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城ノ内家の愉快な人々
「二ページだ」


 ふー、と寄り掛かっていた窓の縁から背を離しながら彬京は腕時計で時間を確認している山梨子に取り合えず謝っておく。

「すまん、もうすぐ時間か」
「あ、いや。別にいいぜ。どうせ遅れても勝手に御喋りでもしとくだろ。お嬢様だし」
「お前のその態度にいい加減不安を覚えるよ」
「つーか、俺ぶっちゃけマジでお前の妹さんには近づきたくねぇんだよ」

 本当にいやな顔をしてブルブルと、両腕をさすって鳥肌を諌める山梨子に、彬京はふと首をかしげた。
 そんなに桜子は怖がるものなのだろうか。まぁ確かに、あの子は時々人を興奮しきった瞳で爛々と見てくるのでちょっと関わりたくないなぁとは思うが、それでもそんなに嫌悪するほどではない。と言うか人の妹をそんな嫌悪丸出しな態度で評価しないでくれ。
 すると、そんな彬京の視線に気づいた山梨子が「だってよ……」と漏らす。

「俺のこの態度がひでぇとか思ってるかも知れんが、俺はぜんっぜんひどくねぇぞ。寧ろ俺が酷い事されてるからな」
「わけがわからない」

 さっきのシリアスっぽい雰囲気から一気にこんな雰囲気にされてしまったため、肩の力を抜いた彬京は取り合えず神歌の話よりも山梨子の話をその寛大な心を持って聞いてやることにした。

 山梨子は語る。

「そう……あれは1年前のことだった…………」

 悲痛な面持ちで話し始めた山梨子に、あ。こりゃめんどくせぇなと思った彬京は聞いているふりをして煙草をふかした。

「中学2年から編入してきたあいつの担任になった俺は、それなりに優しい態度で接してきた。時々あいつから舐めるような居心地の悪ぃ視線を感じながら……」

 彬京は煙草を口に銜えたまま腕時計を確認する。8時50分。白木聖男子校の入学式開始時刻は9時からだ。後十分しかない。

「そして、中等部のクラス編成は持ち上がり式だったから、あいつ以外の名前は知ってると思ってあいつに自己紹介をさせ、順調に1カ月が過ぎて行った……」

 神歌は無事だろうか。惚れられたりしていないだろうか。いや、あの神歌だ。絶対に惚れられただろう。畜生、あのタラシが。

「そこまでは、特に俺もあいつに何かを感じる事はなかった。ただの人外ってだけで、別段珍しくもねぇからな」

 先程電車で桜子から聞いた話によると、神歌は『爽やかスポーツマン』という王道には絶対欠かせないポジションの奴と友達になったらしい。

「だが、そんなとき。……そんな、俺が新学期最初の1カ月も過ぎて気が緩んでいたころに事件は起きた…………」

 桜子が言うには、そのスポーツマンが腹黒だったら尚良いということだ。ふざけるな。腹黒なんてうちの桜花と神子で十分だ。

「あいつに数学の資料を持っていくように指示した俺は、資料室であいつと二人っきりになった」

 つーか何で神歌はそんなめんどくさそうな輩と友達になったのだ。あれか、神歌が優しいから断れなくて無理やり神歌の友達ポジションを奪い取ったクチか。畜生。神歌が王子のなりして実は日本人の代表のような頼まれたらノーとは言えない性格しているからってそこに漬け込みやがって。殺すぞ、スポーツマン。

「それが間違いだったんだ……、それが間違いだったんだ…………。――不意に背後から意味もわからねぇ寒気を感じ取った俺は、あいつの方を振り返った。…………するとそこには――」

 ……はっ。もしかしてそのスポーツマンと言うのが神歌の童貞を奪う相手なのだろうか。…………そんな、そんな……――。


「今にも俺を捕獲しようと尻尾をゆらゆらと揺らしていた桜子がっ!!」
「許せねぇ!!」


 山梨子と同じタイミングで叫ぶ彬京。それにそこまで自分の事を……とか思いつつ驚いている山梨子。そしてその二人の叫び声にびくりと反応する人の良さそうな教師たち。
 しかし驚く山梨子や周りが全く見えていない彬京は、普段の冷静な雰囲気をかなぐり捨てて山梨子の肩をガシッと思い切り掴んだ。

「許せねぇ……、許せねぇよ!!」
「お、お前…………」

 必死な形相で山梨子の肩を掴み揺さぶってくる彬京に、山梨子はそこまで怒ってくれるなんてこいつ実はいい奴なのか、と思った。
 もちろん彬京はいい奴なのではあるが、彼女は山梨子の話を全く聞いていなかったので別に山梨子関係の事では怒っていない。

「ふざけんなよ!ふざけんな、マジで!!」
「ちょっ……おい!」

 くそっ、とどこかの悪役――というか三下のような舌打ちをしてそのまま駆け出す彬京を、もうすぐ新入生の入学式始まるんだけどー!と山梨子が止めるが意味はない。彼女はすでに光の速さでどこぞへと向かっている。

 残された山梨子は、突然変異してしまった己の一応は信頼していた同僚を呆然と見送った。
 一方、彬京は脱兎のごとく校舎を駆け抜けていた。時々すれ違う用務員さんが、よく自分たちに気さくに話しかけてくる彬京に挨拶をしようと顔を上げるも、それに気づかないほど必死な彬京はそのまま用務員さんの横を通り抜ける。インターハイで優勝を狙えるような速さで。

(神歌、神歌神歌!)

 もうある種の呪詛の如く頭の中で弟の名を呼びながら、彬京は駆ける。駆ける。
 目指すは少しだけ離れた白木聖男子校である。


 城ノ内彬京と言う女は、その顔に似合わずどうしようもないくらいブラコンであった。




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