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NOVEL ROOM

 わたしはいつでもあなたのそばにいる

 翌日。朝から寝坊をしそうになる希を兄が起こし、起きた希は兄に礼を言うのもそこそこに着替えと歯磨きを済ませてご飯とみそ汁をたとえ時間が迫っていても食べて、それを見る両親たちの呆れる目をひらりとかわして弁当箱を片手に持って今日の授業の教科書をうろ覚えで鞄に詰め込み、凄まじい勢いで家を後にした。
 自転車をもうスピードで漕いでいるため身体に当たる風は強く、加えて寒いため彼女の思考は段々と冷静になってきて信号が赤になったところで止まる。腕時計を確認すると、全力で漕いできた甲斐があったのか、余裕とまではいかないが先ほどまでのような全力を出す必要のない時間帯になっていた。結構な距離を全力で走ってきたのだがそこまで息切れしていないことに自分の体力がそこまでついたのかと感心しながら、信号が青に変わったので再びペダルに足を乗せた。
 自転車を駐輪場に止めて教室に行くとそのタイミングを見計らったようにチャイムが鳴り、安堵のため息をついて真ん中の列の一番後ろの席に腰を下ろす。前にいた女子生徒、彼女の友達の挨拶に返事をして希は机に突っ伏した。そういう気分なのだ。
 ホームルームが終わり1限目の英語の授業が始まるやいなや、何と言うことだろう、その先生は手に持っていたプリントを配り始めた。希がそのプリントを受け取る前に先生は黒板に大きな字で今から30分後の時間を書く。裏面のプリントを意味もわからず受け取り、周りの生徒を見習って黙っていると先生が威勢のいい声で‘始め’と言う。みんなの動きに従いプリントをめくるとそこには小テストと書いてあり、希はしばらくその文字を見つめていたがそんなことをしていてもどうにもならずとりあえずシャーペン片手にうんうん唸りながら答えを埋めていき、1限目の英語は最悪の幕開けになった。後日返却されたプリントには45点と記されていた。
 英語の授業が終わるやいなや前の友達に文句を聞いてもらおうと言うと、どうやら先週に予告されてあったと聞き、記憶を探るがどうにもならずふと教科書の先週授業で習ったページを開くと一番上に希の筆記で‘月曜日小テスト’と該当ページまで綺麗にかいてあり、前日、遊んでいた自分を恨み二日続けて自分を恨むことになっていた。
 2限目、3限目、そして彼女が最も楽しみにしている昼食タイムを迎えてお腹いっぱい食べた彼女は4限目をうつらうつらしながらぼんやりした頭で授業を受けていた時だった。彼女の耳に声が届く。
 ‘おい。お前。暇なら、ちょっと俺の話を聞け’
 それまでのぼんやりとしていた頭が一気に覚醒して、希はいきなり立ち上がり、
 「聞いてます!先生。寝てないです」
 と大声で言う。
 教室が静まりかえり、板書をしていた先生は振りかえり苦笑を返す。
 「いきなり何だ、おい。それより聞いてないじゃないか。寝ボケてんのか」
 教室が笑い声で満たされ、よくわからないまま一言二言軽い説教を受けた希は顔を赤くしながら着席して、みんなの視線を感じながら前の席の友達に小声で尋ねる。
 「あのさぁ、先生、私に話聞けとかいってなかった?」 
 前にいる友達はクスクスと笑いながらやんわりと否定。希は首を傾げる。と、また声が聞こえる。
 ‘面白いなぁ、お前。いやっ、俺も悪かった’
 キョロキョロと周りを見るが誰も話しかけていないし、それに聞き覚えもない声。心の中で‘誰?’とつぶやく。
 ‘そうそう。心の中で言えばいいんだよ。俺との意志疎通にはな。誰って言われても、名前はないから勘弁してくれよ’
 希は驚くがとにかく心の中で声なき声を出す。
 ‘何…何?私の心の中に住んでんの?気持ち悪いんだけど。’
 ‘気持ち悪いはないだろ…。まぁ、ビビんなよ。そうだな、何て言おうか。当てはまる言葉があるとすれば一心同体かな。’
 希からの声は聞こえてこない。思考が追い付かないのだ。やや遅れて、
 ‘えーー。やだやだ。出てって、出てって。男の人?兎に角、男でも女でも一心同体なんてやだー。出てってよう’
 ‘まぁ、待て。説明してやっから。そうそう。お前、胸の所にある怪って文字見たか’
 今度は非難が混じった口調で返ってくる。
 ‘む、胸ー。変態。アンタ歳いくつよ!ロリコンなの?訴えるわよ’
 両手で自分の胸を隠すポーズをとりながら言う。
 ‘ん?変態じゃねぇよ。それにロリ…って何だ?まぁ、どうでもいい。とにかく、胸の所に怪って文字があるだろう。知らないなら、見てみろ’
 冷静を装ってるのか、それとも性格からくるものなのかはわからないが落ち着いた相手の口調に、希も落ち着いてきたのか、‘そういえば…’と昨日、脱衣所で見て、石鹸で洗ってもおちずまぁそのうち消えてくだろうとほったらかしにしていたことを思い出す。
 ‘そういえば、あったわね…。…何でアンタが知ってんのよ!見たの!変態!出てきなさいよ’
 ‘まぁ、待て。俺はその怪という文字の中にいるって言うか、お前の身体の中にいるっていうか…落ち着けよ。落ち着いて聞け。まぁ、そんな感じだ’
 希はその説明を聞き終え、黙っていたが当然のごとく誰が聞いても理解できるものではない。怒りを込めて、
 ‘はぁ?ふざけてんの?’
 と言う。相手は相変わらず冷静な口調。
 ‘いや、マジだって。そうなんだよ。とりあえず、俺の説明を聞け。絶対に納得させてやるよ’
 相手を信用したわけではなく、むしろ、疑念で一杯なのだが、怪の文字のことは気になるし、相手の話を聞いてからいろいろ対処をしようと考えた希は相手に話す時間を与えてやる。すっかり、授業のことは頭にないようだった。
 ‘どこから、説明しようか…この怪って文字はすなわち能力のことを表していて、今のお前は怪の能力者なんだ。そして、俺はこの怪の能力に取り込まれた…というかそんな感じだ。能力には他にも種類があって、風、土、闇とかいろいろあって、数は把握できない。そんで俺がお前に話しかけているのは、ここから俺を出してもらおうとおもってだな…’
 とりあえずホントのような嘘のようなことを聞いていた希は自分でも気づかないうちに楽しくなってきていた。非日常の香りがぷんぷんとするからだ。
 ‘へぇ、そんなんだ。大変ねぇ。うーん。人助けかー、してあげてもいいわよ。どうすればいいの?それに怪の能力って具体的にどんな力なの?’
 ‘おお。礼を言うよ。俺がここから出るには、よくわからないが、全ての能力者をお前が倒してくれればいいんだよ。怪の能力ってのは、簡単に言うと、身体が丈夫になったり、身体の一部を怪物に変化させたり、まぁ、そんなとこだ’
 希はもしかして、と今朝の事を思い出す。全力を出したのに、息が切れてなかったのだ。そんなことを思い出しつつ、たった今思いついたことを聞く。
 ‘ねぇねぇ、頭はよくなんないの?’
 期待をして聞いたのだが、答えは無情なものだった。
 ‘………。努力しろよ’
 その答えに納得するが、やはりショックは隠しきれず黙ってしまう希だった。
 ‘まぁ、それは置いといて…俺もサポートするからよ。頑張ってくれよ’
 ‘ん?任しといてよ。ところでさ、敵はいつ現れるの?そういえば、何で閉じ込められての?
 ‘敵って…いや、まぁ、敵か。そうなんだよ。悪いやつらに閉じ込められてな。大変なんだよ。もう、20年くらいこのままなんだ。外の世界に出たいんだよ。敵はいつ現れるかわかんないなぁ。まぁ、これはゲームみたいなものでさ。全部集めればいいんだよ。全部集まれば、ゲームクリア。みんなが幸せになるのさ。負けたやつらも、悪い奴らも、落ち込みはするだろうが、大丈夫。それはそれでいいんだよ。悪い奴らも、そういう役を割り振られて俺を閉じ込めた感じで、とにかくただのゲームだ。巻き込んで、お願いして悪いなぁ’
 希は明るい口調で、
 ‘いいよ、いいよ。楽しそうだもん。それにしても20年か。大変ね。そういえば、優勝すれば私も何か貰えるの?’
 期待に満ちた声に相手は二つ返事で望みの答えを返してやる。
 ‘ああ。俺から礼をさせてもらうよ。絶対にな。約束だ’
 ‘忘れないでよ!絶対だからね’
 と溌剌とした声で希は念を押した。

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あきゅろす。
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