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NOVEL ROOM

 何かをしている時、客観など考える必要はない。どうせ、結果が出たときにまた見方など変わってくるのだから。だってそうだろう?客観とは多数の主観のあつまり。それが必ずしも正しいなどと証明できないよ。

 ビチャッ、ビチャ、ビチャ。
 泥が靴につくのも、撥ねた泥が真っ白な靴下につくのも構わずに希は彼女の延長線上、3メートル先にいる二人を目指して走る。真っ暗な森の中で灯りがないにも関わらず3メートル先を確認できるのは彼女の能力に起因するところだろう。
 希は右腕を前に出す。すると、彼女の肘より前の部分が黒く巨大化。そして、伸縮自在のように伸びていく。目の前の敵目掛けて。が、彼女の腕があと少しで二人を捕らえるといったところで、雨が降っていないし、また降ってもいなかったにもかかわらずぬかるんでいる地面に足を捕らわれる。驚きの声をもらすと同時に腕をもとに戻す。彼女が抜け出すことに手間どっていると、前方から空気を切り裂く音。
 ‘防げ’
 心からの声が聞こえたと同時に条件反射のように希は右手をまた黒く巨大に変形させて、自身を守る盾の様にする。一秒でも遅ければそれは彼女の身体に刺さっていただろうが、間一髪難を逃れることに成功した。刺さった部分が冷たい。彼女の腕に突き刺さっていた氷の矢は、しばらくすると腕に傷だけを残し消えた。それと同時に彼女の変形した腕に残された傷も自然と癒えていく。
 ‘危なかった…。サンキュー’
 希は礼を言いながら、腕を鳥の羽に変える。そして、羽を羽ばたかせることによって泥から脱出することに成功した。比較的ぬかるんでいない地面へと降りながら二人の位置を確認する。四方に目を配らせるが確認できない。どこかに隠れている可能性が高い。希は気を引き締める。
 ‘こいつらを倒せば、六個目ね…がんばろっ’
 と言いながら、靴に泥が入ってしまったせいで変な感触を足に感じることに気を取られる。そのため、後ろからの攻撃に反応できなかった。彼女の右胸の辺りを氷の槍が貫く。
 「ふん。油断したな」
 そう冷たく言い、槍を引き抜く。希は苦痛の声をもらし、崩れる。
 血に染まった氷の槍を左手に持つ男はそのまま希を見下ろす。指輪へと変わることを待っているのだ。が、それが男のミスだった。彼女の服を破り背中から生えた巨大な黒い腕によって男は胴体を鷲掴みにされる。そして持ち上げられる。 「ぐあっ、なっ、くっ、こ…これは?」
 希は首を180度回転させる。ありえない角度にもかかわらず、彼女の表情は笑っている。そして、そのまま話しだす。
 「油断してんじゃないわよ。怪の能力を甘くみないことね」
 希は彼を捕らえている腕に一層の力を込める。男の悲鳴がもれる。が、それは男の本能から来るものだろう、腕に掴まれていなかった左腕の氷の槍を消す。そして、何ももたない左腕の掌を彼を掴んでいる黒い腕の手首に当てる。瞬間、腕は氷漬けにされ、粉々に。 男は地面へと両足をつけ荒く呼吸をする。
 希は顔を正面へと向け、立ち上がり男と対峙する。 男はうすら笑いを浮かべながら、
 「なぁ、おい、クソガキ。ビースト・フォームって知ってっか。知んなかったらお気の毒。まぁ、よーく見とけよ」
 と言う。そして、勝ち誇った笑みを浮かべながら四つん這いになる。
 希に心からの声が聞こえる。
 ‘させるな!一気にたたみかけろ!’
 希は声に従うように右手を前に出し、黒く巨大化。そして、男を握りつぶそうとするが…泥に足を取られバランスを崩してしまう。巨大化した手はあらぬ方向にいき、木々をなぎ倒す。 「何よ、これー」
 希の抗議の声に答えるように、声がどこからか聞こえてくる。
 「悪いが、怜の邪魔はさせないよ。彼にやられてくれよ」
 「はぁ?ふざけ…あっあああー」
 希の絶叫。彼女の黒く巨大化した腕がなくなっている。肘より先がない。周りには氷。そして、そこには氷でできているように透き通った一匹の狐。希の腕は再生を開始する。狐は右足を上げ、ゆっくりと降り降ろす。すると、ぬかるんだ地面から氷でできた無数の槍が生える。希の全身を、足を、胴体を、腕を貫く。氷の槍に貫かれたまま空中にいる希はすでに声もでず、ただぐったりしているだけだ。ときどき、かすれた呼吸音が聞こえる。
 氷の狐は口を開いたまま、
 「ふん。クソガキ。残念だったな。だが、ここまでだ」
 と希を見ながらつぶやく。そして、尻尾を上に立てる。伸びた尻尾は希の胴体へと。その透き通った尻尾は…最高級の刃物であるかのように、決してどんな刃物であろうとそんなことはできないのであるが、一瞬で彼女の上半身と下半身を切り離した。氷の矢が消え、支えを失った希の身体がゴロンゴロンと音を立て、落ちる。
 指輪には…変わらない。 不審に思った怜が更なる止めをさそうとした瞬間、希の黒く巨大化した両腕が氷の狐の胴体を捕らえる。怜は咄嗟に氷の力でその両腕を氷にし、粉々に。怜を恐怖が襲う。希はまだ生きている。動いている。うつぶせで横たわったままの望みの胴体から下半身が再生する。ズボンも下着も身につけていない新たな下半身。目を移すと、先ほどの下半身があったところにはズボンしか確認できない。希の首が動く。怜と目が合う。恐怖が頭を支配。怜は本能で動いた。すぐに180度回転し、
 「千!一旦、引くぞ」
 と独り言のように言うと、闇に姿を消した。
 取り残された希はうつぶせのまま、泥服を身につけていない身体に張り付いてくるのを気持ち悪がっていた。
 「うう…気持ち悪いな。それよりも、お尻見られちゃった…どうしよう…」
 半泣きのまま、そんなことを呟く。それは心の声にもなっていたのか、
 ‘まぁ、助かったからいいじゃねぇか。それにしても、ビースト・フォームか…’
 と、なにやら考え事をしているように呟く。
 希は自衛隊のほふく前進さながら、腕だけを動かしズボンが置いてあるところへと移動する。
 それを示すのが心の声にもなっていたのか、
 ‘何やってんだ…立っていけばいいじゃねぇか’
 と。
 ‘はぁ?何言ってんのよ。私今、下は何も履いてないのよ!’
 心底怒ったように抗議をする。
 ‘誰も見てないだろ…’という呆れた声に、
 ‘そんなのわっかんないでしょ!勝手なこと言わないでよ!’
 ズボンのもとにたどり着いた希はそれを握り、草むらへとまたほふく前進で進んでいった。
 
 帰宅する前に草むらに放っておいた鞄から新たな上下の下着と上着、ズボンへと着替え、希は警戒心をとくことなく自転車へと跨った。希が鞄に着替えの服装を入れていたのは以前、能力者との戦いによって服を破いてしまい、かなり苦労したことからくるものであった。それがなくとも、現在の時刻が11時を過ぎていることから希が両親に怒られることになるのは決定しているが。
 帰路ではどう言い訳しようかと考えることに終始していたのだが、どうもいい案が浮かばず仕方ないので遊んでいたというと案の定怒られ彼女の一日の原動力であり一日のうちでもっとも楽しみにしている時間の一つである晩御飯抜きという彼女にとっては何よりも耐えがたい身体的苦痛を味あわされ、しかし、ここで反論をすると彼女の量刑がさらに厳しいものになるであろうことはわかりきったことであるからこういうことに関しては賢明な彼女はひたすら謝ることによって何とか明日の朝飯と弁当抜きという重い罰を負わずにすんだ。次の日の弁当のおかずはどう考えても普段よりボリュームがなかったが…。

 シャワーを浴びパジャマに着替えベッドに入った彼女は抱いていた疑問を聞く。
 ‘ねぇ、ビースト・フォームって何?そういえば、今までにも言ってた奴いたけど、アンタが言うからみんな言った直後にやっちゃったからさ’
 すぐに答えが返ってくる。
 ‘ビースト・フォームってのは、具体的に、つまり、触れたりとかなんだが、そういう形を持っている能力のみが使えるものさ。簡単に言うと、今日の氷は形を持っているが闇とかはない。だから、闇にはビースト・フォームはないが、氷にはあるんだよ。ちなみにだが、ビースト・フォームは精神力の消費が激しいから、注意しなければいけないがな’
 希は‘ふーん’と聞いておきながらどうでもいいような返事をする。
 ‘んで、私はビースト・フォームできるの?’
 ‘ああ、一応漠然としてるが、形は持ってるからな。怪物ってのはその人間のイメージによって形は違うが、あることには違いない。もとはといえば、夜に見た木が人間のイメージによって怪物として恐怖の対象になる。それが具現化されたのが、怪物だ。つまり、現実に存在するんだよ’
 またも希は‘ふーん’と興味なさそうな返事をする。
 ‘じゃあ、今まで倒した‘土’とか‘鉈’とかは変身できるけど、ほかのやつはできなかったってわけね’
 ‘ああ、その定義であっている’
 ‘ふーん’とどうでもよさそうに返す希。
 ‘なぁ、お前さっきからふーんばっか言ってるけど真面目に聞いてるよな?他に感想ないのか?’
 ‘だってー、お腹すいてんだもん。仕方ないじゃん。つーか、もう寝る’
 と勝手に話を切り上げると寝てしまった。
 ‘おい!こら!あの二人のこととかあんだろ!返事しろ!’
 ‘ぐー、ぐー’
 ‘起きてんだろ、てめぇ!おい’
 二日後、希は再び彼らと会うことになった。昼間の学校で。そして、それが彼女が始めて自分の落ち行く運命に気づいた時だった。

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あきゅろす。
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