城ノ内家の愉快な人々
「参」
「神歌」
美味いなぁ美味いなぁと思いながら食事をとっていた神歌を、後ろから三女の神子(みこ)が呼んだ。
振り返ってみると、瞼を閉じた美女が小さな箱を手で包み込んで嬉しそうに立っていた。姫カットの長い黒髪と、着ている素朴だけど高級そうな着物がよく似合っている。
「どうかいたしましたか、お姉さま?」
「ええ。あのね。――これ……」
差し出された小さい箱に神歌はキョトンとなる。
「お姉さま、確かこれは……」
大切な人にあげるのではなかっただろうか。
つい一週間前神子が大切そうに作っていたものだ。中身は知らないが。
それが何故、今自分に差し出されているのか分からない神歌は、目の前の盲目な姉を見つめた。
すると、神歌の視線に気づいた神子は少しばかり慌てた様に口を開いた。
「あ、や。違うの。違うのです、神歌。これはあなたの為に作ったのです。あの時は驚かせようと思ってう、嘘を………ああぁごめんなさいね嘘なんか吐いちゃって。でもね?やっぱり驚かせようと思ってね?――けど、ダメですね。こんなんじゃ驚いてくれませんよね………」
急速に落ち込んでいく神子を神歌はほんの少し驚いたように見ていた。それから、ゆっくりと微笑み神子の手から優しく箱をとる。神子がうつむかせていた顔をパッとあげて、こちらを向いたので神歌は嬉しさを表すかのように笑った。
「ありがとうございます。大切にいたします」
神歌の純粋な微笑みに、神子も嬉しそうに笑った。
王子のような外見の神歌と平安貴族の姫のような外見の神子は、見た目のタイプは違えど血の繋がりがあるからか全体的な雰囲気が似ている。そんな姉弟二人でほんわかと微笑みあっていると、神子がハッとした表情になった。おや?と神歌も気づく。
「お仕事で御座いますね、お姉さま」
なんだか残念そうにしている神子に頑張って、と言うように明るく言う。あからさまに「ちえっ」と言う顔をしている神子に困りつつ、でもおかしくなって眉を少し下げながら神歌は彼特有のやわらかな笑みで微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ、お姉さま」
「………………行ってきます、神歌」
思い切り不服そうな声を出して出入り口の扉に向かう神子に苦笑する。
凛とした立ち姿としょぼんとした雰囲気とのギャップが凄すぎて、我が姉ながら可愛いなぁ、と神歌は思う。普段からキリッ、とした神子のあんな姿はやはり誰の目から見ても可愛いらしく、家族たちも返事の無い神子に苦笑しつつ「行ってらっしゃい」と、ぬいぐるみを見るような優しい目つきで見ながら言っている。
神歌は神子が扉を出るのを見届けて、正面を向きたくあんと白米を一緒に食べる。
本当、美味い。――と、幸せな気持ちになっていると、隣から熱い視線。神歌はとりあえずこちらをじっと見つめている寡黙な弟に言ってやる。
「美味しいですよ、来夏くん」
「……!」
………かわゆい。
こんな事を思ってしまうのは仕方のない事だと思う。だって見えるハズの無い尻尾が千切れんばかりにぶんぶんと振られているんだものめっちゃ嬉しそうな顔をしているんだもの。――ああっかわいい……!
思わず(と言うか毎日している事だが)、軽く抱きしめて頭をよしよしと撫でてしまう。ほんと無理動物とかマジで無理可愛すぎる癒されるああぁ……!
変なテンションになりながらも可愛い可愛い弟を愛でまくる。遠慮がちに真新しいブレザーの袖をきゅっと握ってくる事で神歌の脳内が大変な事態になる事を考えてほしいが。あ、いや。考えなくていいや。寧ろ考えないでお願い。ああ、なんて可愛いんだ。
ほんわかと弟に癒されながらそういえば食事の途中だったなぁ、と思いだし最後に頭を一撫でして離れる。
彼は、俗に言う不良である。
綺麗な銀髪に闇の様な黒い瞳。端正なその顔立ちは常に無表情で、かなりの寡黙だ。雰囲気で会話をすると言っても過言ではない。今も雰囲気で照れたようにしている。
有名らしい族の総長をやっているとかなんとか。神歌がどこの族なのか聞き出そうとしても、珍しく頑なに拒否して結局教えてくれなかった。まぁ、言いたくないのならそれでもいいが。
世間では強面と称される六男の来夏(らいか)は、神歌を一心に見つめて見えないはずの尻尾を千切れんばかりに振っている。
神歌は『ほめて』オーラを出す可愛い弟を、甘さを隠しもせずにほめてやる。
「本当に凄いです。まだ小さいのに一流シェフ顔負けの食事を作るなんて。凄いです。凄い凄い」
どう見たって、来夏の方が神歌よりも大きいのだが気にしない。一歳しか年齢が変わらなくても気にしない。来夏の頭を撫でる。目元をほんのりと赤くさせて気持ちよさそうに目を閉じる姿はどう見てもシベリアンハスキー。本当に暴走族の総長なんてものをやっているのかといつも疑問に思う。
――バタンッ。
微笑ましい気持ちで神歌が来夏の頭を撫でていると、リビングの入口の扉が閉まる音がした。
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