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城ノ内家の愉快な人々
「腐腐。に、よ」


「う、腐腐腐……」

 城ノ内家。その広すぎる屋敷にある一室で、女神と見紛うほどの美女があやしげに笑っていた。

 美しくカールした輝く金髪。大きく、くりくりとした緑の瞳。化粧品など使わなくても艶のある潤った薄い唇は笑みの形にゆがめられ、かわいらしい頬はうっすらと紅潮している。

「やったわ……。ついにやったわ……」

 半ばうわ言のようにつぶやく彼女に気づく者はいない。ここは地下。次女の鬼紅がこよなく愛する酒を保管する貯蔵庫よりも更に深い場所にある、彼女が造らせた彼女専用の趣味部屋である。

「ついに、ついに…………」

 感無量といった様子で、彼女は肩を震わせている。うつむいているため表情はうかがいしれないが、その唇から絶えずもれている悪役のような笑みで、彼女が目を見開いてにやりと悪どく笑っていることは容易に想像できる。



「ついにシンちゃんを王道学園に入れることに成功したわっ!!」



 それまでうつむかせていた顔をがばりと上げ、両手を掲げるように上にのばしている彼女は、きらきらと目を輝かせ、叫んだ。
 四方八方には大量の機械。それもほとんどがパソコンやテレビといった、彼女の趣味に使われるものである。そして、彼女の目の前にある一台のノートパソコン。それには城ノ内家の五男にして当主である城ノ内神歌が映っていた。
 彼は自分が盗撮されていることも知らないといった風に、優しい笑顔を崩さぬまま話しかけてくる新しい同級生の相手をしている。ただ、時々こちらをちらりと見てくるところから、超小型カメラを取り付けた雀が見つかったことが分かる。

(さすがね……)

 この家にいる誰よりも穏やかでぼんやりしているかと思いきや、この家の誰よりも非道なことができ、かつ鋭いのだ、神歌は。

(腐腐。そのギャップが萌えるのよね)

 にやりと、その美しい顔をあやしく笑わせて。

 城ノ内家の四女、城ノ内 麗美(れいみ)はゆっくりと舌なめずりをした。

「腐腐腐……。あ、はははははっ!」

 狂ったように笑う彼女に気づく者も、見る者もいない。
 ここは地下。
 地面から下に向かって数えて百メートルはある貯蔵庫よりもさらに百メートルはある、麗美の趣味部屋である。四方八方には彼女の趣味に使われる機械諸々。更にその先を見渡せば優雅に泳ぐ人魚がわんさかといる。
 体をのけ反らせて高々に笑う麗美を気にとめる者はいない。人魚である彼女たちは麗美の使役する水中戦闘部隊だ。彼女たちには思考も感情もない。ただ機械のように命令を実行する、『死なない』生き物である。
 そんな彼女らが明らかに狂っている風に笑っている麗美を、視界にも入らないというように泳ぎ続けるのを目にとめて、麗美は唐突に笑いをやめ、先程とは打って変わって剣呑な表情で美しい人魚たちを睨めつける。

「……相変わらず胸糞悪いわね。返事位しなさいよ、化け物ども」

 麗美が呼びかけたのに、尚も泳ぎ続ける人魚たちに舌打ちして、彼女は何事もなかったように、再度あやしい笑みを浮かべた。

(ああ、やっぱり――)

 目の前に置かれているノートパソコンの画面に目をやって、麗美は笑みを深くした。見開いた眼からは歓喜の色が浮かんでいる。
 彼女の視線の先には倒れそうになったかわいらしい男子生徒を、まるで王子様のように腕を引き寄せて腰を支えている神歌。

(――わたしを楽しませてくれるのは貴方達家族と……)

 神歌は顔を真っ赤にして固まっている男子生徒の身長に合わせて少ししゃがんでいるので、自然と腕を引き寄せた反動でかわいらしい容姿をした彼の耳元に息がかかっている。
 神歌のこの世の誰にも負けないエロボイスを直にくらった男子生徒は腰が抜けたのか、へなへなと倒れこみそうになるが、それは彼の腕を掴んで引き寄せている神歌が許さない。腰を支えている手に力を入れて、男子生徒を更に引き寄せている。

(……萌だけよっ!!)

 心の内で叫び、麗美は体をのけ反らせて腕を軽く広げて高々に笑った。

「あはははははっ!!最高!なんて素晴らしいのでしょう!やっぱりシンちゃんを王道学園に入るよう仕向けて正解だったわ!美人眼鏡だけでもかなり萌えるのに、その上清楚系で敬語キャラ、しかも裏表が激しい性格なんて…………なんて素晴らしいのでしょう!ああ、ああ。いい。イイわよ、シンちゃん。そのまま総攻めキャラになりなさいな。貴方よりも身長が高い人なんてなかなかいないんだから、存分に攻めまくりなさいな。――腐腐。ふ。うフフ」

 口元に手を当て、心の底から楽しげに笑う麗美の脳内に、神歌のすぐ下の弟である来夏の姿が浮かぶ。

(まあ、あの子は大丈夫でしょうね)

 神歌を至極愛している来夏は神歌とペアにしてしまったら思いっきり攻めキャラだが、来夏は神歌を愛する以前に敬愛しているため、容易には手を出さないだろう。そもそも手を出すのならばもうとっくに出しているはずだ。約一年間、ひとつ屋根の下で暮らしていて手を出していないのを見ると、来夏の精神力の強さがしのばれる。

(ライちゃんには悪いけど、もっと我慢してもらうわよ)

 麗美が神歌を王道学園――白木聖男子校に入学するように仕向けた理由。それは、ひとえに神歌の総攻めが見たいからである。ゆえに、来夏にはもっと我慢してもらう。すべては麗美と萌のため。そして快楽のため。

(……自己中だとは、思っているのだけれどね…………)

 己のエゴで1人の少年の純情なコイゴコロを玩ぶようなまねをするのは非道だと思うが、

「しょうがないじゃない。わたしってば快楽主義者なんだもの」

 許してほしい。

 己のエゴでしか、己の快楽でしか物事をはかれない自分を許してほしい。

(…………)

 麗美は俯いて、ノートパソコンの画面の上から神歌の優しい顔をなでた。

「……シンちゃん………」

 下に向かって形のいい輪郭をなぞり、そのまま唇へとその白いゆびを移動させて、なでる。

「腐腐っ。やっぱりあなたはそうでなくちゃね」

 その穏やかな瞳に見つめられるとどんなに心臓が高鳴るか。
 その優しい笑顔がどんなにホッとするか。
 その大きい掌になでられたらどんなに安心するか。

 ――抱きしめられると、どんなに泣きそうになるか。

(あなたは知らないのでしょうね)

 だが、それでこそ神歌だ。無自覚総攻め。なんて素晴らしい響きなのだろうか。萌える。

 顔を真っ赤にして神歌から解放された男子生徒が神歌にお礼を言う様を見届けて、麗美は大事な弟がとられたさみしさに支配されるが、やがて笑った。

「まあ頑張りなさいな、シンちゃん」

 どんなことがあろうと自分たち家族のきずなは永遠だし、そもそもただのもぶキャラ(言っては悪いが)に神歌を取られたと思うのは違う気がする。そう思う日なんてたぶん永遠に来ないと思う。だって神歌はものすごく罪つくりだから。
 だけど、もしも――。

 ほんとうに神歌が誰かに取られてしまったら。

「…………あー」

(みっくんとライちゃんが大激怒しそう)

 神歌を溺愛している彼の姉、神子と神歌を敬愛してやまない(むしろ愛してやまない)彼の弟、来夏を思い浮かべて、麗美は苦笑した。

(ま、その時はわたしも容赦なんてしないけどね〜)

 ふんふん、と機嫌良く鼻歌を吹いているとき、ふと麗美は壁にかかっている時計に目を向けた。

「――あら」

 いつの間にか仕事の時間になっている。

「マネージャーが怒りそうねえ」

 何を隠そう、麗美は今世界中で話題の超売れっ子女優なのである。(因みに王我も芸能界活動をしていて、彼は世界で一番人気ともいわれる超売れっ子俳優である。)
 そんな毎日が忙しい麗美のマネージャーはとことん厳しく、麗美がなにかいけない事をしてしまうと平気ですごく痛いチョップをかましてくるのである。正直超怖い。
 マネージャーが冷静に怒っている姿を想像して、麗美は急いでパソコンの電源を切り、最後に静かに泳ぎ続ける人魚たちを何の感情も浮かんでいない目で一瞥して部屋を出て行った。


(頑張ってね、シンちゃん)


 部屋を出る直前、麗美は艶やかな笑みを浮かべながら神歌に激励する。
 パタン――と、静かな部屋の中に扉のしまる音が響いた。




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