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城ノ内家の愉快な人々
「伍頁で御座います」


 過剰に短いわけでもなく、かといって長いわけでもない黒髪は、軟らかいのか風が吹くたびにゆらゆらと揺れている。涼しげに細められた黒目は、飄々としているがどこか不思議な色を灯していた。
 爽やかさが全身に漂う斎藤の容貌は整っており、サッカーをしていることも含めて随分とモテていたのだろうなぁと、恋愛とかそういった事に疎い神歌でも思った。

「城ノ内さん、あのさ――」

 頬を染めて焦ったように唸っていた斎藤は、落ち着いたのか神歌に話しかけた。しかし、神歌は体の奥がむず痒くなって言い返す。

「どうぞ神歌とお呼びくださいませ。『城ノ内さん』と呼ばれるのは少々慣れておりませんゆえ」

 にこり、と穏やかな笑みに神歌は少しの苦笑を混ぜる。
 彼が『城ノ内さん』と呼ばれ慣れていない事も、名前呼びを奨める理由の一つであったが、それ以上に神歌は城ノ内であって城ノ内ではないので、慣れてしまったとはいえ申し訳なさを感じるのだ。もともと『城ノ内』という名は長男である桜花のものだ。

「……ええっと、じゃあ、…………………………神歌くん」

 長い沈黙の後、照れたように発せられた己の名に、神歌は一瞬だけ切なそうに苦笑して、すぐに穏やかな笑みで応じた。

「はい。何でしょうか、斎藤様」

 ああ、洞察力の鋭い彼は自分の表情の変化に気づいてしまったのだろう。

 一瞬だけ眉を寄せて、怪訝そうにしていたから。

 しかし、怪訝そうな、見方によれば心配そうなそれを、神歌はいつもと変わらぬ笑顔でかわす。
 ――いいひとだなぁ。
 神歌の自己満足のせいで呼ばされたといっても過言ではない名前呼びを、嫌がりもせず呼んでくれて。あまつさえ、そんな事をしてもらったのに自分の事情で苦笑してしまった神歌を心配してくれて。――ああ、なんていいひとなのだろう、この斎藤という人間は。

 表情だけでなく、心も穏やかな気持ちになった神歌に、もとの爽やかな顔を取り戻した斎藤がスポーツマンらしい笑みをたたえて言った。

「『斎藤様』とかやめてくれよ。なんか背中が痒くなる。……俺も名前でいいぜ」
「………誠重様、で御座いますか?」
「いや、様はいらねぇって」

 はは、と苦笑した斎藤――もとい誠重に神歌はでは、と微笑んだ。

「では、誠重くんで」
「――っ」

 微笑んだ神歌と目があったら逸らされた。
 何故、と思いつつも神歌は膝に手の先を合わせて、深々と頭を下げた。

「改めてよろしくお願い致します、誠重くん」

 あの城ノ内家の当主のくせに、腰が低い神歌に慌てながらも、誠重は照れたように言った。

「こちらこそよろしく、です。神歌くん」


 たったこれだけの、まさに自己紹介だけと言っても過言ではない会話で、神歌は高校になって初めての友人が出来た気がした。それはあちらも感じたことらしく、誠重は「明日から学園とかいろいろ案内してやるからなっ」と意気込んでいた。

 その子供のような無邪気な笑顔に、神歌は兄である海里と王我を思いだしてほんわかとした気持ちになった。



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