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無冠の皇帝【01】連合から来た男
閑話◆新型試験航行しました

 通信席から〈新型〉のブリッジ内を見渡していたイルホンは、先ほどから覚えていた既視感の正体に気がついて、あっと声を上げた。

「さっきから、何か懐かしいなあと思っていたら……〈孤独に〉で初出撃したときと同じ顔ぶれなんですね。マシムがいませんけど」
「イルホンくん」

 操縦席にいるドレイクが、正面を向いたまま、生真面目に言った。

「艦長もいません」
「そうですね」

 イルホンも真顔でうなずく。

「艦長席を留守にしていることが多いので、気がつきませんでした」
「そういや、『帝国』の軍艦《ふね》は一人きりでしか操縦したことなかったな」

 イルホンの嫌味を、ドレイクは華麗にスルーした。

「操縦席で操縦したのもこれが初めてだけどな。……マシムやスミスより乗り心地悪いだろ。船酔いしたらすぐに便所に行けい」
「いえ、特に差は感じませんが?」

 これは嫌味でなく本音だった。

「そうかあ? でも、俺はマシムみたいには操縦できねえな。見ろ、あの自由奔放な動きを。まるで本物の無人艦みたいだぞ」

 言われてスクリーンに目をやれば、外見だけ旧型無人砲撃艦が〈ワイバーン〉の周囲を落ち着きなく飛び回っている。

「あれはたぶん、己の欲望のおもむくまま、〈ワイバーン〉を撮影しまくっているだけだと思いますが」
「動機はともかく、あんなふうに動かせるってことが重要なんだ。ああいうのがもう二人くらい欲しいんだけどな。あれほど〈ワイバーン〉愛なくてもいいから」
「〈ワイバーン〉愛ゆえに、ああなれたんじゃないんですか?」
「やっぱり、愛がないと駄目か。マシムに匹敵する〈ワイバーン〉愛の持ち主っていったら、あとは殿下くらいしかいないぞ」
「いや……殿下は別に〈ワイバーン〉だけが好きなわけでは……」
「まあ、冗談はともかく、今すぐ欲しいのは、無人艦に見えるようにこいつらを動かせる操縦士だな。……ギブスン、今暇だろ? シェルドンにこの型の砲撃の仕方、教えてやれ」
「え?」

 と声を上げたのは、ギブスンとシェルドン同時だった。

「ついでに、〈旧型〉と本当に同じになってるかどうか確認してくれ。違ってたらクラークさんに苦情入れるから」
「……イエッサー」

 上官命令には逆らえない。ギブスンは軽く溜め息をついて答えたが、そんな彼をティプトリーがひそかに睨みつけていた。が。

「あと、ティプトリー」
「は、はい!」

 いきなり名前を呼ばれたティプトリーは、あわてて自分の右隣にいるドレイクを見た。

「おまえはそこが〈ワイバーン〉と同じになってるかどうか確認。あと、あの〈ワイバーン〉と〈旧型〉、テストがわりに録画してくれ。……微笑ましいだろ?」

 長い前髪に隠れがちな黒い瞳を細めてドレイクが笑う。
 それにつられて、ティプトリーも笑みをこぼした。

「イエッサー」
「それと、イルホンくん」
「はい」
「そこから〈ワイバーン〉と〈旧型〉に通信入れることってできる?」
「ビデオ通信ですか?」
「いや、音声のみの通信でいい。……できそう?」
「……まだ白紙¥態ですね」

 コンソールを操作しながら、イルホンは答える。

「なぜか〈フラガ〉とは通信できるようになってますけど」
「何でだ」
「ちょっと待ってください。〈ワイバーン〉の通信コードならメモってあるはず」

 そう言って、イルホンが上着の内ポケットから黒革の手帳を取り出すのを見たティプトリーは、半ば呆れたような顔をした。

「イルホンもすっかりアナログになったね……」

 だが、実はそう言うティプトリーも、最近ノートと鉛筆を愛用している。ドレイク大佐隊は乗艦は最新鋭だが、その乗組員たちは逆にレトロ化していた。

「使い出すとこっちのほうが楽になっちゃって。……あ、あった」

 手帳をめくって目的のコードを見つけ出したイルホンは、本職の通信士並みの速さでそれを打ちこみ、〈ワイバーン〉に通信を入れる。

『おう、びっくりした』

 スピーカーから流れてきたのは、フォルカスのおどけた声だった。

『殿下通信≠ゥと思っちまったぜ。いったい何事?』
「驚かせてしまってすみません。今は操縦士をしている艦長から、〈ワイバーン〉と〈旧型〉に通信を入れられるかどうか確認するよう命じられまして。申し訳ないですが、〈旧型〉の通信コードを教えていただけますか?」
『あー……それならこの〈新型〉の通信コードを、そのままキメイスに教えちまったほうが早いかなあ……今、インカムでダベってた』
「あ、そのほうが早いかも。よろしくお願いします」
『じゃあ、いったんこの通信切るぞ』

 その言葉どおりフォルカスが通信を切ると、ほどなく〈ワイバーン〉以外の軍艦から通信が入った。

『……こちら〈旧型〉です。フォルカスから話は聞きました……』
「キメイスさん……どうかしたんですか? 具合悪そうですけど」

 ソフィアにいたときとは別人のように弱々しい師匠≠フ声に眉をひそめる。

『軍艦乗って船酔いになったのは、訓練生のとき以来だよ……』
「ああ……なりそうですね、あの動きじゃ」

 イルホンは思いきり納得した。いくら重力ジェネレータが働いていても、あれではほとんど意味がないだろう。

「すみません、ちょっと待っててください。……大佐、〈ワイバーン〉とも〈旧型〉とも通信可能です。今、〈旧型〉のキメイスさんとつながってますが、船酔いで具合悪いそうです」
「そっちが船酔いか!」

 意地の悪いことに、ドレイクは大笑いした。

「じゃあ、船酔いのとこ申し訳ないが、インカムなしで三隻のブリッジが同時に会話する方法はないか訊いてみてくれ」
「船酔いで具合の悪い人にほんとに容赦ないですね。……キメイスさん、大佐からの質問、そのまま伝えます。船酔いのところ申し訳ないが、インカムなしで三隻のブリッジが同時に会話する方法はないか≠セそうです」
『インカムなし……ああ、ならインカムを使わなければいいんだ』
「は?」
『まずこの通信回線を切断する。今度はインカム専用の通信回線を使って〈ワイバーン〉に接続する。つまり、〈ワイバーン〉を会議室がわりにして会話することになるんだが……スムーズに会話できるかどうかはわからない』
「そうですか。とりあえず、試してみます」
『フォルカスには俺のほうから伝えとく』
「お願いします」

 イルホンがそう答えたと同時に、〈旧型〉との通信は切れた。

「ええと、インカムのほうの通信コード……」

 再び手帳を繰り出したイルホンに、ティプトリーが今度はやや怯えたような視線を注ぐ。

「その手帳、何でもメモってありそうだね……」
「だからいつも内ポケットに隠してあるんだよ……あ、これだ」

 極秘情報満載の手帳から〈ワイバーン〉のインカム専用通信コードを発見したイルホンは、今度はそのコードを使って通信を入れた。

「こちら〈新型〉です。……聞こえますか?」
『聞こえるよ』

 とフォルカスが返答した。それとほぼ同時にキメイスも応答する。

『俺も聞こえる』
「大佐!」

 つい嬉しくなって、イルホンはドレイクを振り返った。

「今、フォルカスさんとキメイスさんの声、聞こえました?」
「おう、聞こえた」

 振り返りはしなかったが、ドレイクの声も弾んでいる。

「じゃあ、これからはインカム使わなくても、この方法で三隻同時に話せるな」
「……と大佐が言っていますが、聞こえましたか?」

 通信席のマイクに向き直ってそう訊ねると、少し間をおいてキメイスが答えた。

『駄目だ。大佐の声までは、そこのマイクで拾えない』
『こっちも駄目だ。……どうすりゃいいんだ?』
『各席にインカム用のジャックがあるから、そこに集音マイクを接続すれば拾えると思うんだが……大佐はブリッジ内を徘徊してるからどうかな……』
『声でかいから、高性能マイクなら拾えるんじゃないか?』
『ああ、そうだな。いずれにしろ、今は試せないな』
「声でかくて悪かったな」

 ぼそりとドレイクが言ったが、もちろんその声はフォルカスたちの耳には届かない。

「そうか、マイクが必要か。……うん、わかった。イルホンくん、ありがとう。二人に礼を言って通信終了してくれ」
「イエッサー。……大佐の声、やっぱり聞こえませんでしたよね? わかった。ありがとう≠ニのことです。キメイスさん、船酔いしてるのにすみませんでしたね。確か、救急箱に酔い止めの薬が……」
『知ってるけど、取りに行けない……』
『吐きにも行けないな』
「後ろから見てると、〈旧型〉、本当に無人艦みたいですよ」
『〈新型〉はきれいに飛んでるな』

 バックモニタで見ているのか、フォルカスがそう言った。

『本当に大佐が操縦してるのか?』
「してますよ。証拠写真、撮っておきますか?」
『おお、撮っといてくれ。で、あとで俺にくれ』
『あ、俺も。ものすごいレアだ』
「わかりました。じゃあ、通信切りますね」
『えー、もっとおしゃべりしようよー。スミスさん、操縦に集中してるからしゃべれないんだよー』
『集中せざるを得ないよな。〈ワイバーン〉マニアが周りを飛び回ってるから』
『そういや、キメイス。〈ワイバーン〉、ちゃんと録画できてんのか? できてなかったら、それこそ〈ワイバーン〉マニアに……』
『……急に不安になってきた』
「えー……とりあえず、切ります。ありがとうございました」

 どさくさにまぎれて、イルホンは通信を切った。それを見計らったように、ドレイクが声をかけてくる。

「俺のインカム、〈ワイバーン〉から持ってくればよかったな」
「そうですね。ところで大佐。証拠写真、撮ってもいいですか?」

 そう言い終えたとき、イルホンの手の中にはすでにカメラつき携帯電話があった。

「肖像権料とるぞ」

 前を向いたままドレイクは言ったが、その声音は呆れたように笑っている。

「別にこれで商売しようなんて考えてませんから」

 内心、司令官ならこれをいくらで買い取ってくれるだろうと考えてはいたが、それはもちろん口には絶対出さない。

「あ、俺も撮っていいですか?」

 ドレイクの隣の席にいるシェルドンが、嬉々として便乗してきた。

「俺も俺も」

 シェルドンのそばに立っていたギブスンまでそう言い出してきたが、彼の場合、シェルドンとは違って絶対商売しようと考えていそうだと思えてしまうのは、やはり人徳の差というものだろうか。

「人が今、身動きとれないのをいいことに……」

 しかし、ドレイクは撮影拒否はしなかった。

「あ、無人艦」

 ギブスンたちと一緒に証拠写真を撮っていたイルホンは、ふとスクリーンを見て、思わず声に出した。
 無人艦が整然と隊列を組み、こちらに向かって飛んできている。当然、とうにそのことを把握していただろうドレイクはのんびりと言った。

「ソフィアに帰港するんだろ。〈フラガ〉が今どこにいるかはわからんが。……遠隔操作範囲広すぎ」
「〈フラガ〉の遠隔操作範囲内にいるときと、あのソフィアにいるときだけ自爆しないんですよね」
「本当に、謎だらけだよな、無人艦」
「護衛艦隊の最重要機密ですね」
「ま、知らぬが花だな。……それにしても、ずいぶんバラけて飛んでるな。いつももっと固まってるのに」

 イルホンはしばらく考えてから、ぬるく笑った。

「きっと、俺たちは知らないほうがいい事情があるんでしょう……」

 そして、たぶん知られたくないとも思っているはずだ。
 あのドレイクマニアな司令官殿は。


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