沸き起こる大喝采。それを舞台側にある生徒役員が座る為に設けてある席につきながら聞いていた俺は、握りしめていた拳に血が伝っているのを気が付けなかった。 「み、南様!血が滲み出て──!」 何故か俺の側に控えている桐島が、慌てたように俺の手に触れるのを叩き落とし、収まらない怒り全てを彼女に向けた。 「ちょっときて」 「!っ…はい」 貼付けた笑顔を桐島に向けた俺は、血が滲んだ方の手で彼女の手を掴むと、少し席を外すと役員のメンバーに告げてからその場を後にする。 その際に視界に入った空の笑顔は、俺ではないあの男に向けられていた。あーあ、計画は上手く進まないし、あの二人はまた、俺の知らないところで仲良くなるし…。 あのとき、もっと痛め付けておけばよかったかな──ねえ、獄寺くん。 最後に空と笑いあっている彼を一睨みしてから、桐島を体育館から連れ出した。 人気のない場所ならどこでもいい。そんな俺が彼女を連れ出した場所は、体育館裏の自転車置場だった。 「俺が君に頼んだこと、理解してなかったみたいだね」 「っ!すみませっ!?」 「謝罪なんていらないよ。ホント、お前使えないな…」 パシンッと鋭い音が響いて、俺の前で泣き顔を曝す桐島の頬は、真っ赤に染まる。ああ、勿論俺が彼女を殴ったからだよ。 「!…次は必ず南様の言う通りにっ」 「次─?そんなのもうあるわけないじゃないか。──二度と俺の前に現れるな」 「そんなっ!南様っ!」 俺は泣き叫ぶ桐島の声を背に、俺の胸のうちを渦巻く嫉妬の黒い渦を無理矢理押し込めて、体育館へと戻った。 次は空達のクラス劇だから。あわよくば獄寺くんと春日さんの噂がたつだろうからね。 *** 「おつかれ!すごいよかったよ!」 「獄寺君かっこよかった〜!」 「伊集院も、歌うまかったよな!」 舞台袖に引っ込んできたあたしと隼人を次の発表で待機していたクラスメイトが迎えてくれた。それに、笑顔で答えて、隼人と顔を見合わせる。 「よかったじゃねえか」 「うん!ありがとね!」 本当に、楽しかった!サプライズであの歌を歌うことになるとは思わなくて吃驚したけどさ。クラスメイトの中には、もちろん風とたけちゃんもいて、あたしたちはそっちによっていく。 「空!よかったぜ!」 「ありがとう!」 「空、次は舞台よ」 「風、頑張ろうね!」 執行部の人たちが準備に入るように言っている。あたしと風は顔を見合わせてニッ、と笑った。風が舞台に上がるために歩き出した時に、すれ違いざまに二人で片手をあげて、パンッとハイタッチをした。 「大道具の人は、置く位置にテープをつけて!役者は、台詞の最終確認と衣装の確認。それと立ち位置の確認をして」 風が素早く指示を出していくのにあたしはまかせて、とりあえず動こうとしていたたけちゃんを残す。隼人は位置確認のために行かせたけどね。 「たけちゃん。一応よく見といてね。立ち位置。忘れた時の為に一応カンペは用意したからね!」 「おう!」 「あと、たぶん、風が戸惑うと思うけど、上手くフォローしてあげてね。あとは、もう周りにも臨機応変でやってもらうから!」 そこまで説明したところで、代表者が緞帳(どんちょう)前に呼ばれて、風が出て行った。司会者が代表者に質問を受けたり、この劇の内容を説明したりしている。 「皆きいて!劇で、何が起こるかわからないと思うけど、皆フォローし合いながら頑張りましょう!」 なーんて、しょっぱなからサプライズなんだけどね。 でも、気合いをいれるには十分だったみたいで、今のこの緊張感にあいまって、皆はいっせいにおー!と雄たけびを上げた。 ちょうどそのときに、風が戻ってきて、全員に再び指示を出す。 「確認終わった?じゃあ、全員位置について。音響も大丈夫?」 「大丈夫!」 「小道具は?」 「OK!」 「大道具!」 「ばっちり!」 「じゃあ、もう、幕が上がるからね」 それぞれが、自分の出番に合わせて舞台袖に引っ込んでいく。あたしは、隼人の腕を引っ張って、たけちゃんに声をかけた。 「たけちゃん。準備はいい?」 「おう!」 「は?なんのこといって…」 舞台上の電気が消えて、全員が息をのむ。 「隼人は、これ持って、カンペだして」 「はあ?」 「シーッ!いい?これは一大イベントなんだからね?」 「…意味わかんねえよ」 隼人の呟きとかぶるようにして執行部の人の声がマイク越しに聞こえた。 (それでは、204Hの劇お楽しみください!) 緞帳がゆっくりと上がっていく。それを見ながら、あたしは、出て行こうとする隼人を止めて、たけちゃんの背中を押した。 (隼人はここ) (は?オイどういうことだよ!) (恋のキューっピットって奴?) (…変なもんでも食ったのか?) (まあ、見てなさいって。面白いことになるんだから) |