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城ノ内家の愉快な人々
「生徒会室で」


 心配だとか、不安だとか。

 そんなものすら忘れてしまえる程、彼は美しかった。



 * * *



「ごめんな、ごめんな、来夏。俺が不甲斐ねぇばっかりに――」
「しつけぇ」

 会長席に座って、仕事をしながらこちらを若干涙目で見てくる外見だけは俺様な自分の兄に対し、来夏は鬱陶しげに眉を寄せて一瞥もせずに告げる。さっきからずっとこんな感じだ。これを鬱陶しいと言わずに何を鬱陶しいと言えばいいのか。


 白木聖男子校高等部――その生徒会室の1つである。
 もともと、高等部の生徒会は2つに分かれており、ここはその内の1つである、王我が支配する金色の生徒会専用の部屋だ。

 来夏はその部屋に設けられている客用のテーブルに置いているノートパソコンのキーボードカタカタと、それこそパソコンの方が壊れてしまうのではないのかと言うほど高速で打っている。ただ今絶賛労働中である。
 ドジっ子で有名なここの庶務が、王我が肩を怒らせながら持ってきた新入生歓迎会の重要書類をあやまって池に落としてしまったのだ。そしてあまりにも多い書類量に、来夏が自分の都合とかそんな感じの事を考えて手伝っているのだ。と言うか、今日の朝が提出期限であるこの重要書類がまだまだ大量に残っているのは、ひとえに庶務のせいである。
 一体何をどうすれば書類の扱いをこんな風に間違えるようなヘマが出来るのか、ぜひとも教えてもらいたいが、生憎と今はそんな事を考えている時間は無い。一刻も早くこれを仕上げなければ、神歌の晴れ舞台が見れない可能性がある。

 瞬きの時間を食ってしまうのすらおしい気持ちで、来夏は一心不乱にキーボードを打ち続ける。

 幸いだったのが池に落ちなかった書類が、最も重要な事を記載しているものだったという事だろうか。庶務の悪運が強いのか、それとも不幸慣れしていてこういう最悪の事態を少しでも良くしようと無意識に行動しているのか。
 どちらにせよ迷惑なのに変わりはない。

 中等部の風紀委員長である自分がこんなところで書類を作成することになった原因の、常にオタオタしている気弱そうな庶務の姿を思い浮かべて、眉間のしわを深くする。来夏は元から強面と呼ばれる美形なので、眉間にしわが寄った不機嫌そうな姿はとても迫力がある。

「おい、書記」
「…………」

 来夏は変わらぬ速さでキーボードを叩くように打ちながら、信じられないようにこちらを見つつも仕事をしている武士のような外見をしている書記に呼び掛ける。

 常に無口で、とても感情の分かりにくい表情をしている彼だが、自分も彼と同じく無表情で無口なタイプなので彼が眼で「何」と、問いかけてきている事が分かる。

「全部であと何枚だ」
「五十」

 主語の無い会話だが、この二人にはそれで十分だった。さながら、無口な者に必要以上の言葉は不要だ、とでも言うように。
 来夏は、口の中で「五十か――」と呟き、丁度今やっている書類の作成が終わったので、エンターキーを勢い良く打った。

「それ、全部よこせ」

 パソコンをより使いやすいように組み立てながら、信じられないといった顔をする王我以外の生徒会役員を睨めつける。ここで一番偉くて一番俺様なはずの王我は、申し訳なさそうに眉尻を下げて「いやいいって、終わったのならもう何もしなくていいって」と、情けなく言ってくるが、そんな事をしたら王我が入学式に出れない可能性が高くなってしまう。もう既に出れるか出れないかのぎりぎりの境目だというのに。そして本当に出れなくなってしまったら、会長としての王我の姿をひっそりと楽しみにしていた神歌が落胆してしまうだろう。

 神歌はとても優しいから、王我が出られなかった理由を知ると「大変でしたねぇ」と労ってくれるだろうが、そんな事態は何としてでも避けたい。
 神歌は感情を表に出す事をあまりしないから、きっと心の中でひっそりと悲しむと思う。――そんな事態は何としてでも避けなければいけない。

 故に、今日の朝には出さなくてはいけないという残り五十枚の書類を作成するのは、自分がやった方がいい。その方が早く終わる。

 パソコンとかの技術に関して、来夏は誰にも負ける気がしない。昔、神歌がパソコンをあり得ない速さで操作しているのをすぐ隣でじっと見ていたら、「やってみますか?」と可笑しそうに微笑まれながら言われ、そのままなんやかんやで本格的にみっちりと仕込まれたのだ。正直つらかった。死ぬかと思った。主に精神的な面で。
 ともあれ。

 だから来夏はパソコンとかの技術に関して、『神歌以外』の誰にも、負ける気がしないのだ。
 まあ、もちろん世界は広いし、もしかしたら来夏よりもパソコン操作が優れている人はいるかもしれないが、その時はその時だ。負けそうになっても勝つ。どんな手を使ってでも勝つ。
 見た目が不良の(実際に不良だが)来夏がパソコンなどという明らかにインドアな事が得意なんて違和感が拭えないな、と自分でも思うが、というか自分でも結構いやになる図だが、俺の意思より神歌の意思。神歌の思いは俺の思い、という思考回路をしている来夏のため、そこらへんの葛藤とかは置いておいて、神歌のために急いで書類を作成する。


 「よこせ」と言ったのになかなか書類を渡してこない役員たちに焦れて軽く舌打ちし、来夏は大量に積まれている紙の山に向かって指をクイ、と曲げた。すると紙の山は意思を持ったような動きで来夏に向かって浮かびながら近づき、すぐ傍にくると行儀よく彼の周りに並んだ。来夏は画面とキーボードが二つになったパソコンをその鋭い瞳で見ながら、神歌のことを思う。

 穏やかな瞳。優しい笑顔。安心できる体温。来夏の頭を撫でる優しい手。

 ――イトシイ、その存在。


 ふう、と周りに悟られないように息を吐いて、来夏はこれからの事に思考を巡らせた。
 まず、生徒会役員でも、ましてや高校生でもない自分が王我の仕事を手伝った褒美として、彼にべたべたに甘やかしてもらうのだ。そしてほめてもらうのだ。優しく頭をなでられながら、優しく微笑んでもらいながら、「よく頑張りましたね」と。

 想像すると少し身体が軽くなった来夏は、二つのキーボードを寸分の狂いもなく両手で操作していく。


 己の兄以外の役員たちの自分を見る驚いた顔が視界に映ることを許しながら、今日も今日とて来夏は己が唯一敬愛してやまない神歌のために行動する。




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あきゅろす。
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