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無関心と魔王様
寝転ぶ


 不可解な現象には、理由があるはずだけれど。一体どんな理由に陥れば、こんな現象に巻き込まれることになるのか。
 色々と脱力した宝月は、ベッドの上で大の字になりながらぼーっと考えていた。

 ここはどこか。なぜ自分はここにいるのか。なぜ、筋肉が全くと言っていいほど働かないのか。なぜ、声すら出ないのか。膨らむ事も萎む事もせずに、疑問は渦巻いていく。
 本当に、考えても仕方のないことなのだけれど。

「…………」

 さわさわと、木の葉が踊る。さらさらと、川がせせらぐ。チュンチュンと、小鳥がさえずる。カーテンの隙間から洩れる日の光が、顔を照らす。

 ああ。なんというか。とても、平和だ。

(それで、どうしろと)

 平和だからどうした。どれだけ素晴らしい環境であろうと、それを楽しむ術がなければ、ただの鑑賞物。関わらなければ、意味がないのだ。というわけで、宝月はとてつもなく暇だった。寝ようか、とも思ったが、なぜだか妙に眼が冴えている。眠たいのは眠たいのだが、眠れない。さて一体、どうしたものか。宝月は、少しだけ困っていた。
 そもそも、動けない時点でアウトである。人間は動いて娯楽を探す生き物だというのに。これでは、ただの植物人間と化してしまう。あるいは、意識のある人形か。そんな可愛らしいものではないと自覚はしているのであるが、そんな冗談でも考えていないと、宝月は退屈でくたばってしまいそうだったのだ。今までならば、こんな時には目を瞑ればよかった。そうすれば、自然といつかは眠ることが出来たのだ。

「…………」

 息を吐いた。それだけの音なら、出る。だが、いざ喉を震わせて無意味な音を発そうと思ったら、力が抜ける。腰が抜けるように、拒絶するように。一体これは何なのだろうか。
 次いで宝月は、両手を天井に向けた。自分の手の甲を見つめながら、両手をぐ、と握りしめる。腕の筋肉が反応して、固まる。ここまでは、いい。そして、最後の難関。宝月は、腕を下ろして、ベッドに着ける。その腕を支点として起き上が――ろうとして、崩れ落ちた。ボス、と若干硬い音を出しながら枕に頭部を埋め、宝月は眉を寄せた。

 ――力の出る、出ないの基準は。

 つまり、日常生活で手を使う動作なら出来る。だが、それ以上は出来ない。足を使おうと思ったり、全身を使おうと思ったりすると、途端に力が出なくなる。本当に、全身から力が抜けたようなのだ。一番分かりやすい例えで言えば、手を後頭部に差し込んで暫くの間圧迫――つまりは腕枕をして、手の感覚がなくなって来たら、引き抜く。そうすると、大体の確率で、圧迫された手は痺れる。ピリピリと軽い痛みの間に無理に手を握ったり開いたりをすると、ものの見事に、力が抜ける。ある種の快感を抱かせるようだし、耐えがたい不快感を骨の髄から味わうような、あの感覚。経験のない人には本当に分からない例えである。
 平たく言えば、アレだ。足が攣ったときに動けなくなるような感覚。暫くじっとしているしかない。

 まさにあの感覚を、宝月は先程から自主的に味わっていた。正直言って、つらい作業である。だが、試す必要があった。自分が今どれほど動けるのかを、把握しておく必要があった。
 結果としては、『手を使う日常動作しかできない』、『息を吸う、吐くなどの基本的動作ならできるし音も出るが、意図的・無意識の声は出ない』である。実に不便な身体である。自分の体なのではあるが。

 はあ、とため息をつくと、ちゃんと音が聞こえる。この後に、音が出たからといって声を出そうとしても出ない事は重々承知なので、不機嫌に眉を寄せるだけに終わった。

 実に、不快な、体、だ。

 内心で悪態を吐きながら、宝月はごろり、と暖炉の方に向かって寝返りをうった。まるで冬場のように血の通いが悪くなった指先に息を吹きかけて、温める。

 不思議といえば、これもである。このベッドは暑くなるほど暖かいというのに、一向に身体が暖まらない。暖かいということは認識しているが、身体が寒いと訴える。カタカタと、全身が微かに震えていた。毛布を肩まで上げて、それでも足りず、体を出来る限り密着させようと、丸くなった。

 ――寒い。

 まだ、足りない。もう少し。もう少し、温かな物が、暖かな物が、欲しい。吐く息は適温であるというのに。ベッドの温度は、暖かいというのに。身体だけが、一向に――。

「っふ……っ」

 寒い。

 誰か。誰か、誰でもいいから。誰か。何でもいい。暖かいものを。

 願っていたその時、何処かのドアがギィ、と音を立てて開くのを聞いた。



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