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NOVEL ROOM

 「あーあ、あの頃に戻れたらなー。あの時のあれ、やり直したいなー」と言う人がいるだろう?私はね、その人たちにこう言ってやりたいよ。
 「君たちが過去に戻りそれを修正できたとしても、修正したことで新たな問題が起きるかもしれない。そして、それはその時の君にとっては想定外のことだろう。おそらく、君はうまく対処できずにまた後悔するだろう。つまりね、君自身が変わらない限り、何度でも何度でも繰り返すんだよ」

 希は横たわっていた。  上半身のみの姿で。
 彼女の残された下半身は泥の指に支えられたまま、しばらくその不気味さを醸し出していたが、やがて消滅しだす。
 そして、それと呼応するように心臓より下のない希の上半身に、存在しない部分が現れてきた。その光景は言葉ではあらわせないような不気味なものだった。 「本当に、怪物だな…」 だんだんと再生される希の身体を見ていた怜は、ただ頭に思い浮かんできた言葉をそのまま口にだした。希の身体は一分もかからないうちに元の姿に。ただ、再生した部分は服をみにつけていないが…。希の身体が、一瞬で変化する。全身が、ドス黒く。怜が希の身体の変化に気づいた時、先ほどまで横たわっていた希の姿はそこにはなかった。怜の背後に、希はいた。ただ、突っ立ったまま。何もせずに。怜が振り向くと、希は首をコキコキと鳴らす。
 「ふう。あーあ、やってくれたね。もう。制服高いのにな」
 残念そうに、呟く。
 「その姿は…。ビースト・フォーム…か?」
 「ん?違う、違う。私、ビースト・フォームになんてなれないし。さて、終わらそっか」
 あきらかに今までと雰囲気の違う希に怜は構える。その判断は正しかった。正しかったが、どうにもできなかった。
 一発。黒く巨大化した拳を顎に叩きこまれる。
 怜には確認できなかった。何が起こったのか。何が起こったのかわかった生徒や千でさえ、上空に吹っ飛ばされた怜の下に右拳を上に上げたまま立っている希を見たことと、首が目いっぱい上を向いている怜の状態から推測したのだった。そのまま、弧を描いて、希の位置からかなり離れたところに怜は背中から地面に落ちた。指輪にはならない。しかし、動きもしない。 生徒たちが怜から希に視線を移した時、そこに希の姿はなかった。視線を移すと、希は怜の手前で右半分の身体を泥でできた掌に埋めていた。
 「ん、あ?なにこれ」
 もがくが、身動きがとれない。
 地面から手首が生えていたそれは段々と姿を現してくる。手首から、腕。腕から肩。そして、泥でできた不細工な顔。もう一方の手もあらわれ、それは希の左半身を包むようにして、さらに希の自由を奪った。大きく、がっしりとした図体。それをささえる二本の足。それが完全な姿を現す。5メートルはあろう巨体。泥でできた怪物が姿を現した。
 「このやろ、離せっ。ちっ。こうなりゃ」
 希は両腕をさらに巨大化させる。泥の手をぶち破り、指を地面に突き立て、力を加え、その力によって強引に泥の手から抜け出す。身体は泥まみれだった。
 「何だこりゃ?」
 希は始めて自分を捕まえていた泥の手の持ち主の姿を目にする。
 「ビースト・フォームか?また、めんどい」
 左指を地面に突き立て、右手を大きく振りかぶる。足腰にさらなる力を入れ、振りかぶった右手を泥の怪物の右わき腹に。開いた手は泥の怪物の腹をえぐり取る。‘え?’こんなことになるとは思ってなかった希は素っ頓狂な声を上げる。泥の怪物は腹をえぐられたことでバランスを崩すが、すぐに周りの泥が集まり再生する。希の右手には大量の泥がついていた。
 「どーなってんの?」
 ‘おそらく、これはビースト・フォームじゃないな…。こいつは見た目にはダメージをうけたが、どうやら全然平気のようだ。ビースト・フォームは、再生できるが、必ずダメージは蓄積される。さっきの氷のやつみたいにな。今のお前にやられて、まだ向かってくるような奴はそうはいない。仮にこいつがそうだとしても、そんな力があるのなら、前回にこっちがやられてたはずだしな。こいつは、ビースト・シンボルだろな’
 ‘ビースト・シンボル?’
 耳慣れない単語に希が聞き返す。
 ‘ああ。ビースト・シンボルは同じく、ビースト・フォームが使える能力者だけが使える能力で、主に援護担当みたいなものだ。その能力の性質を宿したもの、泥なら泥、土なら土に簡単な模様を描くんだ。そして、そこにそいつの血を加えてやれば完成だ。問題はこれみたいに完成するまでに時間がかかるってとこだな’
 のろのろと泥の怪物は距離を縮めてくる。が、移動速度がかなり遅いため、移動する希に追いつかず、いつまでたっても距離は縮まぬばかりか簡単に希に背後に回られてしまった。
 ‘つーか、そういうのこの前のビースト・フォームの時に一緒に言ってよ。で、どうすりゃいいの?’
 まったく悪気のない声で声の主は攻略法を言う。
 ‘どこかに模様があるはずだ、それを壊せばビースト・シンボルは消滅する。それか、能力者を殺すかのどっちかだ’
 「ふーん。まぁ、後者の方が楽だけど、泥のやつがどこにいるかわかんないし…模様でも探すか」
 足、腕、頭、背中と見渡すが紋章のようなものは見当たらない。仕方なく、正面に回ろうとしたその時だった。希の腕に凄まじい圧力がかかる。
 「くっ、ああっ」
 希の右腕に怜が噛みついたのだ。二か所に圧力がかかる。反射的に希は腕を巨大化。噛みつけなくなった怜は距離を取る。再び、対峙する。すでに戦闘不能と判断していた怜は、一部を変化させてそこにいた。凄まじい殺気を放ち。先ほどとは違い、その狐には頭が二つある。双頭の狐へと変化していた。 「あのくらいで終わったと思ってんじゃねえぞ。さっさと止めをささなかったことを後悔させてやるよ」
 ‘後悔させてやるもなにも、もうすでに後悔してるっつうの。たく、思いっきり噛みつきやがって’そう思いながら噛みつかれた部分を見るとすでに再生していた。
 希は一歩踏み出す。ズブズブ。変な感触に足元を見ると、希の足元は泥と化していた。気づけば、左足も。段々と泥は上がってきて、希を飲み込もうとする。希は手を巨大化させて、土の部分に触れようとするが、そこも泥と化す。完全に身動きを封じられた。体育倉庫が怜の背後に見える。だが、そこに手を伸ばしたところで、怜にやられるだろう。左手には校舎。こちらも同じ目にあうだろうし、もしかしたらもっと最悪なことになるかもしれない。みんなを巻き込んでしまうかもしれない。後ろを見る。泥の怪物の姿がないことから、どうやらこの泥自体が泥の怪物であろうと推測できる。氷漬けになった体育教師はそのまま。女子生徒の姿はなかった。段々と泥は上がってきており、腰回りにまで達した。もしかしたら。このまま全身を覆い、窒息させる気かもしれない。あれこれ挽回の策を希が考えていると、怜が薄気味悪い声で話す。
 「お前は、何で戦っているんだ?目的があるんだろう?望みのが叶うことはしってるよな?」
 希は何も言わないが、怜は喋り続ける。
 「俺には目的があるんだよ。俺はな、昔、小学校で教師をしていた。昔と言ってもたかが二年前のことだがな…それでな、その時、俺はすでに能力者だった。千の奴も同じ教師で同じ能力者だった」
 ガララ。ガララ。と、窓が次々にしまっていく音が聞こえる。
 「そんな時だった。俺らの小学校にな、どういうわけで俺たちが能力者とバレたのか知らないが、その時の俺たちは能力の存在は知っていても、能力を人前で使ったことはなかったし、まして、それで他人に危害を加えようなんて考えもしなかったから…俺たちを殺すために能力者が来たんだよ。そいつは無茶苦茶なやつでな、校舎を破壊して、生徒を傷つけ、俺たちは戦ったよ。生徒を守りたかった。俺たちが死ねば、それで済んだのかもしれなかったが、頭に血が上ってた俺はそんなこと考えもしなかった。…気づけばな、そこは血の海だった。おれは生徒の首に噛みついていた。俺はいつの間にか、ビースト・フォームになっていて、俺の自我はなくなっていて…当然、その能力者は殺したがな。それから、俺たちは決めたんだよ。もう一度、生徒たちを蘇らせることを…」
 希は何も言わない。怜も聞いて欲しくて話しているのではなく、むしろ、己の罪をここで償っているようだった。贖罪のつもりかもしれない。
 「だからな、ここで殺されてくれよ」
 一気に怜の声色が変わる。周りの様子がおかしいことに気づく。泥はカチコチに固まっていた。花壇も、校舎の窓も、目でわかるくらい固まっている。いつの間にか、周りの温度が氷点下に突入していたのだ。幸か不幸か、希は身体を強化していたためそれに気付かなかった。このタイミングで話しだしたのは、これのためだったのだ。希たちの教室を見上げる。生徒たちは窓の近くにはおらず、奥で凍えているのかもしれない。いらだちからか、希は歯をおもいっきり食いしばる。 
 「上を見てみな」
 希は言われた通り、上を見る。そこには無数の氷でできた槍が、その鋭い先を下に向けていた。グラウンドだけでなく、校舎の上にも。希の顔色が一変する。 「やめろ!みんなは巻き込まないで…」
 「巻き込むつもりはないさ。お前が殺されればな。さぁ、言え。どうすれば、お前は死ぬ?」
 「………」
 希は何も言わない。
 怜は一歩、また一歩踏み出す。と、怜はいきなりバランスを崩す。それは一瞬のことだった。怜はなんとか、踏みとどまることができたが、その一瞬、槍を制御できなかった。全ての槍は怜の精神力が制御していた。ビースト・フォームに加え、無数の槍。怜の精神力は限界だったのだ。怜が気づいた時、二つの槍はすでに校舎に向かって落ちていた。怜には止めることはできなかった。その二つに精神力を集中することで、今度はほかの槍のバランスが崩れてしまうからだ。理由はどうあれ、この時の怜の思考は完全に停止していたため理由などなくとも不可能だったのだが。怜につられて、希も見る。希に防ぐ術はなかった。ただ、槍が校舎に向かって落ちるのを見ていただけだった。槍は屋上を突き抜け、その先は、三階の教室にいた男子生徒の背中を貫いた。生徒の叫び声を耳にし、希はその教室を見る。窓には血が飛び散っていた。
 希の意識はそこでブラックアウトした。

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あきゅろす。
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