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君に恋する5秒前越前



どきん。

俺の胸は跳ね上がった。何であの人を見るとこうなるんだろう。いつも、いつも。

心臓はグランドを20週したときのようにどきどきと鳴り響く。別に走った訳でもないのに、どきどきどきどきとこの心臓は止まることをしらないかのように鼓動が速い。
いっそ、走ろうか。走ればこのどきどきは走ったせいに出来る。




「桃先輩、グランド走ってきます、」

「またかお前?
 この頃よく走るよなー」

「走ることはいいことだぞ、桃城。持久力及び、忍耐力も───」

「だぁー!知ってますよ、乾先輩ッ
おら、越前、早く行ってこい!」

「うぃーっス」




帽子を軽く下げ、コートを出る。背後で乾先輩が『精神を強化するにも持ってこいだ』と言っていた。耳に残るその言葉通りにこのどきどきも収まって欲しいと願った。


コートの緑とは違い、グランドは茶色い。グランドの土が赤いような茶色なのだ。コートを思い出す関連性は皆無に等しい。

はっ、はっ、と走るときの独特な呼吸をしながら、黙々と俺は走る。地面を蹴る。そんな感触が心地良い。

グランドには白と黒のサッカーボールを熱心に追うサッカー部と土で汚れた球をバットで打つ野球部の姿。ただ1つのボールを熱心に追ったり、打ったりするその姿はテニスと似ているような気がする。淡い親近感が芽生える。その間も走る足を止めようとせず、俺の足は前へ、前へと踏み出す。



ふぅ、溜息をつき、芝に寝転ぶ。はぁ、はぁ、と呼吸を整えながら空を仰ぐ。雲が右から左……いや、左から右か?まあ、どちらからか流れている。原形を留めない雲は自由を象徴しているかのようだ。芝は緑の香りがする。さわさわと風が吹き、その度に芝が揺れるのだ。その風を浴びながら俺は目を閉じた。当然、視界は真っ暗な漆黒に包まれる。

そんなときでも思い浮かぶのはあの人の声で。

あの人の姿で。

暗闇からもあの声が聞こえてきて、

姿が見えてきて、




「何だよ、ホントに…!」




呟きは漆黒に染まり、答えは返って来ない。当たり前と言えば当たり前なことで。周りに人がいないのに言葉を返す人がいるはずもない。
結局、俺が目を閉じても、開いても聞こえてくるのはあの人の声。目を閉じても、開いても見えるのはあの人の姿。

思い出すのはあの人だけ




「あれ、越前サボりかい?」




目を開けばグランドの土より明るめの茶色の髪の人。『不二先輩、』と呟けば、まだ学ラン姿の不二先輩は俺の隣によいしょ、と腰を降ろした。

不二先輩はまだ着替えてないけど、部活に出ない気なのか?




「先輩こそサボり?」

「違うよ。僕は今委員会が終わったところ。手塚も知ってるはずだし。」

「へー。」

「越前は?」

「俺は走って、一息ついてるだけっス。」




ふふふ、と含み笑いをしながら、『越前のこの頃の趣味はランニングだね』と言った。

はっきり言って、何だか不二先輩は苦手だ。何だか見透かされているような、何でも知っているような、ばれているようなそんなありもしない感覚に襲われるから。

というより、不二先輩は部活に行かないのか?

自分の隣に座ったままの不二先輩に目を向けながらそんな疑問を抱く。



「越前、何か悩んでるでしょ?」

「は……?何がっスか、」

「生意気なルーキーのいつもの顔じゃないな。」




そう言ってまた不二先輩は笑った。

生意気なルーキー ってどういう意味だ。いつもの顔、ってどんな顔だ。
表情が違うのか? 顔を手で触りながら、いつもと変わりのないことを確認する。
よし、何も変わらない。なんにも…。




「越前、この頃もやもやしているようだけど、」

「……、」

「“何でそんなこと分かるのか?”って顔だね。テニスにキレがないんだよ、生意気なルーキー君。


手塚も英二も何も言わないけど、心配してるんだよ?」

「……悩み事なんて…ないっス」

「……みょうじ」




『え、』と勢いよく不二先輩の方を向けば、さっきは閉じていたように見えた目が開き、瞳がこちらを覗いていた。これだ。ああ、俺今絶対不二先輩に見透かされている。

心ではその言葉に驚いていることを分かられないように不二先輩に聞き返す。




「だ、れ?」

「生徒会の副会長で、」




不二先輩はそこで言葉を区切る。

あの人の名前は“みょうじ”って言って、副会長…

脳の片隅のどこかでこんな一言を記憶しようと名前も知らない細胞が頑張っている。ああ、くだらない。そう思えるはずなのに。こんなことを覚えるなら、テニスの新しい技でも覚えた方が俺の為になるんじゃないのか? 海堂先輩のスネイクは使えるし、桃先輩のダンクスマッシュも出来るし、次は不二先輩のつばめ返しでもマスターするか...

そんなことを考えてみたのにも関わらず、やっぱりさっきのことは覚えている。


今更ながら、不二先輩が無理矢理区切ったその先が気になって、芝に落としていた目を不二先輩に向けた。不二先輩は例の通り、楽しそうに笑っている。開眼した目は閉じられている。




「副会長で、越前の想い人」

「      は?」




たっぷり間を開けて言えたのは言葉とも呼べないただのひらがな1文字だった。頭がショートして復旧するのに10秒。その頭が言葉を理解するのにまた10秒。そして、間抜けにも等しいひらがなを口にするのに10秒。要するに、約30秒を使って俺はただ1文字の『は』と言う言葉を発したのだ。間抜けにも程がある。




「どういう意味…」

「そのまんま。越前がこの頃気になって、気になってしょうがない人。」

「……気に、なる」

「越前、自分の心に聞いてみなよ」




そういうと不二先輩はよいしょっ、と立ち上がり『僕は先に行くよ。心の整理がついたら部活に顔を出すといいよ』と行ってしまった。

心の整理?何を整理するんだ。

ぽつんと残された俺は何を考えるか分からないまま、ぽつんと座っている。 …雲が流れてる。 しまいには関係ないであろうことを考えはじめる。




「みょうじ…せんぱい、」




口にしてみれば何とも言い難い甘い響きに聞こえる。テニスで勝ったときのような喜び。喉を潤したかのような爽快感。

ああ、そうか。
俺あの人…みょうじせんぱいが、





好きなんだ、












(初めて知った、
   淡い恋心)







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