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あの日から、私は恋をした。

彼は冷静無情。それは朝礼でのスピーチを聞けば手に取るように伺える。
私は他人を下に見る姿勢の人間が何より嫌いだったから、朝礼の生徒会長の話がとてつもなく嫌いな時間だった。
周りの人も私と同じだった。朝礼が終わるたびに生徒会長の悪口をいうクラスメイトばかりで、上辺だけの付き合いだった私もそれによく混じっている。

事が起こったのはその日の帰り。
いつも通りに図書館で返却日までに返せるかわからない量の本を借りてきた私は、野良猫と戯れようとあの神社の遊歩道に向かう。今日は早苗ちゃんも詔くんもいない、珍しく一人の帰り道である。
遊歩道の曲がり角に差し掛かった時だった。
いつもの猫の溜まり場に先客の影が見える。大きめのスーパーの袋に隠れていたのと、私の目が悪いせいで誰かは伺えない。
「あの、いつもいないですよね」
近づいて恐る恐る声をかけた。顔をあげた先客。
例の生徒会長だった。
「ああ、いつもは来るの遅いからな」
彼の傍らで痩せた猫がにゃあと鳴く。猫の咽を撫でる彼は綺麗な笑顔だった。
「生徒会長の長谷川さん、ですよね」
「毎月全校集会でスピーチしているだろ。その質問はどういう意味だ?」
やっぱり苦手だ。嫌な気分が自分の顔に出ていなきゃいいけど。
「や、笑顔が素敵だったので」
「僕という人間を勘違いしているな、僕だって人間だ。笑ったりだってする」
そう喋った長谷川さんは、スーパーの袋から猫缶を取り出した。猫が嬉しそうに彼にすり寄る。
ところが意外に不器用なようで、なかなか缶は重い通りに開かない。苦戦する長谷川さんの姿を眺めて、思わず笑いがこぼれる。
うるさいな、彼は右手で眼鏡を正した。横顔は真赤だ。
「あけますよ」
私は長谷川さんの左手から猫缶を奪い取る。彼が不服そうな顔をした。
「長谷川さんっていい人なんですね」
「いい人の基準は人それぞれだ。猫に餌をやるぐらいでいい人ならば、この世にはいい人しかいない」
変な理屈を並べるのは長谷川さんなりの照れ隠しであろうか。現に今、彼は顔が真っ赤である。
「まあ私基準だったら、少なくとも長谷川さんはいい人です」
私が笑って開いた猫缶を地面に置くと、猫がにゃあと鳴いた。牛のような柄のその猫は、尻尾が無かった。
私の視線に気付いたのか、長谷川さんが私の顔を見てから猫を見降ろした。
「マンクスっていう種類らしい。もともと尾が短い品種だそうだ」
長谷川さんは猫の背を撫でる。嬉しそうに咽を鳴らす猫。
「私も猫好きです」
そう喋ると、やっぱり彼は顔を赤くしてそっぽを向く。
「僕は猫の品種について述べただけだ」
素直じゃないだけなのかな、そう思った。
「明日もいますか」
「明日はわからない。……そうだな、明後日なら6時すぎで確実にいる」
じゃあ私もその時間に来ます、私が言うと彼は立ち上がってブレザー猫の毛を払ってぎこちない笑顔を作る。
「君という存在に興味を持った。無理しなくていい、また会えると嬉しい」
長谷川さんは変な所で素直だった。



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あきゅろす。
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