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無冠の皇帝【01】連合から来た男
閑話◆ソフィアに行きました

 〈ワイバーン〉乗組員の中でいちばんはしゃいでいたのは、いちばんおっさん≠フドレイクだった。

「宇宙港っていうからステーション想像してたけど、これはもう要塞だろ、要塞!」
「コクマーの小衛星の一つを改造したそうです。今はほとんど無人艦専用基地みたいなもんですよ」

 ドレイクいわく要塞=\―皇帝軍護衛艦隊専用港ソフィアに唯一来たことのあるスミスは、〈旧型〉と共に指定された有人艦専用の発着場に〈ワイバーン〉を停止させてから、ほっとしたようにドレイクに応えた。

「SFだ。まさにSFだ」
「『連合』にはなかったんですか?」
「少なくとも俺は知らんね。空港と大差ないのばっかりだった」

 有人艦専用の発着場の出入口は、蜂の巣穴によく似ていた。分厚い三重の障壁によって外界から遮断された後、有害物質を持ちこんでいないかなどのチェックを受け、発着場内に新鮮な空気が送りこまれてから、乗組員たちはようやく下船を許された。

「大佐ー」

 〈旧型〉から降りてきたフォルカスが、笑いながら右手を振った。

「おう。改造車≠フ調子はどうだ?」
「バリバリっすよ。飛ばし屋が……あ、〈ワイバーン〉をチェックしてる!」

 全員の目が〈ワイバーン〉に集中する。その船体には、いつのまにかマシムが張りついていた。

「傷はつけていない! つけていないはず!」

 両手で頭を抱えながら、スミスが自分に言い聞かせていた。

「あいつ、傷が増えてるかどうかわかんのかね」

 さすがに呆れたようなドレイクのセリフに、フォルカスが苦笑いする。

「わかるんじゃないんすか? 〈ワイバーン〉愛で」
「あれくらい愛のある整備士はいないのか?」
「たぶん、いないっす」

 フォルカスがそう答えたとき、発着場の中央にあった自動ドアから、作業着姿の黒髪の男が一人入ってきた。ドレイクと同年代くらいの中肉中背の男だったが、彼より身なりははるかにきちんとしている。男は一同に対して敬礼したが、それにまともに答礼できた隊員はごくわずかだった。

「初めまして。開発部のクラークです。どうぞよろしくお願いいたします。失礼ですが、ドレイク大佐は……?」
「うぃーす。俺でーす。よろしくお願いしまーす」

 まさか、無精髭を生やしたぼさぼさ頭の男が大佐≠セったとは想像もしていなかったようだ。クラークは唖然としていたが、自分の役目を思い出し、あわてて頭を下げた。

「申し訳ありません。失礼いたしました。……新型はこの隣の発着場にあります。すぐに発進できる状態にしてありますので」
「いつものことながら、殿下、手回しよすぎ。ちなみに、無人艦建造工場の見学は不可?」
「はい。申し訳ありませんが、軍事機密なので」

 これといった特徴のない顔に、困ったような笑みが浮かぶ。

「いやいや。クラークさんが謝る必要はないから。無人艦を有人艦にするのは大変だったでしょ?」
「それはまあ……分解して組み立て直すようなものですから」

(あ、この人、ほんとに現場の人なんだ)
 そう思った瞬間、イルホンははっとしてドレイクを見た。
 ドレイクは過剰なほど愛想よく笑っていた。

「わがまま言って、ほんとにすいませんでしたねえ。ところで、クラークさんはいつからここで働いてるんですか?」
「二年前からです。では、ご案内いたしますのでどうぞ」

 クラークは一礼して、自動ドアの外に出た。自動ドアの外には、意外に狭い通路があった。ドレイクたちを先導して左方向にしばらく歩いたクラークは、先ほどと同じ形状をした自動ドアの前で立ち止まると、認証装置を操作してドアを開けた。

「どうぞお入りください」

 中に入った一同は、思わずおおっと声を上げた。

「〈新型〉だ。こんなに近くで初めて見た」
「そりゃそうだ。見れたらおかしい」
「〈旧型〉より流線形?」
「だから機動性あがったんじゃないか?」
「ということは、今日よりもっと速く飛べる……」
「やめろ、飛ばし屋! あれ以上飛ばしてどこに行く!」
「クラークさん、新型も旧型と操作方法は同じですか?」

 隊員たちの私語は放置して、ドレイクが真面目に質問する。

「はい。〈ワイバーン〉と同様にとのことでしたので、そのように」
「クラークさんは〈ワイバーン〉の改装にも関わってるんですか?」
「直接は関わっていませんが、あちらとデータを共有していますので。〈ワイバーン〉と同じようにと言われれば、同じようにできます」
「なるほどね。クラークさん、今、名刺持ってます?」
「は? あ、ちょっと待ってください」

 クラークがあわてて自分の作業着のポケットを探りはじめる。それを横目にドレイクは今度はイルホンにこう訊ねてきた。

「イルホンくん、俺の名刺持ってる?」
「不思議ですよね。どうして俺が大佐の名刺持ってるんでしょうね」

 嫌味を言いつつも、イルホンは名刺入れからドレイクの名刺を一枚取り出し、ドレイクに手渡す。その間に、ようやくクラークは名刺を発見した。

「じゃあ、クラークさん。今さらだけど握手と名刺交換。もしコクマーで働きたくなったら、うちに来てくださいよ」
「え?」

 ドレイクと握手と名刺交換をしたクラークは、とまどったように言葉を返す。

「あの、私は一応、開発部の人間なんですが……」
「希望すれば転属はできるでしょ。うち最大のメリットは……何だろうね、イルホンくん」

 イルホンは迷わず言った。

「この人が殿下にお願いすれば、たいていのものはすぐに手に入ります」
「ええ?」
「たとえば、旧型は三日で入手できました。しかも、隊のドックまで直接お届けです」

 そのとたん、クラークの顔色が一変した。

「三日!? 旧型のほうが手間がかかるのに三日!?」

 それを見て、ドレイクが生ぬるく笑う。

「あ、やっぱり旧型のほうが大変なんだ……」
「あと、大佐がこうなので、部下もあのように自由《フリーダム》です。仕事さえきっちりこなしていれば、多少の逸脱は容認されます」
「イルホンくん……何もそこまで本当のことを言わなくても……」
「いえ、やはり真実は最初から明かしておかないと」
「ええと……そうですね。もしコクマーに戻ることになったら、そのときはお願いします」

 そう答えたクラークの笑顔は、かすかに引きつっていた。

「そうね。コクマーに戻ることになったらね。……んじゃあ、俺らは今からコクマーに戻るぞ。俺の操縦で〈新型〉に乗りたい命知らずはいますか!」

 ドレイクはふざけて言ったが、全員真顔で手を挙げた。

「何で全員手挙げてるんだよ。スミス、マシム。おまえらは操縦だろ。誰が〈ワイバーン〉と〈旧型〉操縦して帰るんだよ」
「だって、これから先、大佐の操縦する軍艦《ふね》なんて、一生乗れなさそうじゃないですか」

 真剣にそう訴えるマシムに、ドレイク以外全員がうなずいた。

「物好きだなあ。でも、今日は駄目。スミスは〈ワイバーン〉、マシムは〈旧型〉操縦して帰る」
「え、また俺、〈ワイバーン〉操縦ですか?」

 ここからは当然マシムが操縦していくものと思いこんでいたらしいスミスが、弾かれたように顔を上げる。

「当然だろ。そうじゃなきゃ、マシムが外から〈ワイバーン〉見られないだろうが」
「大佐ッ!」

 このときのマシムは、一生あなたについていきますと叫び出しそうだった。

「よかったな、マシム。今度は思う存分、全方向から舐めるように、動く〈ワイバーン〉を見られるぞ」
「ありがとうございます! 録画もしたいんですが、どうしたらいいですか!」
「録画? ……キメイス、〈旧型〉でも録画はできるよな?」

 ドレイクに問われたキメイスは、苦笑しながら溜め息を吐き出した。

「俺が〈旧型〉に乗ります。〈新型〉、どうせ席が一つ足りないでしょ」
「あ、そうか。でも、それじゃスミスだけが一人きりでかわいそうだな。……フォルカス、つきあってやれ」
「そんな予感はしてました……」

 フォルカスが複雑な笑みを漏らす。そんな彼にスミスが小さく「すまん」と謝っていた。

「これで全員ふりわけられたな。……クラークさん、〈新型〉のキーは?」
「もう差してあります。これが予備です」

 クラークはそう言って、透明な小袋の中に入れられたサブキーをドレイクに差し出した。

「艦内に入ったら、すぐに乗降口をロックしてください。ここの空気を抜いてから、障壁を開けます」
「わかりました。ああ、あと、〈ワイバーン〉と〈旧型〉のほうを先に出させてもらえませんか。俺はその後、追っかけていくんで」
「了解しました。気をつけてお帰りください」
「ありがとうございます。関係者の皆さんにもよろしくお伝えください。……ということでおまえら、先に出発してくれ。俺、操縦ヘタクソだから、置き去りにしないでね」
「イエッサー」

 ドレイクはタラップを上がって〈新型〉に乗りこもうとした。が、まだ誰も中に入っていないことに気づき、訝しげに首をかしげる。

「あれ? 入口開いてなかったか?」
「いえ、ここはやはり、操縦士が最初に足を踏み入れるべきかと」

 イルホンは笑って、乗降口を手で指した。

「何だ何だ。入口に黒板消しでも挟みこんであるのか?」
「大佐、時々ものすごくアナクロな冗談言いますよね」
「しょうがないじゃん。俺、本当にアナクロだもん」

 乗降口を開けると、ドレイクは見送り状態の五人におどけて敬礼をして艦内に消えた。続いてギブスン、ティプトリー、シェルドンが申し訳なさそうに頭を下げて中に入り、最後にイルホンが深く頭を下げて乗降口を閉めた。ほどなく〈新型〉のエンジンが稼働して、クラークは残りの四人に声をかけた。

「では、皆さん。そろそろここを出ていただけますか?」
「はーい。……あー、やっぱりあっちに乗りたかったなー」

 フォルカスが未練たらしく〈新型〉を見やる。

「俺だって乗りたかったよ。〈フラガ〉がいたら、〈ワイバーン〉と〈旧型〉、遠隔操作してもらえたのにな」

 スミスは溜め息をつきながら、自動ドアの外に出た。

「俺は録画の仕方さえ教えてもらえれば、一人でもよかったんですけど」

 スミス、フォルカスの次に通路に出たマシムが、すまなそうにキメイスに言った。

「いや、大佐は絶対一人では乗せないよ。自分が一人は嫌だから」

 キメイスは苦笑いしてマシムに続き、それからクラークが発着場を出た。クラークは自動ドアが閉まってから認証装置を操作し、自動ドアの外側にさらに障壁を下ろした。完全防音になっているのか、発着場内の音はまったく聞こえなかった。

「何と言うか……変わってらっしゃいますね、皆さん」

 早足で歩きながら、クラークは苦笑まじりに言った。

「やっぱり、俺たちも変わっていますか」

 スミスはショックを受けたようだったが、キメイスは開き直ったように笑った。

「もうこれが普通になってるから、改めて指摘されると新鮮ですね」
「でも、大佐には言えないですけど、いろいろやらせてもらえて楽しいです」

 キメイスの後ろで、マシムがぼそぼそと本音を吐露する。

「そうそう。不謹慎だけど楽しい=Bあの人の考えることも、それを実行することも。……大佐が面接なしでスカウトしたのは、あの副官のイルホン別にしたら、クラークさんが初めてだよ。試作品≠フ〈ワイバーン〉、あんたの手で改良≠オてみたくないかい?」

 クラークは足を止め、フォルカスを振り返った。
 白金の髪をした男は、スミスの横でにやにや笑っていた。
 まるでクラークの心の奥底を見透かしているかのように。


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