始まりの合図が鳴り響く
人生ろくなことが起こらないと思う。
例えば死んだ筈なのに転成したとか。
例えば転成先が聞き覚えのある世界とか。
例えば街の外は魔物だらけとか。
例えば魔法が使える世界とか。
例えばその魔法の元の音素の意識集合体と話せるとか。
例えば10歳になった時に親に捨てられるとか。そう、ただいま僕ー元煌王 久遠はとある街に置き去りにされた。今の名前はない、付けてもらえなかったから。
うう…泣きそう。知らない人ばかりだし怖い。でも、街中での犯罪は罪になるし、この街は確か記憶が正しければ宗教地区ダアトだ。こんなこの世界の中心のような街で犯罪を犯す馬鹿は居ないと思う、いやいて欲しくない、でも、やる人居るかも、うわぁ…どうしよう。怖い、ほんと。
悶々と泣きそうな顔で悩んでいる見た目10歳児久遠の様子に、街の人達が段々注目し始める。その様子をある一人の女性が見つめていた。
「どうしよう……金もないし…働くには子供だし…うわ…このままじゃ飢え死?!……いやだ、その死に方は……でも…無理だろう…」
『……久遠、イザトナレバ我ラ音素意識集合体ガ助ケルヨ』
「シルフ…」
フワリと久遠を中心に風が舞い上がる。それに街の人は声をあげたり逃げたりするが、とある女性だけは静かに顔を驚きに満ちさせ、久遠に近付いた。一方の久遠は周りは気にせず不満そうな顔で「風」に話しかけた。
そう、僕は何故かそのこの世界オールドラントを構成している音素の意識集合体と会話が出来る。彼らと話したり、彼らが僕を守ったりするから、彼らの声が聞こえない親が気味悪がって捨てられた…と思う。
「むしろ…お前達のせいなんだけど……」
『トリアエズ、ローレライ教団ニ行クベキダト思ウヨ。彼処ナラ保護クライハシテクレルヨ』
「うん……そうする」
顔をあげたときに一人の女性が近付いてきたのを見た久遠はビビって下がったら、女性は慌てたように声を出した。
「怖がらないで!私は神託の盾騎士団の師団長を務めるゲルダ・ネビリムっていうの」
『信ジテモ大丈夫ダヨ。声ガ聞コエタヨ』
「……なに?」
久遠を護るように吹いていた風はゲルダ・ネビリムと名乗った女性が近付くと自然に収まった。それにかすかにネビリムは驚くが、すぐに久遠の背の高さに合わせて腰を下げた。
「貴方はどうしてここに1人でいるのかしら?」
「…お父さんと…お母さんが…ここで待ってろって……でも…どうせ迎えにこない」
「!……どうしてそう思ったのか聞かせてもらえる?」
「だって…僕のこと…気持ち悪いって……化け物とか…言われてたから……名前も付けてもらえなかったもん」
子供っぽく見せている嘘がバレないか冷や冷やしている久遠とは対象的に、ネビリムは悲痛な表情を見せていた。
こんな10歳の子供が捨てられたことを簡単に理解できるなんて異常としか言いようがない。怖がってはいるが非常に達観的な考えをこの子は持っている。私のこともずっと心の底では疑っているのだろう。
ネビリムはしっかりと久遠の目を見て言葉をかけた。
「そっか…貴方は賢いのね。でも、このままここに居ても駄目なのは分かるわね」
「うん…」
「なら、私と一緒にローレライ教団に来てもらえるかしら?」
手を差し出して来たネビリムを見た久遠。
シルフやノームが黙ったままなので、僕に危害を加える気はない…と思うけど、うん、どうせこのままだと飢え死にだから、飢え死によりはまだマシだ。
久遠は恐る恐るネビリムの手を取った。その様子にネビリムは嬉しそうに笑ってから、手を引いてローレライ教団の方へ歩き始めた。
これが恩師ゲルダとの出逢い。そして僕の人生を変えた人と出会うきっかけなのを、この時の僕はまだ知らない。
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