無関心と魔王様
伝える
なんだか、不穏である。
直感からそう告げられて、宝月は気持ち目を細めて銀髪の男を見る。しっしと鬱陶しそうに妖精たちを木の碗に戻らせる彼は、確かに明るさが前面に引き立つ美青年である。年齢的には二十歳になるかならないか。年若き好青年、商店街の人気者になっていそうな風貌の彼についている尻尾の毛が、宝月には少しだけ逆立っているように見えた。
(何かを)
隠している。
そう思うに仕方のない態度をされて、宝月は不快に思った。なんだか、当事者をほっぽり置いて話が進んでいる気がする。
思い違いというわけではあるまい。宝月は思った。もともと、人のやることを把握するのは得意な領分なのである。だけれども彼の考えている事がよく分らない。己の観察眼がただの役立たずになってしまったからなのか、それとも歩くことすら出来ぬこの忌々しい身体のせいなのか。あるいは、あの無邪気そうな銀髪の男が、巧みに己が思惟を隠しているのか。――否、あれはむしろ、隠すことが当たり前になっている人種なのだ。
油断できぬ、そういった、奴。
そう思ったとたん、宝月の中で、欠けたピースの一部分がぴたりとはまるように、スウ、と何かが溶け込んだ。それが所謂理解だということに、宝月は合点がいった。
なるほど、理(ことわり)を解する。つまりは“そういう評価”が、彼に対する理というわけか。
――気に食わん。
何が理か。何が油断できぬ、か。愚かしい。油断できぬのは誰とて同じ。この世で油断しても良いのは自らの父母兄弟だけよ。
ああ、気に食わん。こんな理解であるならば俺はいらぬ。こんな理など、それこそ犬の餌にもならぬ代物よ。
のろのろと、手が上がる。宝月は若干逆立った尻尾を、その青白い手で掴んだ。「ぎょっ!?」声が上がるが、しかしその体の方に大した驚きは見られない。つまりは、彼の今までの大げさな態度全てが、演技だということだ。身体ほど素直なものも無い。こうして、彼のことが少し、分かった。
「……どうしました?」
心なしか困ったような声色と、芯が溶けだしたように力の無くなる尻尾。思わず笑ってしまった。
(油断ならない?)
どこが。こんなにも可愛らしい反応をしてくれる。
少なくともこいつは、悪人ではあり得ない。
本心を晒してはくれないけれど。考えを口にしてはくれないけれど。
「…………尻尾は弱いのですよ」
そう言いながらも、尻尾をこちらのなすがままにされる程度には、彼は優しい人種なのだ。
これこそ理解というもの。一部から全体へ。全体から一部へ。そうして初めて気が付く。
理解することは好きだ。だって、こんなにも心地良い。
「……機嫌、良いですね。そんなに好きですか、俺の尻尾」
(うん)
うん。好きだよ。
言葉を喋らぬ代わりに、手に力を込めた。ピクリと彼の腕が痙攣したように一度動いたが、それ以外には何もない。
「そうですか」
優しい声色。心地よさに目を細めた。いつの間にやら、宝月はこの男のこんな声が気に入ってしまったようであった。
(なあ)
お前、名前はなんというの。
お前は一体、何者だ。
あの黒い男は、どういうやつだ。どんな関係だ。
「…………」
声を出そうとしても、それは叶わなかった。
ああ、困った。
久方ぶりに、話したいと思った。
この、尻尾の付いた男と、今はここにいないが、あの黒い男と。
話したいことが、伝えたいことが沢山ある。でも、出来ない。ああ。困った。こういうの、なんと言うのだったか。
(そう)
そう、もどかしい。
俺はいま、もどかしいのだ。もどかしく思っているのだ。
初めての経験で、すぐには分らなかった。そうか、この、胸の奥に黒い靄があるような感覚。取り除いてしまいたいのだけれど、その術を知らない感覚だ。
――不快で、あるはずの感覚なのだけれど、なぜかな。とても、心地良い。
だけれど、とても困っている。
どうすれば、よいのだろうか。
思いながら、銀髪の男を見上げる。その顔には、困ったような微笑があった。こちらを見下ろした銀髪の男が、それに驚いたように目を見開いた。
唇を、開く。ぱくぱくと、ゆっくり動かす。
――喋れないんだ。
そう、伝えた。
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