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城ノ内家の愉快な人々
「少しだけ、オレのターン」



 疲れた。


 ただこの一言に尽きる。
 電車の中で人目をはばかってか小声ではあるが長々と聞かされた『王道』についての説明。最初は『爽やかスポーツマンが如何に素晴らしいか』を目的とした説明だったのだがしかし、興奮したらしい桜子の説明はだんだんとヒートアップしていき、最終的に『王道とは何か』とか『白木学園と王道を比較してみて』とか、そういった感じのインタビュー的な説明になっていたのである。

(疲れた)

 職員室にある、ここは駅のホームか何かかと思わず突っ込んでしまいそうな喫煙コーナーでぷかぷかと煙草をふかしながら、彬京は窓の枠に腰かけて背をもたれさせながら意外と近くに見える白木聖男子校の所有している森を見る。片足を上げてまるで絵画のように煙草をふかす行儀の悪い彬京を誰も咎めないのは、教員たちが皆彼女の苦労を知っているからである。現に今、彬京は顔には出していないがどことなくげっそりしていて体からは哀愁が漂っている。

(疲れた)

 ため息とともに紫煙をボファと吐きだす彬京。そのどことなく儚げな雰囲気は色気がある。指で挟んでいた煙草を再び口に銜えようと、彬京は手を動かしたが結局口に届く前に、深い深いため息とともに遠ざけてしまった。たてた片足の膝に顔をうずめて、煙草を持っていた手をだらんと力なく垂らした。人生に疲れたおっさんのようである。ただしおっさんよりも遙かに男前なので、疲れ切った行動も映画のワンシーンのようだ。

(疲れすぎて煙草も吸えん)

 煙草愛用者の彬京としては最悪の出来事である。もうやだ、といった心境で彬京はたてた片足に両腕を絡めて半ば体育座りのような格好になる。

「お疲れさん」
「まったくだ」

 彬京と同じく煙草を吸いに喫煙コーナーに来た同僚の山梨子(やまなし)がからからと他人事のように笑いながら、しかし無表情で彬京の腰かけている窓の枠に両腕を置いた。山梨子も彬京に負けず劣らずの色男なので(彬京の場合は色女)そんな言動も様になっている。

「山梨子、お前いい加減桜子に自重しろと言ってくれ」
「いやだ。あいつなんか怖いし。それにあいつお前の妹だろうが。家族なんだからお前が自分で言え」
「無茶を言うな……」
「その無茶を唯の担任である俺にさせようとするとはな」

 おっそろしい野郎だ。山梨子は特に恐ろしいとも思っていないような口調で言い、紫煙を吐いた。

「……オレ、体は女だから野郎ではねぇぞ」
「心は男だろうが、十分野郎だよ」
「いやでも生物学的に………」
「お前普段『オレは男だ』とか言ってんのになに、どうしたの」
「たぶん疲れすぎたせいだと思うからあまり気にしないでくれ。あとオレは男だ」
「なんだ、いつものお前だ」

 山梨子が煙をボファ。それと同時にやっとこさ煙草を吸った彬京もボファ。あたりに白い煙が充満するが、天井についている『煙吸いこみ機』と言う海里が開発した機械が、一気に彬京と山梨子の吐きだした紫煙を吸い取った。

「なあ」
「あ?」

 顔をあげ、彬京は白木聖男子校の所有する無駄に広い森を、そしてその森からほんの少し飛び出ている白木の城の如く豪華な校舎の先端を(避雷針ともいう)見つめながら山梨子に話しかけた。それにぶっきらぼうに答える山梨子だったが、彬京が珍しく不安げにしているのを見てか戸惑ったように瞳を揺らめかせ、彬京をうかがった。彬京は不安とか悲しみとかの感情を表に出すことは皆無に等しいので、当たり前かもしれない。

「どう思う」
「主語PLEASE」

 英語担当の山梨子は流暢に言う。

「…………神歌がさ」
「――あのよくできた弟さん?」
「おう、オレの自慢」
「弟さんが、どうした」
「…………」
「黙ってちゃ分かんねぇよ」

 無表情に、ぶっきらぼうに。他人事に見合った、他人事のような態度で山梨子は紫煙を「ふー」と声に出して言いながら吐きだした。そのどうでもよさそうな態度に若干感謝するも、もう少し優しい態度は出来ないものかと複雑な心境に立たされた彬京だったが、意を決して口を開いた。動揺を悟られぬように、煙草を銜えながら、そして外を一心に見つめながら。

「あのさ」
「うん」
「神歌が」
「…………」


「神歌が、白木に入学した」


「………………うん」
「うん」
「えっ、それだけ?」

 真面目に聞いて損した、と脱力したように山梨子はため息を吐いた。甘い。こやつとんでもなく甘い解釈をしているに違いない。そのまま甘いのにつられたアリとかに全身を集られてしまえこの阿呆が。
 ばーか、話はここからなんだよはげ、はげてねぇし、という平和なやり取りの後、彬京は弱々しい声を出した。

「……違ぇの。話は、ここからなの…………」

 今の複雑な、混乱している内心を更にかき乱すように、苛立たしげに彬京は髪の毛をクシャリ、と軽く混ぜた。

「白木ってさ、男子校だろ」
「ああ、この女学院と姉妹校だろ」
「おう。――でさ、男子校って男の群れだろ」
「当たり前だな」
「ん。で。男の群れってことは、盛れねぇじゃん。男子」
「…………」
「女もいねぇし、奴らは当然思うさ。――『もうこの際手短な奴で済ませちまおう』ってな」
「…………」
「だから、伝統ある白木聖男子校はホモとかだらけじゃん」
「…………知ってる。寧ろ常識」
「うん。――でな、ここからが本当の本題なんだが」

 そこで一旦言葉を区切り、彬京はひとまず言葉に出して改めて混乱してきた頭を少しばかり落ち着かせるために、短くなった煙草を灰皿にすりつけ、新しい煙草に火を付けた。



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