双子の宴 代償 寂れた倉庫の奥にある、幹部しか入らない部屋に勇を含めた幹部8人が集まっていた。ソファーに深く腰掛け、紫煙を燻らせてリラックス状態にいるのは勇だけで、他の男たちはどこかピリピリとした空気を放っていた。 「・・・総長、どうするんですか?」 その空気に耐えきれなくなったのか、幹部の一人がどこか切羽詰まった様に声をかけてくる。勇は眉間に皺を寄せ、「何がだ」と問う。 「いや、その、この間の、30万・・・」 幹部が恐る恐る答えると、ますます眉間の皺が深まる。 「あいつ、本気ですかね、支払いが出来なかったらって、話」 「・・・もしあいつが来ても今度は大丈夫だ」 そう言って横に置いてある銀色の鈍い光を反射する鉄パイプに目をやる。今、チーム全員に持たせている物だ。 2週間前にヤマトと名乗る男が乗り込んできた。そいつは門番としていた男や殴り掛かった男たちをたった一人で床に倒し、勇に関節技を決め、30万の請求書を残し去って行ったその男。 敵対チームの総長とその幹部を、たった一人で倒し、その総長を連れ去ったと噂される。 「けれど総長、」 「いざとなったらこいつでやるしかねぇ」 副総長が口を開いたが、勇はそれを遮って断言する。 ヤマトの実力は身に染みて分かっている。だが30万などと言う大金を簡単に都合できるほどの財力は、残念ながら勇のチームには無かった。 だから、もしヤマトが再び訪れたら武器で応戦する。それが勇たちが選んだ方法だった。 『もし払えなかったら、こんどはあんたたちの身体で払えるようにしてやるよ』 笑顔のまま、冷たい声で放たれた言葉。笑い飛ばしてしまいたいが、笑い飛ばせるほどの余裕は無かった。それ程までヤマトという男の存在はチーム全体に恐怖を植え付けた。 大丈夫だ、今度は返り討ちにする。 副総長が何かを考えるように俯くその前方で、紫煙を睨みながら、自分に言い聞かせた。 下っ端の二人と連絡がつかない、という報告はその次の日だった。 敵対チームの総長の姿が消えてから、そのチームの人間から個々に喧嘩を売られることが増えたため連絡は密に交わしていた。そのため異変にはすぐに気付けた。 買い出しに出てから戻ってこない。 だが二人のバイクは近くのコンビニに駐車されたままなのは確認できている。 とにかく二人の姿だけがどこにも見当たらないと言う。 張りつめていた空気がさらにピリピリし。 そしてその空気が変わったのは、さらに次の日だった。 「お前・・・どこ行ってたんだよ!」 メンバーの一人が嬉しそうな声を上げ、入り口に立つ青年に駆け寄った。それは前日に連絡が取れなくなったうちの1人。 どこか覚束ない足取りで倉庫の中に入ってきた彼を、メンバーが囲むように近寄る。勇も驚き、座っていた廃車の屋根から降りた。 青年は近くまできた勇に気付き、「総長、」と呟いて勇の腕を掴む。 「お、おい、」 「総長、金、払って下さい・・・」 震える声で、懇願する青年に周囲のメンバーは驚く。 ただでさえ下っ端の人間が総長に声をかける事自体が暗黙のルールを違反しているのだが、青年はあろうことか腕を掴み、チーム内で決して触れないようにしている話を持ち出してきたのだ。 勇の顔が険しく顰められるが、誰もどうすることも出来ない。それどころか青年は苦しそうに続ける。 「このままじゃ、俺ら、あいつらみたいになっちまって、そのまま、マジで潰されます・・・あいつらに、消されちまいます・・・だから、」 「・・・うるせぇ!」 掴まれた腕を振り払い、勇は青年の腹を蹴った。容赦ないそれは青年を入り口まで吹き飛ばし、床に転がした。 「びびって隠れてたのか?あ?命令違反してんじゃねぇよ」 苛立ちを隠そうともせず、勇は青年に近付き、腹に足を乗せて体重をかける。 「ぐ、あぁっ!!!」 「っハ!大体あいつらってどこのチームだよ?奴が消えてから俺らのチームに逆らう奴らなんざいねぇだろうよ」 ガっ!と横腹に蹴りを入れられて青年は身体を丸めて呻く。勇は唾を吐き捨て、そのまま踵を返した。固唾を呑んで事の成り行きを見守っていたメンバーは道を開ける。 そのまま奥の部屋へ行こうとしたとき。 「おい、お前・・・どこ行くんだよ?!」 メンバーが青年を止める声が響く。怪訝そうな顔をして勇が振り返ると、青年は自分の方を抱いて倉庫からふらふらと出て行こうとしていた。 「おい!!」 「、行かねぇと・・・」 熱に浮かされたように青年は呟き、外へ出て行った。あまりにも様子のおかしいその行動に誰も動くことができずに、ただ勇を振り返り、表情で「どうしたらよいか」を伺ってきた。 だが今の勇には煩わしく感じ。 「放っておけ」 怒気の含められた声だけが響いた。 そしてその日の夕方。またメンバーの一人との連絡が途絶えた。 そして次の日。奥の部屋で昼寝をしている時のこと。幹部が転がり込むように部屋に入ってきた。 「そ、総長・・・起きて下さい総長!」 「・・・あー?」 気持ち良く寝ているのを邪魔され、顔を顰める。だが幹部の男は気にせず、青ざめた声で告げる。 「い、今!一昨日連絡のつかなくなったトシが戻ってきたんス」 その名前は確かにいなくなった一人だ。一昨日までは名前なんて知らなかったが。 「そいつが、昨日の奴と同じこと叫んで・・・」 「んだと・・・?」 体を起こしながら聞いた内容に、声が自然と低くなる。 「今もいんのか?」 「いえ、それが、昨日みたいに訳のわかんない事言って、どっかに・・・」 「・・・どんなことだ」 「戻らないと死ぬとか、耐えきれない、だとかです」 その言葉に頭を米神に指を当てる。昨日の青年の言葉が不意に思い出されたのだ。 『このままじゃ、俺ら、あいつらみたいになっちまって、そのまま、マジで潰されます・・・あいつらに、消されちまいます・・・』 誰のことを言っているのかが全く理解できないだが、だが・・・と考え出した矢先、男は「それから」と言葉を続けた。 「ま、また一人、連絡がつきません・・・」 そして告げられた名前は、構成員の一人。喧嘩っ早いが勇に対する忠誠心が非常に高い男の名前で、勇は弾かれたように顔を上げた。 「おい、マジでどうなってんだよ?!」 堪えかねたメンバーが遂に声を上げたのは異変が起き始めてちょうど一週間に当たる日。 この6日間の間に7人が失踪し、そして失踪した2日目にはふらりと戻ってきては1日目の青年と同じような言葉を告げ、そしてまた消える。 後をつけたメンバーが言うには、黒いバンに乗って何処かへ行ってしまったらしい。 運転席に居たのは40代ほどの見慣れない男だとか。 そして今日もまた8人目と連絡が取れなくなり、6人目の男が悲鳴のような声で同じ言葉をいい、ふらふらと消えた。 「総長、何が一体起きてるんですか?!」 「金返せって、あの30万のことなのかよ・・・?」 「意味わかんねぇよ・・・どうしてあいつら・・・」 一度吐き出せばその連鎖は止まらず。勇はしばらく考え込み、がたりと立ち上がった。 ようやくざわめきが止まったチームをぐるりと見渡し、後をつけたメンバーを見つける。 「おい」 「は、はい!」 「・・・あいつらが行ったそのバンの場所、教えろ」 そこは徒歩で10分所にあるホームセンターの駐車場。その駐車場に、定休日で一台も停まっていないはずのそこに、確かに黒いバンが停まっていた。 勇はズボンのポケットに手を入れて歩いて行く。後少しで着くという距離で、後部座席のドアがスライドして開いた。 「っ・・・!」 「よぉ、久しぶりー」 そこから出てきたのは3週間前にチームに恐怖を植え付けた男。相変わらずにこにこと笑い、警戒心を全く見せないヤマトだった。 だが勇はそのヤマトの後ろに見えた光景に動けなくなった。 「意外と冷たいんだなー。一週間も部下が消えてんのに全然動かねぇから、いい加減行ってやった方がいいかと思った」 くっくっと喉で笑っていい、そして勇の視線に気づいた。 「ああ、今、ご褒美タイム。ちゃんと俺の『お願い』としてきてくれたからなぁ」 そう言って見やすいように身体を入り口から少し移動する。 そこにいたのは椅子にうずくまり、ズボンを下ろしてそこをぐちゃぐちゃにした男で。 先程、勇たちに「金を払ってくれ」と悲鳴を上げていた男だった。 尻が勇から丸見えになるが、男は全く気にする様子も無く息を荒げて震えていた。 「あ、あひぃ、らんれ、らんれぇ・・・」 「お前のトコの総長が来てくれてんだから挨拶したらどうだよ」 笑って告げるが、男は身体を起こして肩ごしに振り返り、切なげに顔を歪めて言う。 「や、やらぁ・・・はやく、はやく痒いの、とってぇ・・・」 もじもじと腰を揺らすその前部では自ら流した蜜で濡れて光るペニスが反り返り、揺れていた。 「っ・・・!」 「はやく、はやくぅ・・・」 「あーはいはい、ちょっと待ってろってー。親父、ちょっとしばらく宜しく」 扉を閉めながら言うと、運転席から「全く人使いの荒い息子だね」と柔らかな声が聞こえた。 ばたん、と扉が閉まると、非現実的な世界から勇の意識は引き戻され、言いようのない怒りに襲われる。 「て、めぇ!!!」 それだけで人を殺しそうな怒りの目を向けるが、ヤマトは全く気にすることなく荷台の扉に手を掛ける。 「言っただろ?払えなかったら身体で払えるようにするってさぁ」 「っ、これが、そのやり方かよ?」 ヤマトに走り寄り、その肩を掴もうとするが、腹に強い衝撃を受けてその場に膝をついた。 「が・・・!?」 それはヤマトが振り向きざまに強く蹴ってきたためだと気付くには少し時間が必要だった。 「止めてほしけりゃ早く金払えよ。そしたらこんなことしなくて済むんだからよぉ」 声は笑っているが目が全く笑っておらず、勇は背筋に冷たいものが走るのを感じた。そしてそのままがらりとドアを上に開いた。 そこにいたのは、今日連絡が取れなくなったメンバーの一人で。そして勇が腰を上げるに足る人物。 「薬で寝てるだけだぜ。ただこいつ偉いよなぁ。あんたのチームのために昨日ココに来てさ、頭下げてきたんだぜ?」 ぐったりと横たわったその身体はピクリとも動かないが、確かに胸は上下運動を繰り返している。ただその頬は僅かに上気し、眉間に皺を寄せて汗を流していた。 「だけど約束を破って悪いのはどっちかってちゃんと理解してたからさぁ。こいつ自分が払うって言って来てさぁ」 律儀だよなぁーなんて笑みを絶やさず、置かれていた紙袋を手に取り、未だ座り込んで動かない勇の足もとに投げ捨てる。 「今週しっかり教え込んで、来週から一か月で返せるように仕込んで、そっから返済出来るようにしてやるよ。そしたらどんだけ減ったか、あんたの部下使って教えてやるからなー」 よいしょ、と荷台に乗り、扉を内側から閉める。 「あ、それあんたの部下の映像入ってるから。やるよ、特別に無料ぉー」 そう言い残して。 車が走り出しても勇はその場から動くことができなかった。だがしばらくしてなかなか戻らない総長を心配した幹部たち6人が走ってきた。 「総長!!」 「大丈夫ですか?!」 口々にいい、放心状態にある総長の肩を揺さぶる。だが幹部たちは青ざめたまま、早口のまま何かを勇に言うが、全く耳に入らず。 ようやく意識を戻した勇は「なんだ」と弱々しく問う。幹部たちは顔を見合わせ、だがもう一度同じセリフを勇に言った。 「副総長、見つかりましたか?!」 (いなくなったのは支柱の一人) [*前へ][次へ#] [戻る] |