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NOVEL ROOM

 幸福を手にする権利は誰もが持っている。だが、幸福とは誰かから与えられるものではない。故に幸福を手にすることができないものもいるのである。だから、幸福になりたければ、自らの手で掴み取るのだ。

 最終章の前篇を飾るにふさわしいと選ばれた少女から、紹介しよう。彼女の名は、三瀬 希。14歳の少女である。何故、彼女が最終章を飾るにふさわしいと選ばれたかは、これからの物語を読んでもらえば、理解できると思うし、もしかしたら、理解できないかもしれないが、それは個人の価値観に委ねられており、残念ながら全ての人に理解できるような物語を話すことは、どんな天才であっても不可能であるし、ましてや、天才でもない筆者がそんなことをできるはずもないので、そこは勘弁してもらいたい。

 人が持っている価値観とは重要なものである。というのは、人が物事を考える時、例えば、善悪について考えたとしよう。あなたが善悪を判断する時、その判断基準は何であろう。常識?そう、おそらく常識であろう。ここで疑問だ。常識とは世間一般に通じるもののことだが、果たしてあなたが常識と呼ぶそれは本当に世間一般で通じるだろうか。あなたも今まで自分が常識だと自分が考えていたことが実は非常識だと知らされたことが、1度や2度はあるはずである。むしろ、あって然りだ。なぜならば、あなたが常識と呼ぶもの、または価値観は普遍的なものとは程遠い、むしろ、あなたの中でのみ通じるものだからである。よく考えてもらいたい。あなたの常識が、価値観が世間一般で通じるはずがないだろう?価値観とはその人が人生を歩む過程で形成されていくものであり、もしも全ての人間が同じ価値観、常識を持っていたとすれば、それは全ての人間が同じ全く狂いのない、他人であるにも関わらず同じ人生を歩んできたということになり、そうでなければ、何らかの洗脳を受けたということになってしまうのだ。それはありえない。
 今これを読んでいる読者の年齢を筆者は知るよしもないので、すでに思春期を終えている人はそのころを思い出して、思春期の真っただ中な人は自分と比べてみて、まだ思春期を経験していない人は想像しながら、読んでもらいたい。
 話は戻る。自分が持っている価値観とはいうまでもなく外向きのものである。というのは、自分が何かの価値を判断する時、それはほとんどの場合、自分の周りにあるものだからだ。自分の周りのものを判断してきたのなら、外のものを基準にした価値観ができあがる。さて、あなたは自分を客観的に理解できるだろうか。こんな質問はどうだろう。あなたにはどのくらいの価値がありますか。もちろん、具体的に応えることはできないだろう。判断する時、こうするはずだ。自分を外の世界に置き、そこに存在するものを基準にして計る。基準がなければ、計れないのだから。人は他人の価値を判断することには慣れているのだが、自分の価値を判断することになれていない。それは当り前であり、特に不思議はない。だが、誰もがある年齢に来れば、一度は思う事があるだろう。自分の価値とは何なのか。どうして、自分は生きているのだろうか。自分の存在意義は何なのだろうか。このような疑問に、自分の価値に特に敏感になり、ことさらに人に必要にしてもらうことを望み、自分にかけがいのない価値観を見出したくなる時期は思春期なのである。そして、この少女も例外ではなかった。日々の生活において、何ら変わらない日常において、自分の価値を喪失していたのだ。だが、人に自分の価値を求めてもそれでは意味がない。それは良くても悪くても偽りなのだ。他人の価値観と自分の価値観が違うのだから、他人の評価には何ら価値はない。自分こそが、他人と比べるのではなく、自分の中にある価値を自分で見つけることで、自分を本当に評価できるのである。
 この少女を悩ませていたのはそれだけではない。思春期の子供はとにかく何にでも影響を受け、それはこの少女も例外ではなく、この少女はとくに少年漫画を好んで読んでおりそこには、当然、読者層を獲得するために人を引き付けるようなストーリーが展開されておりそれは普通に生きている人間が経験するはずのものではなく、つまり、面白いのだ。それを見るたびに少女は自分の現実と比べ、日常に不満を抱き、しかし、いくら望んだとしてもそんなことが現実に起こるはずはなく、だが自分を納得させるのは少し難しく、心のどこかではいつか自分の身にもこのようなありえないことが起こるのだと密かに望んでいた。それは誰もが経験するものであり、大抵の場合、何も起こるはずはなく成長していく内に現実と夢のような世界に折り合いをつけて、もう少したてば漫画の中で起こることを自分と置き換えることはなく、それはそこでのみ存在するものであり、そこでしか存在しえないのだと理解していくはずなのだが…何故だろう。そんなことを考えていたのが悪かったはずはない。そこには何の因果関係もないだろう。彼女には、彼女が望むことが起きてしまった。そう、彼女は能力者として選ばれてしまったのだ。怪の能力者に。
 始まりはいつでも突然であり、なんらかの予兆が仮にあったとしても気づけなければ、結局は同じである。彼女の場合予兆すらなかったのかもしれないが、結果は同じでありならばそんなことを言ったところで無意味である。
 ある日曜日の朝。彼女は中学2年生で確かに受験もこれからあるのだが、それはまだ先のことであり部活もやっておらず昨日もグータラとテレビを見たり漫画を読んだりしているだけで特に疲れるようなことはしていなかったのであるが、まるで日々、仕事に追われる世のサラリーマンやOLたちがたまの休みに普段とれない睡眠を十分にとるかのように彼女もまた昼過ぎまで眠っていた。親や兄を呆れさせるほどの睡眠ぷりだったという。そして、まるで計ったかのように、そうでなければ獣のように昼食のいい匂いが彼女の部屋まで届いてくると寝返りを打ち、目を半分くらい開け、上体を起こした。両腕を天井に伸ばし、時計に目をやり時刻を確認。12時15分を過ぎていた。普段からも休日はこのくらいの時間に起きているので、特に感想はもらさないが、やはり時間を無駄にしたという感覚があるのか渋い顔を作る。が、その顔もすぐに変化。今の彼女はお腹が空いてしかたがないのだ。パジャマのまま一階に下りていくとリビングのテーブルにはチャーハンと鳥の空揚げが少し前にできたことを自己主張するように湯気を立てていた。顔を綻ばせ、両親に朝の挨拶、すでに昼なのだが彼女の気分的には朝であり、そのためそうなってしまったのだ。兄の姿が見当たらなく、聞いてみるとデートに出かけたようだ。適当に相槌をうって、希は席につき、全員
で‘いただきます’という合図とともに食べ始めた。
 昼食をこれまた両親を呆れさせるほど食べた彼女は二階に行き、漫画を読んでいたのだがどうにも今日は調子がよくなく、気分転換と運動を兼ねて外出することにした。赤い校則に則った自転車に跨ると、特に行き先が決まってないのを思い出し、まぁそこら辺をプラプラしようと考えながらペダルを漕ぎ始めた。最初は近くの本屋で新刊が出ていないか確認しようとしていたが、もしそこで本を買ってしまえばその時点で気分転換は即終了となりそれではあまりにもひどいので少し遠いがゲームセンターに行くことにした。
 ゲームセンターでこれでもかといわんばかりの勢いでお金のことなどまったく考えずに、レースゲーム、格闘ゲーム、音楽ゲーム、コインゲームを楽しみ、まだまだこれからだったのだがふと財布の中身を確認すると1000円札が1枚しか残っておらず、‘どうして?’としばらく両替機の前で茫然としていたのだが、自分が使ったのは自明のことでありすぐに後悔の大津波に襲われ急ぎ足でゲームセンターを出るのだった。
 まだまだ秋だとばかり思っていたが、外は4時だというのに少し薄暗く、ラフな格好のため寒い。希はまだ後悔の大津波に襲われている真っただ中であり大きなため息を一回つくと悩んでいてもしかたないとすぐに思考を変え、自転車を漕ぎ始めた。自転車を漕ぎながら本屋に向かっていたのだが、この前友達が言っていたことをお金絡みで思いだした現金な希は行き先を変える。彼女が向かったのは、この前友達が気分的にお賽銭をしたい時だったらしく、そのため近くにある錆びれた神社でお賽銭をし、ついでにおこずかいが増えますようにとお願いしたところ、おこずかいアップはなかったのだが親類が用事で家に訪れることがありそこで臨時収入を得たということだった。
 希は錆びれた小さい神社の鳥居の前に自転車を止めると、期待感を募らせて、鳥居からわずか2メートル離れたところにある賽銭箱の前に行き、何となく願いが叶いそうな気がしてきて財布から50円をいそいそと取り出して、投げる。チャリン。という音と共に50円玉は奥へと落下していった。そして、全力で手を合わせて、希はとにかくお金、お金とつぶやきながらお願いしたのだった。この時、彼女は目を閉じていてため、気づかなかった。小さな光が彼女の身体に吸い込まれるように消えていくのを。
 その日の夜。せっかく本屋にいったのだが、彼女の目当ての新刊は出ておらずそのまますっかり賽銭箱のこともゲームセンターでの後悔と共に記憶の奥底へと消した彼女はシャワーを浴びようと下着を脱いでいる時に気づいた。胸元にある‘怪’という文字に。

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