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城ノ内家の愉快な人々
「弐」


「あぁ、そういえばDr.目覚ましが壊れてしまったのですが」
「またデスか!?」

 驚愕したような声を上げるのは、Dr.こと、城ノ内家次男の海里(かいり)である。世界が誇る天才マッドサイエンティストだ。
 フランス人とイギリス人のハ―フで、金髪碧眼の美男子なのだが、狂気の科学者の異名を持つ通り、トチ狂っている。というかただの変人だ。いつも白衣を着ており、体の至る所にペンチやらドリルやらを忍ばせているような人なのである。そんな城ノ内家の次男は、今はとても悲痛そうに泣き崩れている。

「なんで!?なんでデスか!?神歌クンが寝起きにいっつも小生が作った目覚ましを壊すカラ、アレは壊されないように小生が丹精込めて作ったノニ!!象が踏んでも壊れないモノなのに!!なんで!?毎回思うんですが一体どんな腕力してるんデスか!もう!!うわぁぁあああん!!」
「とりあえず、像を片手で持ち上げる程度は出来ますよ」
「なんでスか、この子は!うわぁあああん!!小生の汗と涙と才能の力作もとい結晶がぁぁああ…………うぇええん……紗門クゥ〜〜〜〜〜ン!!」

 泣きじゃくるDr.が縋りついたのは、城ノ内家三男、紗門(しゃもん)である。元・極道の跡取り息子の彼もまた、美形だ。中性的な顔立ちに、紅をひいたような唇。一番の特徴は、長い紅髪とそれによく映える紅い瞳だ。義理と人情を大切にする本当に優しい男である。

「……しょうがないさ、海里兄さん。…………泣くな、たぁ言わねぇ。泣けや。アタシの胸貸すぐらいならできっからさ……。それに、神歌が海里兄さんの作った時計を壊すのはいつもの事だろう?」

 そう言って、悲しみに浸って泣いているDr.の背中を擦(さす)る優しい紗門。男性なのに自分の事を『アタシ』と呼ぶのは、べつにオカマだからではなく、昔ながらの極道の息子だからである。
極道というのは、服装や口調まで気をつけなければいけないらしく、子供の頃から言われ続けたため、癖になっているらしい。
因みに神歌が入学する白木聖男子校の教師である。

 「いつもの事だから泣いてるのニ……!」とか何とか言っているDr.の背中を擦りながら、紗門は神歌へと遠慮がちに言ってくる。

「神歌、あの……。とてもすまないのだが、もうちょっと手加減してやってくんねぇかい?こう毎朝毎朝泣きつかれるのはアタシとしてもめんど――……………………」
「めんど!?今めんどうって言いかけましたネ!?って言うか言いかけたら言いかけたでなんか誤魔化してくだサイよ!否定の言葉も無しかこの野郎!!」
「……あぁ?てめぇ今なんつった?――っとすまねぇ。間違えた」
「前から思ってたんデスが、そのキレ癖直した方がいいデスよ。兄からの忠告デス」
「いやほんと、申し訳ない。しかしなぁ。直せっつわれてもなぁ。海里兄さんがあまりにもウザ………………」
「あれぇ?なんでダロウ。視界が霞む……」

 仲良く会話をしている兄たちを微笑ましく一瞥して、神歌はいい感じに炊きあがっている白米を上品に頬ばった。美味しい。


「おぉ〜い。かぞくたち〜。わいのかぞくたちや〜」


 バキィッ。

「……おや、鬼紅さん。お早う御座います。如何されましたか、そんな処から」
「神歌のボケに突っ込むべきか否かで迷う場面ではあるな、うむ」

 優雅に食事をとっている神歌の足元の床を突き破って出てきたのが次女の鬼紅(きべに)。そしていつの間に現れたのか、神歌の隣に立ち顎に手を当てて感心したように頷くのが五女の彬京(りんきょう)である。

「ボケ?」
「うむ。ボケだ」
「え、神歌今ボケた?」
「いやいいよ。今この中で一番常識があるのがオレだってのが分かったから」

 彬京がやはり感心したように言う。そして首をかしげる神歌と鬼紅を見て「いやいいって」と呆れたように手を振っている。そんな事を言われると気になるのが人間である。しかし神歌と鬼紅はあまりその事には頓着せず、会話を再開させた。

「それで。如何されました?そんな処から」
「聞いて驚き。わいの酒が無くなってしもうとるんじゃ」

 鬼の名を持つにふさわしい美女である。
 尖った耳と血のような長髪。額の真中に堂々と存在する一本の角を見れば、誰だって鬼だと思うだろう。そんな酒好きの彼女は今日も今日とて酒瓶一升をぐびぐびと豪快に飲んでいる。酒あるじゃないか。
 神歌の視線に気づいた鬼紅は酒瓶から口を離し、呑気な顔で笑った。

「ちゃうちゃう。これが最後の一本やねん。倉庫にある酒が無くなってしもうとるんじゃ」
「あぁ」

 鬼紅の言葉に納得した神歌は、「それならば」と呟き指を立てて綺麗な笑顔で鬼紅に告げた。

「紗門さんが昨日飲んでおられましたよ。確か……『あのババア酒飲みすぎなんだよほっとくとアタシの分まで無くなっちまう』とか言って」
「しゃぁぁぁああああああもぉぉぉおおおおおおおんんんんんんん!!」
「ぎゃぁぁああああ!!」

 文字通り鬼の形相になった鬼紅が広い城ノ内の屋敷を震撼させるほどの殺気を放って紗門を追いかけた!
 酒がなくなった、という件から真っ青になって逃げたした紗門はリビングルームをいち早く逃げ出していたが、いかんせん鬼化した鬼紅はとんでもなく超人的な能力を発揮するので、ものの三秒で捕まってしまった。まぁ、三秒もあれば逃げられた方だ。一秒で捕まらなかったのは幼少のころから洒門が鬼紅から逃げなれたせいだろう。

 地下から轟く壮絶な悲鳴は聞かなかった方向で。

 神歌が何事もなかったように再び食事に取りかかると、鬼紅が開けた床の穴に顔を突っ込ませ地下の(鬼紅が紗門にお仕置きする)様子を蝙蝠のように宙ぶらりんとなって覗いていた彬京が、感心した表情で顔を出し神歌に向いた。

「えげつない事をするよな、鬼紅も神歌も」

 斜めに銜えた煙草が異様に似合う女性のくせに男前な人物である。
 神歌と同じく黒が大好きな人で、全身を黒でかためている。少し長い黒髪、切れ長の黒目。男性のような顔立ちである。彼女も自分を『オレ』と言うため常に男性と間違われる。彼女がそれを否定しないのが厄介だ。更に美形な男前、皮ジャン、ジーンズ、銜え煙草とくれば落ちない女性はいない(中には男性もいるが)。毎年のバレンタインはいつも大変な事になっている。

 そんな彼女――彬京は神歌の肩をポンポンと優しく叩いた。

「ま、それがお前たちのいい所でもあるのだがな」
「?」
「入学おめでとう」

 突如として言われた言葉に一瞬キョトンとした神歌だったが、すぐに花の咲くような、いつも浮かべている穏やかな笑みとはまた違った笑みを満面に浮かべた。

「ありがとうございます」

 それに世の女性が見たら卒倒するような、満足げな微笑みを見せた彬京は、結構遠くにあるテーブルに並べられた自分のみそ汁に手を向け、一歩も動かずに引き寄せて一気飲みした。みそ汁って一気飲みするものだっただろうか、と神歌の頭に疑問がよぎったが気にしないことにした。

 飲み干したみそ汁の容器をひょい、と彬京が軽く投げると容器は消えた。あまり珍しくもない現象だ。

「じゃあな、神歌」

 彬京が神歌に向かって軽く手を振ると、先程の容器の様に彼女も消えた。恐らく仕事場にでも向かったのだろう。彬京の朝はいつも早いから。
 大変だなぁ、と神歌は思いつつ高級旅館顔負けの家庭料理に舌鼓を打った。美味い。




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