば、劇の配役どうして変えたの?」 「え、あー…あれは、」 たけちゃんが、って流石にそれは言っちゃダメだよね。先輩がからかい半分で風に何か言っちゃまずいし。 「は、隼人が今日熱っぽくて、無理させちゃダメだよねって事になって」 「へぇ、獄寺君でも風邪ひくんだね」 「はは、そりゃ隼人も人間ですから」 「…じゃあ看病は、空がするの?俺を心配してくれたみたいに、獄寺君のことも心配してる?」 上手くごまかせた、と思ったのもつかの間、今まで和やかだった空気が氷のように冷たくなって、質問攻めしてくる先輩に、背中をツーッと冷や汗が伝った。 ─先輩、怒ってる? 「し、心配はしますけど。看病はしなくても、隼人なら大丈夫だと思うし」 「そう─、」 ていうか、あたしが看病したら悪化させちゃったことあったし、ねぇ?まあ、あれは隼人があたしをイルカプールに落とすから悪いんだけど。 あたしが口を開く度に機嫌を悪くしていくような錯覚を持ってしまうくらい、先輩の機嫌は悪くなっていった。隼人の名前を出したのがいけなかった? だったら先輩は、もしかしてヤキモチ妬いてくれてたりするのかな? 「南先輩、」 「ん─?」 「ヤ、ヤキモチ妬いてます…?」 「!…うん」 うんって。しかも即答だし。何か先輩可愛い。でも、妬いてくれてる先輩には悪いけど、今の話ウソなんです。とまあ、それは言えないけど、妬いてくれたのは素直に嬉しかったり。 「俺が妬いちゃおかしい?」 「そうじゃなくて…先輩でもヤキモチ妬くんだなって、嬉しかったんです」 「─空は妬いてくれないよね、」 「え…?」 あたしが素直な自分の気持ちを口にしても、先輩の機嫌に変わりはなくて、逆に怒りを煽ってしまったのかもしれない。何か、いつもより言葉に刺があるし、声色が冷たい気がする。 「俺はいつも嫉妬してるよ。君が獄寺君といるのを見るだけで、苛々する」 「先輩、?」 隼人とあたしが一緒にいて苛々するって…、そんなこと言われても、一応いとこ設定で同居って話で通してあるわけだから。逆に避けたりしたら隼人に怪しまれちゃうよ。 あたしが悶々と考えていると、ふいに肩を抱いていた先輩の腕に力がこもった気がしてふっと顔をあげてみる。意外と近くに先輩の顔があって、思わず少しだけ体を離した。 でも、先輩はそんなこと気にせずに向かいあったまま、先輩の手があたしの肩にかかっている髪に触れられた。びっくりして固まっていると、そのまま指に絡めたりして遊ばれる。 先輩の目を見てみたい気がしたけど、何を考えての行動かわからなくて、ちょっと怖い…。 「空は俺の彼女だよね?──本当に俺のこと、好き?」 「…先輩どうしたんですか。今日の先輩、らしくないですよ」 先輩が何に対してこんなに怒ってるのかは、大体分かったけど。何でそれくらいで、話がここまで大事になっちゃってるのよ。 いつもの先輩なら笑って流すのに。 「!──、折角空に好きって言ってもらえるチャンスだったのに。相変わらず鈍いなあ」 「え?あ、な、なーんだ。先輩ってば、あたしをからかってたんですね!」 「クスッ…さあ、どうかな」 何だ。いつもより度が過ぎた悪戯だったんだ。結構真面目な空気だから、真に受けちゃったよ。でもまあ、いつもの先輩の雰囲気に戻ってよかった。 (あ、そろそろ行かないと) (午後の部、始まっちゃいますね) (…ねえ、空) (はい?) (少しだけ時間が取れるから、一緒に文化祭回ろう) (はいっ!) |