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骸路
悪しき心が天地を惑わし
我を以て荒ぶる卑劣の輩
嘆く娘を立てよと叱り
命の限りに生きよと呪う
鬼とは誰れぞを顕す言葉か




骸路





(^q^)には想い人が居た。
妙齢に差し掛かる頃の優しい少女で、玉王一味の暴虐な振る舞いにより多くの村人を失ってしまった鬼首村で未だ大工の爺と暮らしている、拉娘という娘だ。
まだ玉王が来る前、村祭りで無邪気に笑い踊っていた様が(^q^)には忘れられなかった。

「あの時、拉娘は確かに俺を見た。視た。眼が合ったのだ。そして俺は恋をした。」

(^q^)は村の中では口下手で得手とするものも無く、陰では詰まらない男だと謗られるばかりの男である。
孤児である拉娘は誰にでも分け隔てなく優しく接していたものだから余計に、よくある増長した恋心を抱えてしまった青年であった。
常日頃卑屈である(^q^)も、拉娘の優しさだけは無条件に信じ、彼女もまた自分と同じだけの恋心を持っていると信じる憐れな男なのだ。
故に、(^q^)の思い込みの激しい独り言を聴くのは、村外れの切り株だけだった。
(^q^)の実家は赤子茸の加工と野菜の生産を営む農家であり、先の石仏事件で働き手の多くを失いながら、早くも家業を再開していた。
毒水を飲んだ堪え性のない女子供ばかりが生き残り、勇んで人質救出に向かった男達は殺されて土の下である。
残った男手は、家長である年寄と臆病な(^q^)と幼子らばかり。
人手不足による作業の停滞は、それを仕切る壮年の未亡人達を苛立たせていた。

「(^q^)!!!!!!!!」

怒声は存外近くから、(^q^)の鼓膜を破らんばかりの勢いで放たれた。
どっと噴き出す冷や汗も珠を描く前に、反射的に振り向いた(^q^)からほんの数歩離れた所に、般若と見紛う形相で中年女が彼を睨み付けている。
その恐ろしさたるや、(^q^)とは何十年という付き合いではあるものの、未だ叔母が恐怖そのものである事を身に染ませるに足る迫力である。

「何を愚図愚図愚図愚図してるのかねこのグズうちが今どれだけ大変なのか解ってないのかねこの穀潰しがアンタの弟だってもう少しは役に立ってるっていうのに全くアンタはやる気が感じられないよ毎日毎日ぶつぶつぶつぶつ呟いて」

(^q^)の唇は僅かだが何とも表しがたい形に歪められ、彼の鬱結とした心情を語っていた。
俯き加減の姿勢から叔母には読み取れないし、気付いたところでこの説教は延々と長引く。
如何に要領の悪い(^q^)でもそれだけは理解していたが故に、また要領の悪さからそれでしか対処出来なかったが故に、(^q^)は黙って項垂れながら蚊の鳴くような声で相づちを打った。
この叔母という生き物は、喋る事でしかうさを晴らせない習性なのだ。一番苦痛が長引かないのはただただうんうん頷き続け、さも話を聴いている振りをする事だけ。
(^q^)の結論はおおよそそんなものだった。
勿論、この日課を終える為に手っ取り早い手段は他にもある。邪魔が入る事だ。この説教を差し置いても優先すべき事件が。
(^q^)の脳裏を掠めた甘美な妄想が形を獲る前に、村に悲鳴が響いた。

「なんだい…?」

叔母が声の方を見たが早いか、(^q^)は全速力で駆け出した。
彼にはその逼迫した声に覚えがあった。拉娘だ。玉王に拐われた時と同じ声で。



「止めて、やめてぇぇぇ!!」

少女の鈴が鳴る様な透き通る声が、悲壮を煽ってその場を充たしていた。

「やめろー!!!
その娘に手を出したら、承知せんぞ!!」

また、少女を守らんと威嚇する老人の木枯らしにも似た怒声は、屈強な男達の前には余りに弱々しかった。

「うるせぇジジイだ!」
「ぐふぅ!!」
「止めて! じっちゃんに酷いことしないで!!!」

腹を青竜刀の柄で小突かれると老人は苦悶に身を折るが、羽交い締めにする男達により倒れる事も叶わない。
男の手から逃れようと身悶える少女の顎を、拳法胼胝が厳つい掌が乱暴に掴んだ。

「可哀想な拉娘。もう助けは来ないんだ…グフフ…
拉麺男はワシを倒した気でいるんだからなぁぁ…!」

本気を出す迄もなく少し捻れば下顎を骨ごと毟り取ってしまえそうな指に拉娘は一瞬怯むものの、大きく優しげな瞳で精一杯睨み付けた。
窮鼠に噛まれた蛇が如く捕食者の嘲笑を浮かべる男、玉王は今日までこの少女を如何にして追い込もうかと思案し続けていた。
かの憎い憎い拉麺男の妹御であり、拉麺男を舞台へ誘き出す大切な演者である。
どう貶めて料理するか。
玉王の内で粗筋は定まっていたものの、より確実な方策を思い付き尚且つ実行出来るならそれに越したことはない。

「ら…拉麺男は貴様になぞ、負けはせん!!
何度でも負けるだろう、卑怯者め!」

横から吹く木枯らしが、ふと癪に障る。

「そうか。そうか。なら、こいつがどうなろうと構わないんだな」

自らの言葉尻を待たず、玉王の右手は拉娘を捕らえながら、左手で下履きを肌着ごと引き裂いた。
そのまま彼女を自分の前面に飾り付け、まだ硬い乳房を後ろから鷲掴む。

「拉娘!!!」
「こんな村じゃシケた牝犬しかおらんな。せめて初物なら多少面白かろう」
「やめろぉぉぉ!!!!」

顎に全体重が掛かり、息をするのもやっとの拉娘の襟を毟り、白く柔らかな二つの果実がまろび出させる。
遂に彼女の眼に大粒の涙が浮かび、見悶える度に朝露の煌めきを放った。

「なんだ拉娘。お前はジジイが死んでもいいのか?」

耳元で発せられたその言葉の意味を呑み込むと拉娘の身体は抵抗を諦め、震えながら脚の硬直を緩めた。
刹那、玉王の悍ましい笑みを目にした老人の絶望は、計り知れなかった。
故に、老人は跳ねた。
有らん限りの力で悪漢共を払い除け、拉娘に届かんと。
大工仕事で培った地力か、男達の期待からの油断か、どちらが要因かは判らないが彼は太い腕を振り解き捕らえられた拉娘の元へ走る事が叶った。
その足は、枯木と呼ぶに相応しく。

「チャア!!」

咄嗟に拉娘を放り出し、放たれた玉王の前蹴りにいとも簡単に弾かれ、

「オォ!!!」

玉王に応じた手下の一刀に粉砕され、血反吐を撒いた。
後には腸を溢した枯木が臥すのみ。

「すまんなぁ。運命というヤツだ」

元より玉王の計画に老人の生きる途は皆無だった。
どの様に殺すかだけは未定であった為、この時までは生かされていた。それだけだった。

「…じっちゃん…?」

声を聴けば解る。
彼女がどれほど絶望しているか。
玉王はゆっくり振り向き、鮮血に濡れた頬笑みを拉娘に見舞った。
朽ち果てた老人を見つめる虚ろな瞳がゆっくり持ち上がり、此方を見たその時。
玉王の頭に衝撃が降る。

「拉娘!!!!!」

戸口に立つ(^q^)の手には鍋と煉瓦が握られており、玉王の頭部に命中したのは投げつけられた鉄鍋だった。

「ぎ、玉王様!」
「ンのガキ…!!」
「チ…構うな、頃合いだ。退くぞ」

致命傷ではないが、傷の痛みは判断力の低下に繋がる。玉王は目的を果たしたとして撤退を即断した。
駆け出る手下の後を早足ながら悠々と追い、玄関先の(^q^)を一睨みすると不敵に笑んで見せる。

「可哀想な拉娘。また見舞いに来るとしよう」

走り去る玉王の言葉に(^q^)は腰を抜かし、泣き叫ぶ拉娘の声に家の内を覗くと臓物の匂いに吐いた。



血の海で慟哭する拉娘の姿は、駆け付けた全ての村民を戦慄させるに足るものだった。
彼女が受けた残忍な報復も、受けた様に見える凌辱も、村民の一人である老人の無惨な死に様も、そのどれもがいずれ自分にも降り掛かるであろう厄災だと思えたからだ。
―――拉娘が村に居る限り。
去り際の玉王の囁きは、明確な形を持って顕れた。
拉娘はひとりきりの葬式で育ての親を精一杯見送ると、十は老けた様な眼差しで天を仰いだ。
晴れ晴れとした空の下、拉娘の心は停滞し瞳に映る全ての物が、ただただ『モノ』でしかなく、水も木も料理も蛆虫も竈の火も排泄物も全て同じモノに過ぎなかった。
―――往かなくては。
彼女は自分の鈍化した部分を急かす努力をしていた。
今度、玉王が来襲すれば残された村人は皆殺しか、よくても村を捨てざるを得ない事態となるのではないか。
今度、玉王が来襲すれば村人は一致団結して私を袋叩きにして差し出すのではないか。
拉娘は此処に生きて、近くへ嫁に行って、産み育てた後は骨を埋めるのが人生なのかと思ってきた。
少なくとも、まだ短い人生の中で他者の終幕の様子を見たこともさほどない。それでも田舎娘が見渡せる範囲の見識では、妥当な程度のものだった。
しかしそれらは、結局拉娘の人生に足る程のものではなかったのだ。
これから拉娘は自分自身で歩いて、足りないものを確かめながら生きるしかないのだ。
―――今も遠い空の下を歩く兄の様に。
兄の顔を今一度思い出すと、拉娘の涙が堰を切って溢れ出す。
心の堤防が受け止め切れなかった悲しみを押し出して、零れた拉娘が荒れた田畑に染み込んだ。
拉娘は無性に兄に会いたかった。この悲しみに寄り添ってくれる大きな胸に。



鞄に詰められる物はさほど無い。着替え、食料、路銀、僅かな私物、形見の大工道具…拉娘にとって扱えぬ物ばかりだが鑿や木槌を大切に仕舞い支度は完了した。
やっと空に光が差し道が辛うじて見える頃、拉娘は静かに旅立った。
砂利道や番犬のいる表通りを避け、林の獣道を通って遠回りし村を臨む丘に立つと、白む空に光が滲み真っ直ぐな太陽の視線が拉娘に降り注ぐ。

「…さよなら……」

泣きそうな唇からありったけの感謝と勇気を込めて、拉娘は別れを告げると。
振り向いたすぐに(^q^)は立っていた。

「(^q^)!!」
「拉娘…どこかへ行くのかい?」

驚いた拉娘へ投げ掛けられた言葉に、拉娘はまた驚いた。
彼女が受けた仕打ちを鑑みれば村に留まる事はとても出来ない。それは十に届かぬ子供でも半数は理解出来るだろう。
目の前の(^q^)は異様に鈍感だと拉娘も感付いていたが、この状況でさえその様な言葉を垂れ流すのは害悪に等しかった。

「…えぇ…もう村に留まる事は出来ないわ……」
「そんな!! 拉娘が出ていくなんて納得出来ないな!!」
「これ以上居ては皆を危険に晒すのよ、また…あいつが来るかも知れないのよ!?」

あいつ。息をして人を殺す害悪の化身。その存在に(^q^)も怯むが、まだまだ足りない言葉を呑み込むには至らなかった。
拉娘への想いから一歩踏み出し尚言い募る。

「気にする事ないよ! きっともう来ないよ!!」
「……(^q^)…あなたは何を言っているの?」

拉娘の戦慄はうわずった声に表れて、不審を伝えられる筈だった。しかし。

「大丈夫だよ!! きっとまた拉娘以外の誰かだよ!!」

肌が粟立ちさえ忘れて、拉娘の意識は地獄に叩き落とされた。
もう彼女にとって(^q^)は害悪よりも恐ろしい、自分に執着する狂人でしかない。人と表すのも憚られる。
また一歩、狂気が近付くと拉娘は汗を噴き出し、弾かれた様に駆け出した。

「あっ」

林を縫って走り出した拉娘を遅れて追う(^q^)。
その瞳には澱んだ希望が拉娘の姿を輝いて魅せている。口下手な自分は拉娘に上手く想いを伝えられなかった、もう一度ちゃんと隠さない気持ちを伝えなければ。
(^q^)は走った。荷物を担いだ女の足と同等の速さで。
彼女の名を呼ぶと「来ないで」と綺麗な声が朝の光を纏って(^q^)の耳へ運ばれる。息が切れてきた。丘を下り街道が見えてきた。もうこんなに走ってきたのか。拉娘の足は速いなぁ。

「あっ!!」

小石に躓いて拉娘が倒れた。足を挫いてないかなぁ。
振り向いた拉娘は綺麗な眼を見開いて(^q^)を見ると、高く微かな悲鳴を上げた。
(^q^)は勢いそのままに拉娘の体へ飛び込んだ。

「うぁっっ!!!」

説得をしよう。一緒にいてくれと、好きだからと、離れないで欲しいと、伝えたい言葉は山積みだった。
だが、それ以上に。
拉娘の身体は柔らかく、そそる。
汗の香りも胸の膨らみも今(^q^)の腕の中にある全てに、(^q^)は玉王襲来のあの記憶が入り乱れて、(^q^)の中で極彩色の拉娘蹂躙劇脚本が構築され、(^q^)は屹立した陰茎ごと動けない拉娘に埋もれた。

「いやぁぁ離してぇぇぇ!!!!」

半狂乱の拉娘、あぁ、まるであの日のよう…
(^q^)の恍惚は一瞬で太陽程も熱を放ち、いざ燃え上がらんと首を擡げた刹那、背後からの刃の閃きに息絶えた。


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