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無関心と魔王様
覚める


 まず、今まで見ていた夢が消失する。一瞬で、しかしゆったりと、そこには闇が出来る。やがて、闇の中から、ちかちかと、火花を散らすように光が現れる。それは毎回違う場所。眉間のあたりかと思えば、横目で見なければ分からない場所にある。たまに、脳の中央から光ってくることもある。やがて、点滅する光はだんだんと大きくなり、最後には見たことも無い様な景色が広がっている。

 川のせせらぎに、パシャリと魚が飛び跳ねる音がする。しかし、次には魚が飛び跳ねたときとは比べ物にならないほどの大きな音がする。どうやら捕食者が、川にいる魚を獲っているらしい。光を反射しながら、水しぶきが上がる。川の傍には狐の親子や狸、小動物達が水を飲んだり、体を洗ったりしている。そのすぐそばの気の上では、小鳥が羽を整えている。その隣に別の小鳥がやってくれば、愉しげにさえずりだす。ああ、いい天気だ。なんて心地のいい日だろう。そう認識して、視点はだんだんと森の中央へ誘われる。川の付近での命の営みを、もっと見ていたい。だが、否応なしに、誘われる。不満げに誘われたほうへ視線を向ければ、先程とは比べるのもおこがましいほどの美しい光景が広がっていた。

 川のところからここまで来るための小道からすぐ出たところに、大きな湖がある。それをよけて、綺麗に整備された芝生のようなところへ行く。木がその空間をよけるように円を描いている。そのおかげで、太陽の光が、雨上がりで草の上に付いた水滴をキラキラと浮かび上がらせる。草の上に、大きな銀色の狼が気持ちよさそうに寝ていた。滑らかな毛は、草と同様、輝いている。眩しさに目を細めていると、小さな小屋の扉がギィ、と音を立てて開き、中から人が出てきた。

 男の人だ。黒髪の長い髪を、馬のたてがみのように結っている。冷たいけれど、凛とした顔立ち。逞しい筋肉が付いているが、細い。着やせする人なのだろう。その人の出現に、寝ていた狼が顔を上げる。男は狼に近づき、べし、とその頭を叩いた。痛がる狼を気にせず、なにか小言を垂れている。やがて、仕方なさそうに溜め息をついて、男は小屋の隣の、斧が突き刺さっている切り株に近づく。斧を引き抜いて、男は川とは反対の、向こうの森の方へ行ってしまった。それを見届けて、狼は大きな欠伸を漏らしてから、また顔を伏せて、寝る。

 生命の営みは無い。ただ、ゆっくりとした時間だ。だけれどそこが、とても美しかった。

 そこまで見て、皇 宝月は目が覚めるのだ。小さな頃から、いつもそう。夢を見た日には、必ずこの終わり方をする。別に、嫌なわけではない。逆にとても心地良いのだが、見たことも無い様な景色が毎回出てくるとなれば、気にもなった。大人になった今でも、ずっと変わらない。何か意味はあるのだろうかといつも考えるのだけれど、結論に至った事は無かった。

 目を開くと、太陽の光が眩しかった。薄いカーテンがある、そこから漏れているのだ。外に開け放たれた窓から入ってくる風が、頬を撫でた。ここは、どこだろう。思いながら、宝月は天井へと視線を巡らせた。板張りのそこは、脆そうに見えるが、案外頑丈なのだろう。穴が空いていたり刃物が突き刺さっていたり、煤が付いていたりと、随分古臭い雰囲気を漂わせているが、年季が入っている、と宝月は思った。

 どうやら、自分はベッドに寝かされているらしい。木でできているから堅いが、敷かれた毛布や掛けられた布は触り心地がよく、眠りやすかった。現に宝月は、今にも眠りそうである。
 家全体へと視線を巡らせた。横を向くと、木でできた三本脚のサイドテーブルがあり、その上に水の入ったカップが乗せられていた。壁際には暖炉があり、その前には虎の皮で出来たカーペット、揺れ椅子があった。暖炉の左側、つまりは寝ている宝月が頭を向けている方だが、そこは物置のようだった。何かの動物の皮や、干した肉、果実、魚などが吊るされていたり、壁に掛けられていたりしていた。他にも、斧やナイフ、薪などがあった。寝ている事もあって、それ以上見ることが出来なかった。宝月が寝ているベッドは、頭と足の方に壁がある。どうやらこの家の持ち主は、家の中のくぼんだ空間にベッドを配置したらしい。

 視線を、正面へと移動させる。暖炉の右に少し行った場所には、どこかに行くための通路があった。あそこから、外に出るのだろうか。通路の奥は死角になっていて、分からなかった。通路を通過して更に奥には、この家では一番大きいのではないかと思わせるテーブルと、椅子があった。リビングルームという空間のようだ。家の中で一番開けているのではないかという空間。横に、一番狭いのではないかと思われる空間があった。どうやら、キッチンのようだ。何かがコトコトと煮込まれている音がする。いいにおいが、そこから漂ってくる。

 家というより、小屋という大きさだ。視線を天井に戻し、宝月は思った。それで一体、俺はどこに居るというのだ。ふと、どこか遠くから川のせせらぎが聞こえた。次いで、小鳥のさえずる声と、木の葉がざわざわと揺れる音。どうやら、山の中らしい。おびただしい数の木の葉の音が、そう思わせた。
 明らかに自分の家では、ない。宝月の家は、完全に和風だ。父と母が好きなのだ。目が覚めればまず、木目の天井が見えてくるはずだし、鼻をつくのは畳のにおいだ。そう思って、宝月はため息をついた。そもそも、ここが日本なのかも怪しい。今時、山の中に小屋を建てる人なんて、いない。いたとしたら、本当に俗世との関わりを断ちたかった人か、自然と共に過ごすことを決めた人だろう。本当にどこなのだろうか、ここは。

 考え始めると、ふと、先程まで見ていた夢のことを思うようになった。
 起きる前に、いつも見ている見知らぬ風景の夢を見たから、それ以前にも夢を見たのだろうが、思い出せない。なんだか、物凄く大事な事を言われた気がするのだが。

 考えても仕方がないと、宝月はゆっくり起き上がった。ベッドに背を預ける。喉が渇いていたので、思わずサイドテーブルのカップに手が伸びた。この水は、飲んでも良いのだろうか。思う。俺が眠っている横に真新しい水があるのだから、飲んでも良いということになるのだろう。結論付けて、宝月は水を飲んだ。まるで、味があるかのように美味かった。甘いのとは、また違う。爽やかで、コクがあって、滑らかだった。何とうまい水だろうか。こんな水を、宝月は今まで飲んだことがなかった。

 まさか、水でここまで感動するとは、と宝月は驚いた。しかし、うまい。一口飲むだけで、全身の細胞一つ一つが満たされる感覚がして、活性化するようだった。何かの漫画で、美味しい食べ物を食べるとなんとか細胞が活性化か何かをして、自身が強化される、と書いてあったが、まさしくそれだった。そんな、感覚だった。
 飲めば飲むほど、喉の渇きを自覚して、宝月は煽るように水を飲んだ。一気に水が無くなって、あまりにもがっつきすぎた自分の姿を恥ずかしく思いながら、宝月はカップをサイドテーブルへ置いた。

 足を毛布から出して、床へつかせる。ベッドの陰になっているそこは、ひんやりと冷たかった。そういえば、日の光があたっているベッドは暑いくらいに温かいけれど、他はどこかひんやりとしている。冷たい家のように感じるが、生活感のある様子や、日が当っていない場所でも明るい様子を見れば、それほどでもないのか、と思う。全体を見れば温かいが、部分を見れば冷たい、そんな感じだ。

 ベッドから出ると、宝月は、自分がズボンしか穿いていないことに気が付いた。ジャージのような生地で出来た、黒色のズボンだ。日本にいたとき、最後に来ていた服はスーツだったから、誰かが着替えさせてくれたということになる。誰だろうか。この家の持ち主だろうが、どこに行っているのか。いくら寝ているとはいえ、人を一人、自分の家に残すとは、不用心すぎないか。思っても、仕方のない事だけれど。ずっと座っていても仕方がないので、宝月は立ち上がろうとした。

 しかし、立ち上がれなかった。脚の根本部分の筋肉が働くのを拒否しているように、すとん、と力が抜ける。力を入れようと踏ん張ってみるが、とんと駄目であった。これは本当に訳が分からないぞ。思いながら、宝月は仕方なく、壁に手をついて起き上がろうとする。だが、今度は全身から力が抜けてしまったように、ベッドへと倒れ込んだ。
 何が何だか、状況が理解できず、宝月のまわりには疑問符が大量生産されていた。

「…………」

 どうなっているんだ、そう呟こうとしたら、掠れた音しか出なかった。本格的に、宝月は疑問の沼にどっぷりと浸かってしまった。



 宝月が異世界にやってきて、一日目の朝の出来事であった。



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