第3話 物語の始まり
「事件ッスよ!事件ッス!マンションの一室で殺人事件が起きたらしいッス!」
「さぁどうします?御剣検事」
「ム……松山君、君は強いな」
現在怜侍と珈琲を飲みながらチェスをしている。走ってきたノコちゃんには怜侍も僕も目もくれない。
ちなみに、何故チェスをしているかというと僕の正体が気になるらしい怜侍は、今日たまたま非番だった僕をチェスを誘ってきた。勝った方の言う事を聞くと言う条件で。まあ、可哀想なんで勝つ気はまるでないけど。怜侍の父ーー信さんに教えてもらったチェスの腕前は誰にも、怜侍にも負ける気はしない。
「無視しないで欲しいッス!!」
「してないよ。で、ノコちゃん続きは?被疑者捕まったなら問題ないでしょ」
「目撃証言があって逮捕済みッスよ!被疑者は被害者の恋人、矢張 政志。23歳ッス!」
ガタガタンッ!!
「「はぁ!?」」
怜侍と僕はまるで合わせたように一緒に椅子から滑った。まさかの人物の名に反応せざる負えなかった。
矢張政志−−龍一君の親友であり僕の友人でもある男で、相当に厄介な人物で『事件の影にはやっぱり矢張』とまで言われた人物ではあるが、恐ろしく悪運が強いだけで殺人を犯すような馬鹿ではない…はず。
まさかの矢張の登場に頭を抱える僕を怜侍が見ていた事にようやくきがつく。………あ、ヤバイ。すっかり隠してるの忘れてた。流石に矢張と知り合いだってバレただろうな。
「いっ糸鋸刑事、詳しい話を聞かせたまえ」
「?…了解ッス。被害者はモデルの女で、鈍器で殴られて即死ッス。目撃者は新聞勧誘の男ッス。被疑者が被害者の部屋から出ていくのを目撃して、部屋を覗いたら被害者が死んでいたそうッスよ」
「(矢張の奴、絶対に罪を擦り付けられたな)」
「………糸鋸刑事、すぐに別の被疑者を探す事をオススメする」
怜侍が溜め息をつきながら、ノコちゃんを指で指した。あれは癖なんだろうな…。
全てを有罪にすると噂の御剣検事も、流石に矢張を犯人扱いする気はないらしい。というか、被疑者にしたら法廷引っ掻き回された上で負ける事確実だもんな…。
「何でッスか?」
「………最近は会っていなかったが、恐ろしいことに矢張は小学校からの私の友人だ」
「えぇぇぇええ!!!」
「『事件の影にはやっぱり矢張』と言われるほどだが、こいつは運が無いだけだ。余計な事はよく口走るが」
怜侍の台詞に思わず口が緩む。
まだ矢張の事友人って思ってるんだ、良かった。なら、龍一君も友人と思っているのだろうか。怜侍は龍一君が弁護士になったのを知っているのかな、龍一君が怜侍に避けられてるって言ってたけど。
「御剣検事が言うなら自分もう一回被疑者洗い直してくるッス!」
「ねぇノコちゃん。弁護士と検事は名乗り出てないの?」
「さっき二人とも名乗り出て来たッスよ」
「誰だろうか?」
「検事は新人潰しの亜内検事ッス。弁護士は綾里法律事務所とか言う所の新人の弁護士が出てきてたッスよ…確かナルホドとか言う奴だったはずッス」
ガタガタンッ
体勢を立て直していた僕と怜侍は今度は本気でこけた。
ちょっと待って!!マジで?!聞き間違いじゃないよね?!
「な…成歩堂だと!?」
「ノコちゃんそれマジで!?」
「へ!?ま、間違いない無いはずッスよ」
「いくら矢張の為とはいえ1回目から殺人事件扱う気なの!?龍一君は!!あのバカ!!」
「そうッス。と、いうか松山二人を知ってるんスか?」
「あっ!」
しくじったと思って思わず口を手で押さえるが遅かったらしい。微かに複雑な表情をした御剣検事が僕を見ていた。うう…本当に馬鹿してしまった。
「……松山君、君は矢張と成歩堂を知っているな」
「………さっ、さあ」
「誤魔化しても無駄だ。先程成歩堂の事を龍一君と呼んだな?糸鋸刑事はフルネームで呼んでいないのに下の名前を君は言った。確実に成歩堂と知り合いでないと知り得ないことだ。それに成歩堂の苗字からして単なる知り合いでは下の名前で呼ばれる事はまずあり得ないだろう。余程親しい者であっても数少ないと記憶しているが?」
「うぐっ…」
「それに先程の反応は矢張とも知り合いだな。成歩堂との親しさと矢張と友人であるならば、当然導き出される疑問は私の事も知っているという可能性だ。さあどうかな?」
得意げな怜侍に苦笑いしか返せなかった。
完全に逃げ口塞がれた。流石名を轟かすだけある天才検事。ちょっとした隙をつかれました…こりゃ参ったな。
「松山、御剣検事相手に隠し事は諦めた方が良いッスよ」
「……僕を忘れてるくせに偉そうにすんな、アホ」
ムスッと怒った顔で怜侍を見てやったら、腕を組んで複雑な表情をして僕を見ていた。
別に名乗り出ても良かった。けれど、海外から帰ってきたら連絡一切取れないし龍一君から聴いたとおり、昔の知り合いを避けているらしくてどれだけ連絡いれても無視された。だから、こうして無理矢理にでも会う必要が会った。龍一君が怜侍に会う為だけに弁護士を目指し始めたのと同じく、僕も怜侍の為に刑事という道を進んだのだから…。
怜侍の様子からしてどうやら思い当たってはいるみたいだが確信がないようで。まさか本気で性別間違って気がついてないとかいうパターン?!
怜侍はいっとき悩んで口を開いた。
「………小学校のあの時も一緒だったか?」
「むしろ、信さんと知り合いだったんですけど」
「………女、か?」
「男と間違えてたなら殴るよ」
「陸…なのか?」
ようやく気がついたらしい。本気で男か女で迷ってたのかこいつ。友人に性別間違えられたとかちょっと本気で一回殴りたい。でも、まあ自分から気がついたんでチャラにしてやろう。
重苦しい雰囲気を変えるべく、ニッと笑って怜侍の前に立つ。
「ようやく気がついてくれたね。全く気がつかないから忘れ去られたんじゃないかって思ったよ。では、改めて。久し振り怜侍」
「ああ、しかりと思い出した。久しぶりだな陸。気がつかなくてすまなかった」
「自分で思い出したから特別に許してあげる」
「松山っておんな゛っ!?!?」
言い終わる前に速攻でノコちゃんの腹に一発パンチを入れた。
ノコちゃんてっきり知ってると思ってたけど勘違いしてたのかよ!?ノコちゃん後輩の性別間違えてるとか酷い!!
「糸鋸刑事、彼女にそれは禁句だ」
「自分も言ったくせに」
「ム……すまない」
「というかノコちゃん、早く被疑者洗い直しに行ったら?僕は今日非番だし」
「わ…分かったッス」
ノコちゃんは腹を抑えながらよろよろ出ていった。ちょっとやり過ぎたかな…まあ大丈夫でしょ!ノコちゃんだし!
ノコちゃんが出て行ったのを見送ってから、ようやく落ち着いてお互い席に座り直した。
「ふっ…君は相変わらずの男前のようだ」
「それ嬉しくない」
「変わらないな陸は」
笑いを漏らした怜侍に少し安心する。あからさまに拒絶されないか少し不安だった。
でも、彼が龍一君や矢張を避けてる事には変わりない。それに彼が背負った闇はとても深いと思う。それを軽減したい、いやして見せるよ。龍一君ばかりに任せてられないからね。
「……怜侍、一人で背負うなよ。僕や龍一君は味方だからな」
「そういう台詞が男前だと言ってるのだ」
「んー…別に女が言ってもいいじゃん。男女差別はんたーい!」
「男女差別ではない!」
「冗談だよ怜侍」
僕とわかったおかげか会話が先程よりスムーズになる。
僕も怜侍や矢張と話始めたのは、あの龍一君が犯人にされた小学校の学級裁判からだった。龍一君とは元から仲が良かったというか幼馴染だし、当然龍一君と仲良くなれば僕も、というわけだ。
怜侍は昔可愛かったよなぁ、夢持ってキラキラした目をしていて。あれから随分時が経った。幼い頃の顔立ちは残りつつも大人の男らしくなり背も随分と高くなった。随分信さんに似てきたのではないかと思う。
マジマジと久しぶりに怜侍の顔を見ているとバッチリ目があって咄嗟に目を背ける。うぐぐぐぐっ…顔に熱が集まってる。昔から全く気持ちが変わらない自分にちょっと呆れる。僕も馬鹿じゃないからわかっている。怜侍に惚れてることくらい…しかもかなり。
「陸、糸鋸刑事の乱入で中断してしまったがチェスの続きを再開しよう」
「おお、おう!負けないよ!怜侍」
改めて怜侍の事を好きだと自覚して彼と久々に話した事による熱の上昇で集中力が散漫してミスをしてしまい本気で怜侍にチェスで負けた。
これこそ惚れた弱みだ…。
(チェックメイト)
(あぁ!しまった!!)
(私の勝ちだ)
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